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奪われた冠  作者: 彩雅
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62.矛盾する想い

「副隊長!」


「フィン」

「彼女を見つけ···?え?彼女は···?」

俺が腕に抱えていた女性に気がついたのか、駆け寄ってきたフィンが目を丸くする。だがすぐにその酷い状態に気が付いたのか、医者を呼んでくると言って踵を返した。

「副隊長の部屋でいですね?」

「そうしてくれ」

急ぎ足で部屋まで運んで行き、そっとベッドに降ろす。暖炉の前で手を打つと、今日は珍しく一発で火がつた。

凍りついていたフードを体から脱がせ、彼女が着ていた古い隊の制服も脱がそうとして手を止める。

「···」

凍傷の応急処置としては、凍っている衣服や濡れた衣服は脱がすのが正解だ。このままでは体は冷える一方で、凍傷は悪化するだけだと頭では分かっている。だが、彼女は女性だ。普通なら男には見られたくはないはずである。

「···すまん」

聞こえない謝罪にどれだけの意味があるのかは分からないが、眠る彼女に謝ってまずは上に毛布をかけると中で服を脱がせた。

毛布の中で脱がせたために中に何か着ているのかはよくわからないが、ベッドを離れると浴室へと向かう。

本来ならば患部のみを温めるが、彼女の場合はもはや全身が患部のようなものだろう。相当な痛みを伴うだろうが、我慢してもらうしか無い。

お湯を貯めている最中にノック音が聞こえた。


「失礼します」


「急に呼び出してすまないな、ネッド」

「いえ。患者は···おや、女性ですか。···酷い凍傷だな···ルードルフさん、お湯は張っています?」

「あぁ」

「足も酷いな。アンクレットが食い込んでるせいか、さらに血流が悪い。···よく切断しないですんでいるな。あとは···」

ぶつぶつと呟く独り言のようなそれを聞きながら、考える。ヴェリア嬢のピンク色とはまた違う、淡い桜色の瞳を持った女性。彼女の正体が分かれば、何かヒントになることがあるはずだ。

(たぶん、2にいた人物のはずだ。くっそ、2の情報はほとんどもってない。そもそも俺自体が無印のキャラクターだ。2のイベントもストーリーもほぼ知らねーし、マジで役に立つことが無さすぎる···)

「···くそ。俺が過ごした35年間は何だったんだよ」

「ルードルフさん、これ引き千切れます?」

「引き千切る?何を?」

「この足についてるやつです。食い込んでてかなり圧迫されてるようなので取りたいんですが、指も入らないしきついですかねぇ···」

「アンクレットなら、普通とる部品があるだろ?」

「それが、無いんですよ」

「無いって···どういうことだ?じゃあそれ、どうやってつけて···」

「もしかすると、魔法具なんじゃないですかね?普通成長に合わせて大きくなるはずですが、粗悪品だとならないものもあるらしいですからその類いじゃないかと思いますよ」

「···鎖を壊すしかなさそうだが、刃物なら入るか?」

「うーん、かなりギチギチなんでそれすら入らなさそうですねぇ。無理に入れたら皮膚のほうが切れそうだ。とりあえず診察はもう大丈夫ですんで、お風呂に入れて上げて下さい。薬湯にしておくので、痛いですが効きますよ」

「···俺が入れるのか?」

「そりゃそうでしょ。私じゃ彼女持てませんし。1人で大変なら誰かに手伝って貰っても構いませんが」

「いや、いい。俺が入れるよ」

「じゃあそうして下さい。気を失ってる人間を運ぶのってそれなりに大変なんですが、よく運んでこれましたよね。どこから運んできたんですか?」

「どこって、サクリア草の咲いてるあたりだけど」 

「わお···。あんなところから運んでくるとは恐れ入りました。ウチのルードルフさんは怪力おばけですねぇ」

「誰が怪力おばけだ、こら!」

「じゃあ上がったらまた連絡下さい。あちこちに怪我もあるようだし、お薬も塗らないといけないので」

「急に真面目になるなよ···分かった、また呼ぶよ」

それでは、と言ってネッドが去っていく。1つため息をついて、俺は未だに目を覚まさない彼女を見た。そっと布団をめくると、シャツのようなものを着ているようで心底ほっとする。相変わらず目を覚まさない彼女を抱き起こし、浴室へと向かった。

「···本当に良く似てる」

少し癖のある銀色の髪。これで目が青色だったら、正直区別がつかないかもしれない。それくらい、2人はそっくりだった。湯桶にお湯を汲み、そっと足へとかける。ビクリと彼女の足が震えた。少しずつお湯をかけていっても彼女が目覚める様子はなく、痛みもどうしてやることもできない。足先から少しずつお湯をかけ、またすくってはかて。何度もそれを繰り返し、彼女が痛みからか手を握りしめているのが分かった。


痛い。


でも、温かい。

私は死んでしまったのだろうか。

(ここは、どこかな)

地獄だろうか。はたまた、天国だろうか。

足が酷く痛む。足元からじわじわと這い上がってくる冷たさに、やはり私は地獄にきてしまったのかと思った。私が悪いことをしたから。死んでも許されることではないことをしてしまったから。

地獄は悪いことをした人に罰を与えるところなのだと遠い昔に聞いたことがある。その魂は、永遠の炎に焼かれるのだと。

(なら、なんで、冷たいのかな)

