60.導かれる思考
「まて、まてって、グレン!」
荒い息を吐きながらようやくグレンに追いつくと、ふとグレンが立ち止まり顔をこちらへ向けた。
「ルードルフ」
「あ?なんだよ···」
「お前なら、ヴェリア嬢がどこにいるか分かるんじゃないのか?」
「え···?」
それは、思ってもみない言葉だった。まるで俺が、ここで起きる全ての事を把握しているかのような言い方に言葉が詰まる。
「頼む、知っているなら教えてくれ。もう彼女を守れないのは嫌なんだ」
「···分からない。俺だってヴェリア嬢がどこにいるか知っていたら、最初からそこに向かってるに決まってるだろ?」
「···本当に知らないのか」
「知らねえよ!というかなんで俺がそんなこと知ってると···!」
「お前が最初から、ヴェリア嬢のことを知っていたからだ」
「···は?なんだ、それ?」
ヴェリア嬢のことを知っていた事?
「最初から、って···そりゃ俺は昔から彼女のことを知ってるから、」
「そういうことを言ってる訳じゃない。お前は最初に俺から彼女が地下牢にいると聞いた時、酷く狼狽えていたよな」
「いや、それは···」
「単純に俺がお前の上げた書類を見ていなかったのが原因だったが、彼女に成り代わった暗殺者の可能性もあっただろう」
「んな訳···!」
「だから、なぜそう言い切れる」
「···え、」
「なんで確認すらしていないのに、あの時点でお前は彼女が偽物では無いと確信することが出来ていたんだ?」
「···いや、別に確信なんて」
「確信していなければ、なぜ風呂に入れなんて言葉が出てくるんだ?普通はありえないと思うが」
「······」
「それにあの時点で彼女は何も身分を証明するものも、王命だと言うわりには何の書状も持っていなかった。だからこそ彼女は地下牢にいたんだ。身元が不確かな者に対して、特別おかしな行動ではない。なのにお前はヴェリア嬢を見て、何も思わなかったのか、綺麗だと思わなかったのか?と聞いたな」
「······。」
「まるで俺が、『ヴェリア嬢に一目惚れすることが決まっていた』みたいに」
「っ···!」
「あの時お前が酷く狼狽えた理由は、俺がお前の思った通りに行動しなかったからじゃないのか?」
ザァッ、と冷えた空気が流れていく。
(俺は確かに嘘をつくのが下手くそだし、そもそも隠す気もなかったけど···それは今まで、グレンとヴェリア嬢の話が始まっていなくて、隠すことが何も無かったからだ)
だから少しくらいおかしなことを言ってもストーリーの進行は問題が無いものだと思っていたのだ。
本来なら、地下牢で見た時点でグレンはヴェリア嬢に一目惚れするはずだったし、ヴェリア嬢は追放されるだけで、海に落ちることも死んだことにされたりすることもなかった。王命である証拠の書状も、身分を証明するものも持っているはずだった。だが、それよりももっと前からイレギュラーのことがあったことを思い出す。
(···サクリア草)
サクリア草から作られる、ポーションだ。本来ならばあれはもっと後、なんだったらグレンとヴェリア嬢のルートの最後に発見されるもののはず。なのに、それがすでに何年も前に発見されてポーションになり、既に使用されている。
(···あそこから、既におかしかったんだ。でもあの時は生きることに必死で、俺とグレンはどれだけ怪我をしても死なないと分かっていても周りの仲間は死んでいく。それが悲しくて、嫌で辛くて毎日頭がおかしくなりそうで。自分なら死なないと分かっていたから、毎日みたいに味方の盾になって戦って。···ポーションが出来た時はこれで仲間がもう死ななくなると手放しで喜んでいた)
だがよく考えてみれば、本来あれは2への伏線でしかなかったはずだ。もちろんこのゲームが始まった時点で存在自体はしていたのだろうが、そもそもグレンのルートでないと見ることすらできない代物だったはず。それがこうして、ポーションという形で現れていること事態がそもそもおかしいというのに。
(···俺が見て見ぬふりをしていただけか。もう、全ての前提は崩れてる。何もかもイレギュラーな事ばっかりで、俺も気が回らなかった)
「···俺、は、」
今更、何を言えば良いのか。
元からできる限り避けられる不安要素は取り除こうと思っていたこと?
彼女はグレンと幸せになってほしかったこと?
