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奪われた冠  作者: 彩雅
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70.取り戻した記憶の欠片

「···少し、落ち着いたか?」

「···」

その問いに、彼女がこくりと頷く。彼女は、死にたいといった。そして、『私は死ねるのか』とも。

(···まるで自分は不死身みたいな言い方だ。そして今が何年か聞いた時、20年も立っていたのかとも。何かしらあの時の事に関係があるはずだ)

「アリシア」

「···はい」

酷く縮こまって萎縮したような彼女は、ここに来たばかりのヴェリア嬢を連想させる。俯いてしまうと、ピンク色の透き通った目が見えなくなって、見えるのが銀色の髪だけというのも余計に彼女を思い出させる原因なのかもしれない。

数日前にようやく思い出した、俺が7歳のときに婦人のお腹にいた子供の事。だがそれ以降、婦人のお腹の子供については何も覚えていなかった。だから、不幸にも亡くなってしまったのか。それとも、俺が覚えていない何かしらの理由があるのか。

ズキズキと嫌がらせのように痛む頭は、これ以上記憶を引き出させないために痛んでいるのだろうか。

だが、気を抜くとすぐに婦人の子供の事を忘れてしまいそうになるのだ。本当にそんな事を婦人は言ったのか?自分のただの勘違いなのではないか?とすぐに曖昧になって、忘れかけてしまう。こんな事は始めてだった。そのはっきりとした理由は分からないが、俺はまだ大切な何かを忘れているはずには違いない。

少なくとも、ヴェリア家には3年はお世話になっていたのだ。なのに、子供のことについて何も覚えていないのは明らかにおかしい。

(あぁ、どんだけ考えたって何も分かんねぇ。なら直接聞くしかない)

また混乱させてしまうかもしれない。だが、そこを聞き出さなければ何も解決しないのも確かで。


「アリシアは、さっき死にたいって言ったな。事情は分からんが、きっとそんな事を言うってことは人には言いたくないぐらいの余程の事があるんだとは思う。でも、できればそんな事は言わないでほしい」


「···どう、して?」

「···どうして、か。こっちが聞きたいくらいなんだけど、どうしてここに来る人は死にたがりが多いのかねぇ。グレンの死神って二つ名のせいなのか?アイツに死神なんてあだ名をつけるとしたら、人間じゃなくて魔物の方だと思うんだが」

「私以外にも、いたの?」

死にたがりが多いなんて言葉を言ったせいか、彼女がそんな事を質問してくる。

「え?いや、別にヴェリア嬢は死にたがりではないけれど」


「ヴェリ、ア?」


その単語に、彼女がビクリと反応する。まるでずっと虚ろだった意識が少しだけ引き戻されたような、そんな表情をしていた。

「聞き覚えがあるのか?」

「···私の、昔の家名と同じ」

「家名ってことは、アリシアは貴族なのか?銀髪ってことはやっぱりヴェリア家の···アリシア、家族の名前は分かるか?」

「···貴族、だったわ。でももう、父の名前も母の名前も思い出せないの。あんなに忘れたくないと思っていたのに、忘れ、ちゃって。記憶がね、どんどん消えていくの。2人の声も顔も、ほとんど何も覚えてない。母が話してくれた、妹の名前しか覚えてなくて···」

妹。

やはり、アリスは彼女のーーーアリシアの妹なのか?


「その子の名前はーーー『アリス』って言うんじゃないのか?」


「!な、なんでルードルフさんが知ってるの?」

(···やはり、か)

だとすれば、なぜ俺は何も覚えていないのだろう。奇妙な違和感があった。まるで、彼女を存在ごと全て忘れさせられてしまったような、そんな違和感が。


「アリスの事を、知っているの?今はどうしているの?どこで過ごしているの?あの子は、あの子は、元気にーーー幸せに、過ごしているの?」


その問いに、俺は唇を噛む。ただただ彼女の心配をするアリシアの質問に対して、何1つまともに答えてやれないなんて。この4日間、グレンから何の連絡も無くどうしているかもわからない。2人の安否が不安なのは、こちらも同じ事だった。