寒すぎて、熱いものが冷たく感じられているのだろうか。冷たいものは、上へ上へと迫り上がってくる。足はもう、感覚がなかった。

それともここは天国なのだろうか。悪いことを削ぎ落としてくれている最中だから、こんなに痛いのか。


痛い。痛い。


手も体も足も、どこもかしこも。声を上げたかったが、きっと声を上げたらまた何かを産んでしまう。そうすればきっと、また誰かの命を奪ってしまうから。声を出すわけにはいかなかないと思い、必死に耐えた。


手を握って。

唇を噛んで。


ただひたすら、その痛みが過ぎ去るのを待つ。死んでからも、こんなにも痛みがあるものなのかと思いながら。


「···痛いよな。ごめん、でももう少しだけ我慢してくれ」


ふいに何かに沈むような、不思議な感覚が私を襲った。聞いたことのない声が、耳元で聞こえた気がする。

じわじわと這い上がってくるのは熱だろうか。久しく感じていなかったそれに思わず気が緩みそうになる。だが、それはありえないとすぐに思い直した。だってこんなところで、人の声なんてするはずがないのだから。

(幻聴?)

いや、違う。確かにその声は、耳元で聞こえた。だとすれば、私は今どこにいるんだろう?そう思った途端、いままでうまく開かなかった目が開く。


こちらを覗き込んでいたのは、明るいオレンジ色の瞳だった。


(ひ、と、)

それが人だと認識できた瞬間、脳裏に過ったのは自分の吐き出した魔物によって殺された人達だった。

体を食われた人。振り下ろされた爪によって絶命した人。体の一部をもがれた人。そしてそれを見て、嘆いた人がいた。


ーーー私は、この人を知っている。


仲間の死を悲しんで、嘆いていた人だった。

「っ、」

なんて言えばいいか分からなくて、声を出せない。私はあなたの仲間を殺した魔物を産みました?それともごめんなさい?

分からない。分からないよ。


「目が覚めたか?」


そう心配そうに声をかけてくる人に、私はなんと答えれば良いのだろう。


「怖がらせたのならごめんな。君が洞窟の中であちこちが凍傷になっていて、危険な状態だったからここまで連れてこさせてもらった。ここは砦なんだが、分かるか?」


「とり、で、」

「君はどうしてあんなところにいたんだ?」

「わた、し、は、」

「···思い出したくないのなら、無理はしなくていい。君···っていつまでも呼ぶのも失礼だから、名前を教えてくれると助かる。俺はルードルフだ」

「···」

名前なんて聞かれたのは、一体いつぶりだろう。本当にこの名を名乗っていいのか。そんな不安にかられながら、私は名前を口にした。

「···シア、」

「ん?」


「アリシア···」


「アリシア···?」

不思議そうに、ルードルフさんが名前を口にして首を傾げる。私はそれが怖くて、思わずうつむいてしまった。自分は何かおかしなことを言ってしまったのだろうか。人と話す事は久しぶりで、なんだか声もうまくだせない。

「あ、あぁ、悪い。知り合いと同じ名前だったから少し驚いてさ。ええと、じゃあその足首につけてるアンクレット?みたいなやつなんだが、外さないと足が壊死してしまうかもしれないから、壊してもいいか?もしも何か大切なものだとか、必要な物なのであれば壊した後に直すからまずは外させてほしいんだけど···」

「え、し···?えしって、なんですか?」

「聞いたことなかったか。なんて言ったら分かりやすいかな···体の一部だけが死んでしまうことを言うんだ。体の局所的な死というか···アリシアの場合なら、足首より先に血が上手く通わなくなっているから、このまま放置すると足が死んでしまうんだ。···最悪切り落とすしかなくなるから」

「切り、落とす?」

そんなことをされたら、歩けなくなってしまう。血が止まらなくなって、死んでしまうのではないのだろうか。先程まで死んでしまっていたと思っていたのに、いざ他の人に言われるとどれだけ怖いことなのかと思い知らされる。

(私は、やっぱり何の覚悟も出来てないんだ···)

早く死ななければいけないのに、これ以上魔物なんて産みたくないのに。


ーーーそれでもまだ、生きていたいと思うなんて。いつから私はこんなに悪い子になってしまったんだろうか。


「違う違う、まだアリシアの足は壊死してるわけじゃないから、今すぐに切り落とす必要はないから!怖い言い方をして悪かった!だからそうならないために、そのアンクレットを外させてほしいって話で!」

「こ、れは、」

外せるはずがない。昔につけられた呪いのようなそれは、いくら頑張っても外れることなどなかったのだから。

「···ごめん、なさい。これは、外したらどうなるか分からないの。だから外さないで」

「どうなるかわからない?」

「···うん」

これにはとても強い呪いがかかっているはずだ。無理に外せば、外した方にまで何かを撒き散らしかねないと思ったからどうしても外すことを躊躇ってしまう。


ーーーもしかしたら、ルードルフさんも殺してしまうかもしれない。


(嫌、)

怖い。怖くてたまらない。

これ以上、もう誰も傷つけたくない。そう思ったら、自然と涙がこぼれ落ちた。ポタポタと流れる涙は、揺れる温かな水面に飲み込まれていく。


「···どうして、私なんか、助けたの」


「え?」


「なんで、そのまま、放っておいてくれなかったの···?」


止まらない涙は酷く温かく、こんなにも涙に温度があったのだと驚いた。ひっく、と子供のように膝を抱えてしゃくりあげる。涙の温かさなんてしりたくなかった。人の優しさだって知りたくなかった。

だって知ってしまえば、私は。


「···や、だ···死にたくないよ···っ」


そう望んではいけないことを、強く願ってしまうから。

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