考えが上手く纏まらない。
元からグレンのルートは、『1つ選択肢を間違えればそのまま死へ繋がる、酷い終わり方ばかりを迎えるシナリオ』だった。
魔物に殺され、雪崩に殺され、氷柱に殺され、隊の誰かに殺され、グロリアーナに殺され。
その死は数え切れないほどに存在していたが、それらは全て彼女の視点から見たものでしか無かった。だから『他の視点から見た際のその後』というものは存在しない。
(でも、ここは現実。彼女が1度でも死んでしまえばそれで終わりなんだ)
だがあの生きている彼女に、『ゲームのような選択肢』が視界に出ているとはとても思えない。だからこそ、始めはどう守って良いのかも分からなかったが、最初は自分の気が回らず彼女の足を靴擦れという形で傷つけてしまった。グロリアーナが来る日には午前中に来ることは分かっていたから、できる限り急いでグレンの部屋へ向かったが、既に遅く彼女は手に怪我をしていた。
そして今だって、彼女は魔物に連れ去られてしまって。
ーーー結局守るといいながら、自分には何もできないんじゃないんだろうか。
彼女、主人公であるアリスのことも分かっているようで、何も分かっていなかった。本来ならば1人で服を着られることも、料理を作れることも、手伝いの侍女がいらないと言うことも、彼女の立場で全てできること事態がそもそもおかしいのだ。
だが、どのルートでも彼女はできる前提の話しかされていなかったから、本人から直接話を聞くまで『どうしてできるのか』という理由を考えたことは1度もなくて。話を聞いて始めてできる理由があのクソ殿下の要望だったと知った。
あの時は酷く憤りが湧いたが、俺もそれまでは心の何処かで彼女は主人公だから、と自分を納得させていた。いや、させてしまっていた。
(結局、あのクソ殿下と何も変わらないのかもしれない)
ーーー彼女のことを知っているようで、上辺だけしか知らず、知ろうともしなかった事。
そして今だって一刻も早く彼女を探さなければいけないのに、こんなことばかり考えている自分が酷く嫌になる。
「ルードルフ」
「っ!」
声をかけられ、グレンが俺の前に立っていることにようやく気がついた。目線は対等のはずなのに、自分が悪いことをしているようでーーー目が、合わせられない。
元からグレンに対して、隠し事をしたかったわけじゃない。だが俺の知っている全ての話をして何かが崩れてしまうことが、怖かった。
「別に俺は、お前が何かを隠していることをどうこう言いたい訳じゃない。生きていれば言い難い事、秘密にしておきたいことなんていくらでもある。話したければ話せばいいし、話したくないなら話さなくて良い。だが、今回俺が聞きたいことはそれじゃない。ルードルフはある程度『彼女や俺にこれから起こる事』が分かるんじゃないのか?」
「···分かるって、言ったら?俺が、ある程度何が起こるのかを知っていたとしたら、グレンは怒るだろ」
「怒る?」
「そりゃ怒るだろ?知ってるのに、言わなかったんだから。もしも俺がこのヴェリア嬢が魔物に拐われることを事前に知ってたとしても、怒らないっていうのか?」
「そんな仮定の話をされてもどうしようもない。お前はこの出来事を知らなかったんだろ?」
「っ、だからなんでそう言い切れる!?」
その何かが何なのか自分自身でもよく分かっていなかったが、何よりも俺は『グレンの信頼を失うこと』が怖かったのだとようやく分かって。
「お前が初めに彼女の居場所を知らないと否定したからだ」
「···!」
それが杞憂だったことを知った。
「お前は昔から嘘はつかないからな。それに今更俺に嘘をついても意味がないだろ」
ずっと歩き続けていた足が、思わず止まる。
(もっと早く言えば、何かが変わっていたんだろうか)
それはもう、分からないけれど。
「···あぁ、俺は確かにこれからある程度何が起こるのか、それに対してどう対処すれば良いのかも知ってるよ。だがもう、そもそもの前提が何もかも崩れているんだ」
「···そのお前が言う前提というのが、俺がヴェリア嬢に一目惚れするということだったのか?」
「そうだ。だから俺が知っている『これからグレンやヴェリア嬢に起こる事』はおそらく役に立たない。だって、前提が違う以上その通りに進む訳がないから。あの女···今回のグロリアーナの件だってそうだ」
「あの女についても何か情報があるのか」
「······あの女、俺が知ってる以上に狡猾になってる。おかしいんだよ。俺が知ってるグロリアーナはもっとボロが出て、さっさとグレンに処理されて退場してる。なのに、今はその気配がない。···まるで狂ってるみたいだ。歪みの足音でも聞いたみたいに」
「歪みの足音?」
「···狂う時に聞こえる、気味の悪い音のことだよ。あんなもん、一生聞かない方がいい」
「聞いたらマズイものなら、聞かないほうが良さそうだな。ルードルフ、それなら同じ出来事でなくて構わない。この状況と似たような出来事を知らないか」
「似たような出来事?」
「お前が知っているという出来事に、彼女が魔物に連れ去られるということは無かったのか」
「···魔物に···。まさか」
何も役に立たないと思い込んでいた自分の記憶だが、その言葉に何かがひっかかった。
(2で、そんなことがなかったか?)
2の情報はほとんど知らないも同然のため、あまり記憶にないのだが、魔物が出てくる洞窟に誰かが倒れていたイベントがあった。
「···!グレン、とにかくサクリア草の生えている方に急ごう!あそこにやたらと魔物が出てくる洞窟があったはずだ!」
「まさかあそこにいるのか!?」
「いや、分からない!でもフィンがサクリア草の咲いている北西の方に連れ去ったと言ってた、ならあそこが1番可能性が高い!」
雪が降りしきる中、どちらともなく走り出す。
もう迷いは無かった。
彼女を見つけたら、今度こそ全てを話そう。
アリスが、グレンが互いに幸せになれるように。
(今度こそ絶対に助けるから、)
だから、どうか無事でいてくれ。




