65.穴だらけのお祭り
よく晴れた、快晴の空。
パンパンと遠くで打ち上がる花火は、今日お祭りが開催されることを示していた。眼下にはカラフルなテントが並び、あちこちから煙が上がって良い香りが立ち込めている。
「あの書類を提出してからまだ数日しか立ってないのに、さすがはゲームよね。こんなに天気が良いのもイベント通りだもの」
上機嫌なまま、女が空を仰ぐ。バサリと鳥が羽ばたき、雲の向こうへと飛んでいった。女の頭の中だけに存在する記憶の通り、戴冠式と結婚式前にあるお祭りイベントそのものだった。
確かこのイベントでは、攻略対象とお忍びデートができたはずだ。始めはルーカス様と行こうと考えていたが、なんだかこの状況では楽しめる気がしない。
(まだなんだかギクシャクしているし、あれ以来ほとんど会っていないし)
だからといって、迂闊に他の人と行けばあらぬ噂を立てられかねないと結局女が選んだのは。
(そろそろかしら?私が選んだ服装、似合ってると良いけれど)
そんな事を考えている矢先、コンコンと小さなノック音が響く。
「失礼します」
「テオ!よく似合ってるわ。今日は護衛も兼ねてよろしくね?」
「···よろしくお願い致します」
愛想笑いすらしないのを気にもせず、自らが選んだ服装を纏う男を眺め、笑みを深めた。
イベントのスチルにあった服装も似合っていたし存在していたけれど、それをそのまま選んでしまうとあの女の好みになってしまうようでなんだか癪に障る。
(ゲームじゃできないけど、自分が攻略している以外の攻略対象ともイベント起こせるなんて最っ高!もう少しでゲームクリアだし、後はルーカス様に纏わりついてる女を消せば、全ての不安は消え去るわ)
「ねぇ、テオは何が食べたい?」
「いえ、私は特に食べたいものはありません。お言葉ですが、せっかくマリアナ様が企画なさったのに殿下と回らなくてよろしいのですか?」
「いいのよ」
バッサリと切り捨てたその言葉に、テオは特に驚くこともなくそうですか、と返す。
「そんなことより、今日は楽しみましょうね」
エスコートの為の手を取りながら、女は上機嫌なままで自らが企画したお祭りへと繰り出した。
ワイワイとした活気溢れる会場。
それぞれがお皿を持ちながら、いろんなお店を回って食べ物を注文していた。テオは辺りを見渡しながら、ふと看板に目を止める。看板を隅から隅まで眺めた彼はわずかに眉を顰めたが、その行動に女は気が付かずわざとよろけた振りをしてテオへと縋りついた。
「すごい人ね。ねぇテオ、逸れないように腕を組んでもいい?」
「どうぞ」
機械的に差し出された腕に、喜んで女が腕を絡める。
「値段を変えられたのですか」
「え?あぁ、お代わりの値段のこと?そうね、赤字になりそうだったから少し値段を上げたのよ。えーと、確か···『エモーショナルマーケティング』···だったっけ。テオは知ってるかしら?」
その言葉に思わず足を止めそうになって、なんとか無理矢理足を動かし続けた。
どうして、この女がその言葉を知っているのか。
初めてその言葉を聞いたのは、まだアリス様が王都にいた頃の話。彼女は国外の事も勉強しており、珍しい言葉や様々な考え方を積極的に取り入れていたのだが、今この女が発した言葉は間違いなくアリス様との会話の中で教えてもらった言葉である。
「···理屈ではなく、感情で買い物をするということでしょうか」
「そう、流石は私のテオね!お祭りって、値段が高くても誰も気にしないのよ。財布の紐が緩いっていうかしらね。物を売りたいときって、感情に訴えかけたほうがいいの。せっかく祭りに来たんだから、見たことがない食べ物だから、なんだか美味しそうだから。お祭りのときはそんな風に感情で買い物をする人が大半なの。理屈で考えたら普段は質素な生活をせざるを得ない訳だし、どうせ1エルンでも安い店を探すような生活しかしてないんだから。自分で作ればもっと安く済むのは頭では分かっているけど、お祭りだとそれが緩むのよ。せっかく来たのに勿体ないってね。どうせエルンが勿体ないとかいう人はお祭りにそもそも行かないし。だから丁度いいと思って値段を2割から上げたのよ」