「幸せに、か」


幸せかどうか、なんて人が決められるものじゃないのは分かっている。なぜならそれは本人が決めることであり、周りから言えることではないからだ。

だが彼女の口から聞いたのは、王都でどんな目にあってきたのか。今は彼女を虐げる人も、何かを強要する人も、責任を押し付ける人もここにはいないから。


「···彼女は、少なくとも。王都にいた頃よりは、幸せに過ごしていると思うよ」


「···王都に、いた頃は?」

いた頃は、という俺の言葉に思う所があったのだろう。彼女が不安そうにその桜色の瞳を揺らした。

「アリスに、何があったの?」

「彼女は、ルーカス殿下の元婚約者だったんだ」

「···え?」

その1言で、さぁ、と彼女の顔から血の気が引いていったのが分かった。

「う、嘘···」

「嘘じゃない。丁度彼女が10歳になったか、ならないかぐらいの頃に婚約者になったんだ」

「···!!じゃあ、アリスは···そんな小さい頃から、ずっと后になるための···勉強を···?」

「そういうことになるな。···だいぶ、酷い扱いを受けてたみたいで。ここにきた当時はかなり自分に対する評価が低いって感じたかな」

「···そん、な。ルーカス、が?それに、元って···今はもう、違うの?」

「今は婚約破棄されて、違う女が婚約者になってるよ。アリス···ヴェリア嬢は、今はウチの隊長の婚約者だ」

「·········。」

頭の中の整理が追いつかないのか、彼女は黙りこんだまま俯いてしまった。


「···ルードルフ、さん。アリスは、私に似ている?」


ポツリと呟かれたその言葉には、どんな意味がこめられているのだろう。

「···目の色以外は、よく似てる。もちろん並べば全然違うのかもしれないけれど、一目見た瞬間の印象はよく似てるよ」 

アリシアは、アリスを見たことがないのだろうか?1度でも見たことがあるなら、わざわざ聞かずとも自分とよく似ていることは分かったはずだ。

(かなり幼い頃にここにきたのか?20年も立っていたのかと驚いていたって事は、少なくともあの森が焼き払われて、城が魔物に襲われた事に何か関係している?)

「なぁ、アリシアはいつから森にいるんだ?」

「···8歳に、なった時。私の誕生日だった日に···ここに連れてこられた」


「っ···!」


まるで頭を殴られたかのような、強い衝撃。それが頭痛なのだと分かるには、数秒の時間を要した。


『よっ、アリシア。元気か?』

『るーどるふ、さん。うん、元気だよ』

『そうか、それは良かった。また本でも読むか?』

『うん、読みたい!』

ベッドに座った幼い銀髪の少女が、嬉しそうに微笑んだ。


「誕生日···に?連れてこられたって言い方は穏やかじゃねえな。ここに来たのは···自分の意思じゃなかったってことだよな?」


あまりの痛みに、考えが上手くまとまらなくなる。まるで、何かで頭を殴られ続けられているようだ。


『···るーどるふ、さん。行っちゃうの?』

『···あぁ。ごめんな』

『るーどるふさんがいなくなっちゃったら、さみしいよ』

『アリシア、』

『···ひっ、く。どうして?わたしのこと、きらいになっちゃったの?わたしが、わるいこだから?わたしのからだが、よわいから···?もっと、つよくなる。だから、どこにもいかないでよぉ···』

『違う、違うんだよアリシア。嫌いになんかなってない』

『でも、ここからでていっちゃうんでしょう?もう、会えないんでしょう···?』

『また会えるよ。手紙だって書く。休みの時は、また会いに来るから。だから、泣かないで?』

『···ぜったい?ぜったいに、きてくれる?おてがみ、くれる?』

『あぁ。絶対だ!』

そう言うと、桜色の瞳が綻ぶように笑った。


「自分で決めた訳じゃ、ない。私はあの日、これを···押し付けられたの」

そう言って彼女が指さした先にあったものは、気味が悪い黒い石がついたアンクレット。

彼女の言葉が、上手く頭に入ってこない。つう、と背中に冷や汗が伝うのが分かった。これ以上はもう聞くのをやめろと言わんばかりに。


「誰···に?」


「国王陛下と、···その后に。ルーカスに降り掛かった呪いを、無理矢理引き千切って、ここに詰めたんだって」


「っ···!!!その、呪い、って、」


気を失いそうなほどの、頭の痛みが襲いかかってくる。


『わたし、いいこでまってるから。またぜったいに、あいにきてね?』

『あぁ、絶対にまた来るからな!』

『やくそくだよ、るーどるふさん。わたしのこと、わすれないでね』

そう言って微笑んだアリシアは。


ーーー数年後、何の脈絡もなく王城にて病状が悪化し呆気なく命を落としたと連絡が来た。


その日は、彼女の誕生日。

俺が送った誕生日プレゼントは、アリシアに開けられることすら無くーーー送った状態のままで棺の前に置かれていた。


『···アリ、シア』


そう呼びかけても、棺の中で眠る、美しいドレスを着ている彼女は目を開けない。

もっと会いに来れば良かった。

もっと手紙を書けば良かった。

彼女は体が弱いと、知っていたのに。


ーーーなのに、どうして俺はいつまでもアリシアが元気に過ごしているだなんて思いこんでいたのだろう?


『あぁ、ああぁぁぁっ!!!!』


その日は酷い雨だった。

1人の金髪をした幼い子供が、遠くからこちらを睨みつけるようにして黒い傘をさしたまま立っていている。婦人は今にも倒れてしまいそうな顔色のまま、酷く憔悴しきった顔で、泣いていた。婦人を包むように、婦人の夫である領主が泣きながら立っている。


側にいた傘を持つメイドの横には小さなベッドが置かれており、そこには生まれたばかりの赤子ーーーアリシアの妹であるアリスが唯一、泣くこともなく1人安らかに眠っていた。


なんで、どうして。いままで忘れていたのだろう。アリスの誕生日は、アリシアの命日だった。

この朧げな記憶は確かに存在していて、アリシアに会いに行くと、手紙を書くとーーー彼女のことを忘れないと約束したはずなのに。


「魔物の王に、っ、ルードルフさん!?」


「ぁ、あぁ、俺、は、なん、で、」


痛い。

痛くて今にも頭が割れそうだ。

あの時、アリシアは死んでいたはずではなかったのか。ならどうして、俺はそれを忘れてーーー目の前に、生きている彼女がいるのだろう。


「ルードルフさん、ルードルフさん!?どうしたの!?」


「ごめ、アリ、シア、忘れないって、会いに行くって、いったのに、」


「も、もう喋らないで!今ネッドさんを呼んでくるから···!!」


なぜか彼女が酷く慌てた様子で、何かを言いながら部屋を出て行こうとする。それがなぜなのか、彼女が何を話しているのかも理解できないまま俺の視界はぐるりと回転した。床、天井、ベッド、アリシア。色んな物が目に入って、それらが一瞬で消え気がついたら唐突に衝撃が体を襲った。


ーーーガツン!


あちこちに感じる体の鈍い痛みに、おそらく床に転がったのだろうと脳が遅れて判断する。


頭が、割れそうだ。

もう何も聞こえない。


「どうやって、生きて、」


ぽつりと呟いた言葉に、反応する者はもういない。

(おかしい。思い出した衝撃が、いくらなんでも大きすぎないか?)

こんな風に倒れて動けなくなるなんて、今までにこんなことはなかった。それだけ雁字搦めに封印されてた記憶だとでもいうのか?


ーーー何かがおかしい。


頭の何処かでそんな冷静なことを考えながら、俺の意識は段々と黒に染まっていき、そのままブツリと途切れてしまった。

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