すらすらと出てくるその話はあの方と違って話し方に品が無い。彼女が同じ言葉の説明をしたときは、もっと分かりやすく聞きやすいものだった。
まるでアリス様と俺がした会話をそのまま自分の知識のように話している様な不愉快さ。
奥へと進むに連れ、少しずつ人が減って歩きやすくなってくる。
「かなり手前に、人気店だと予想される店を置いたのですね。それに手前はほとんどが貴族の店のようですが」
「え?あそこの店、人気店だったの?適当に割り振っただけだから、あまり順番に意味はないけれど。それが何かしたの?」
『順番に意味はなく、適当に割り振っただけ』なんて言葉が出てくること自体信じられなかったが、どこのお店が人気店なのかも分かっていなかったのか。
お祭りやバザーは他にも毎年やっていて、必ず似たような出店もでているのだから完全には分からずとも人気店の傾向ぐらいは分かるだろうに。
「皆が皆人気店に集中するわけじゃないでしょ?勝手に行きたいお店に行くに決まってるじゃない。行列が嫌いな人は奥へ行くんだから、問題無いと思うけど」
(本当に何も考えていないんだな)
「···いえ。そう言えば警備も減らしたようですね」
「だって、あんまり物々しいのは嫌じゃない。そちらに経費を割くなら飾り付けとかに使ったほうが良さそうだったからそうしたのよ。華やかで綺麗でしょう?大丈夫、何も起こらないわよ」
ーーー何も起こらない?
一体何を根拠にそんなことが言えるのか、と密かにため息をついた。警備の騎士が減らされた、こんなに大きな祭りで何も起こらないなんてことはありえない、マリアナ様は何を考えているんだと頭を抱えていた警備隊は記憶にまだ新しい。
こういう場合は何も起こらない事を前提に動くのてはなく、万が一何かが起きても平気なように動いておく事が大切だというのに。
(こんな時、アリス様なら)
俺の横にいるのが彼女だったら、きっとこんな祭りになんてならなかっただろう。
ふと、心地よい女性の声が蘇る。
「手前に貴族の店や人気店を置くと、人が集中してしまって入口が混雑になってしまうと思うの。だから、人気店はなるべく奥の方にしたほうが周りのお店を見る機会が増えるだろうし、平民も貴族のお店もなるべく偏りができないように設置したほうが良いと思うんだけど、どうかしら···?」
「そうですね。確かにあまりに入口が混雑しすぎても危険かもしれませんし、良いアイデアだと思います。当日は警備の騎士も多数配置することになってますが、こういう祭りは酒も絡んでくる以上はどうしても揉め事がでてくるものですからね」
「そうよね···いくら警備の方がいるとはいえ、あまりに事故が多発すればきっと大変になってしまうわ。だからなるべくこうしてリスクを分散させて···」
彼女がそう言いかけた時、唐突に男が部屋へと入り込んできた。
「アリス。祭りまで半年も切ったというのに、書類はまだ提出できないのか」
「ルーカス様···すみません、最後の調整がまだ、」
「君は本当に仕事が遅いな」
その投げつけられた言葉に、一瞬で頭に血が上ったのを理性で押し殺す。
(アリス様に対して何てことを、)
だがこんな時に自分は何も役に立たない。
「···申し訳ありません」
こうして自分の主が謝罪しているのを、ただ見ることしかできないのだから。彼女の美しい瞳とは程遠い、濁ったような青い目がこちらを睨みつけてくる。
「またテオと相談していたのか?護衛騎士が相談相手なんて、どこから情報が漏れるかも分からないのに随分と良いご身分だな」
「っ、テオは···!」
「申し訳ありませんでした、殿下。今後は気をつけます」
「···ふん。わかったらさっさと最後の調整とやらを終わらせるんだな。未完成の書類など目を通す気にもならない」
「分かりました」
来た時同様、扉から殿下が出ていく。バタン!と乱暴に閉じられた扉を見て、思わず頭を抱えた。なぜこの部屋の扉が開いていたか、殿下はもしや分かっていなかったのだろうかと。
「···テオ、貴方のことを守れなくてごめんなさい」
「アリス様が謝ることではありません!それに本来ならば、この書類は半年も前から提出するものでもありません」
「···いえ、あの人の期待に答えられない私が悪いのよ。今度からはテオに相談することも控えて···」
「やめてください」
「でも、私のせいで貴方が傷つけられるのは嫌なのよ」
「傷つけられているのは俺ではなく、アリス様です。俺は···貴女に頼られると嬉しいし、殿下の言葉なんて何とも思っていませんから。お願いですから、俺に相談しないようにするなんてやめ···っ、」
なんでも頼ってほしい、などと。
何もできない自分が発して良い言葉ではないのに。力になれない自分が、歯痒くてたまらなくてきつく手を握り締める。
「···すみません。俺の立場で、アリス様に図々しい事を」
「···いえ、そんな事はないわ。これからも頼っていいなら、嬉しい。ありがとう、テオ」
そう言って微笑んだ彼女が、酷く遠くに感じた。
祭りは進む。
奥に進めば進むほどに分かる、その異常性にこの女は気がついていないようだった。
(まぁ、あれだけ人気店を手前に集中させれば後ろに人は来ないだろうな。途中まで来た一般客も、自分達が食べ慣れているものよりもせっかくこういう機会だから、と貴族の見た目は美しいが量は少ない料理で皿が埋まるのは目に見えている。貴族はこんなところにまで足を運ばないし、ほとんどがメイドに頼むはずだ。なら主人が普段食べているものばかりを選ぶだろうな)
主人の口に合わないと悪いから、という理由で主人からわざわざ頼まれでもしない限りはきっと平民の料理は選ばれないだろう。
お代わりしようにも値段が高く、珍しい物を食べられるが量が少なく腹は満たされない。いくら通常よりは安いとはいえ、1度の食事でここまで満たされないとなると2度目を躊躇する人はいるだろう。いくら祭りだとは言え、使う金額には誰だって限りがあるのだから。
いくらバイキング自体の金額が決まっているとは言え、店にはそれぞれ売れたら売れただけの収益が見込める。だが、まったく商品が売れなかった場合は店の者ではなく、もっと上の者が責任を取らなければいけなくなる。このイベントの主催が殿下の婚約者なのは、これが后になるための最後の試験だからだ。それで赤字になる店が続出し、全体としても騒動が多くでたとしたら、果たして試験に合格できるだろうか?
シリルも始めはあまりに酷い出来の祭りの内容に殿下を思いとどまらせようと説得しようとしたらしいが、この女と喧嘩中の殿下には何も響かなかったらしい。結局ろくに読まれず確認もされなかった穴だらけの書類は、そのまま採用されてしまった。
この女は、本当にこの事実に気がついていないのか上機嫌なまま。
「テオ、あそこの出店はどうかしら?」
まるで上辺だけ取り繕っているかのような、既に出来上がっている物を横取りした上に改悪を重ねたような、何とも言えない気持ち悪さを感じた。
減らされた警備兵。
上がった値段。
適当な店の配置。
(こんな穴だらけの祭りで本当に···この女は合格できると思っているのか?)
だとしたら、一体なぜなのだろう。殿下がどうにでもすると思っているのか?言いようのない気味の悪さに、気分が悪くなってくる。
それに最近、気になる不審な出来事がいくつかある。
城のメイドが1人、行方不明になったこと。
この女に会いに来たという客人を、誰も見送っていないこと。
城の何処かから、銃声のような音がしたこと。
きっとこの女は、このイベントに失敗するだろう。今度は責任を押し付けられる身代わりはいないし、どう裏で手を回そうとどうにもならないはずだ。
それなのに、そのはずなのにーーーなぜかもっと酷い混乱が起きるような、嫌な予感は止まらなかった。




