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奪われた冠  作者: 彩雅
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6.海からの帰省

ぼんやりと、何かが遠くから聞こえてくる。

(…誰かが呼んでる?)

まだ、微睡みの中にいたいのに。

そう思いながらもゆっくりと目を開けると、遠い昔に見たことのある天井が目に入った。

「アリス!目が覚めたのね!」

「お…母様?」

「っ…そうよ、私よ!アリスっ…!」


―生きていてくれて、良かった。


絞り出すような声で、そう言った。


「私…っ、お母様!お城は、話は、どう伝わってるの…!?」

「アリス、どうか落ち着いて?大丈夫だから…怖かったわね。」

ぎゅうっ、と強く抱き締められる。その温かさに思わず涙が溢れた。

「…うん、怖かった。怖かったの」

「もう大丈夫だからね。よく頑張ったわ。流石私の自慢の娘ね」

それからお母様は、今までの事を話してくれた。


酷いことをしてしまったから、せめて最後にマリアナに謝りたいと言ったのを聞いた見張りの騎士が、マリアナにそう伝えたと。


それならば、と会いに行ったマリアナを海に落とそうとして、バランスを崩した私が海に落ちたこと。


マリアナに私の言葉を伝えた見張りの騎士が、その場で処刑されてしまったこと。


海に落ちたのだからきっと死んでいるだろうと、たかをくくった殿下が私を捜索すらしなかったこと。


国王すらもヴェリア家に伝令のみを寄越して「死んだ為に今回の事は不問とする。捜索は諦めるように」として、私の事を見捨てた事。


そしてマリアナが、殿下の婚約者になったこと。


「………そん、な…」


何もかも、信じられなかった。

「王命とは言え、私達は貴女を諦められなかった。せめて、体だけでも…我が家に返してあげたくて…秘密裏に城から流れ着きそうな場所を探したの」

そこで、私を見つけ出したのだという。もしもあの時、岸まで泳がなかったらと思うと…それ以上は、考えたくもなかった。

「…では、私は…この国では、死んだことになっているのですか?」

「…えぇ、そうなるわ」

「………」

何も言葉がでなかった。

命令により、何十年も妃になる為の教育を受け続けて。国の事を考え、殿下を支えようと必死に努力し続けてきたのに。

こんなにもあっさり捨てられてしまうのかと。

「…マリアナは、今から妃教育を受けると言うのでしょうか。時間など、幾ばくもないと言うのに」

そもそものあの婚約破棄を叩きつけられた会場こそが、私と殿下の結婚の事を披露するための場所だったのだ。

そんな中で婚約破棄をされ、毒を盛っただけでは飽き足らずに海へと突き落とそうとして逆に滑り落ちてしまったと噂された私に、もうどこにも居場所は無いだろう。

そこへ、バタバタとした足音が廊下から響き、バタンと扉が開いてお父様が部屋へと飛び込んできた。


「アリス!あぁ…良かった!」


「…お父様…」

急いで私が寝ていた寝台へ歩み寄ってくると、思いきり抱き締められた。

「…!?」

こんなことは幼少の頃以来で、思わず驚きすぎて固まってしまう。

「あなた、アリスが固まっていますわ。それに病み上がりなのですよ」

「あ…す、すまない!痛くなかったか!?」

そう言って慌てて体を離すお父様の温もりがとても温かくて。

気がつけば私は、涙を流していた。

「!!!い、痛かったのか!本当にすまなかっ…」

「ち、違います!これはほっとして…」

涙を止めようとしたけれど、後から後から涙は溢れてくる。もう大丈夫だからね。と優しく声をかけてくれたお母様の言葉に、私は涙腺が壊れてしまったかのように泣きじゃくった。


「アリス。少しは落ち着いたかい?」

「…はい。…みっともないところをお見せして、申し訳ありません。」

「アリス、よく聞いてほしい。これから、ここもどうなるか分からない。城での出来事は不問にするとは言われたけれど、それは【アリスが死んでいる】という前提の元のものだ。もしもアリスが生きているのだと知れたら、口封じのためになんとしても探し出して【始末】するだろう。」

「…はい、分かっています」

「だからお前には、辺境侯爵グレン・デルフィランズ卿の元に行ってほしい。もしも仮に捜索の手が伸びたとしても、あそこまでは届かないはずだ。」

「…え?でも、私は死んだことになっているのですよ?デルフィランズ様になんと説明すれば…」

「大丈夫よ、アリス。実はね、デルフィランズ様に遣えている人に伝があるの。」

「伝…?」


「彼はルードルフ・イバリア。デルフィランズ様の右腕の方よ」


出るならなるべく早く、目立たない内に。だが、体調が万全でなければ着く前に倒れてしまうからと言うお父様の優しい助言もあり、私は数日の療養を得て、数十年ぶりに家族の時間を過ごした。

私が本当はどんな目にあったのか。それを告げる勇気はなかったけれど、家族との触れあいはとても温かくて。

この先、どんなことがあっても私はこの事を忘れないと、そっと温かな時間を胸にしまった。


(…グレン・デルフィランズ様…)


死神と呼ばれている彼は、一体どんな方なのだろう。

お父様にも聞いてみたけれど、詳しいことは分からなかった。お母様からは、イバリア様からは優しい方だと聞いている、と教えてもらったものの、とにかく情報が何もないのとほぼ変わらない状態。

そんな中私が行くことになり、デルフィランズ様には一体どれだけの迷惑をかけてしまうのだろうか。

(イバリア様にも着いたらお礼を言わないと)

「お嬢様、準備ができました」

「ありがとう。今行くわ」


「アリス」


「お父様、お母様。本当に、本当にありがとうございました。」

「…あちらでも、どうか元気で―幸せに、過ごしておくれ」

「はい。お父様とお母様もどうか、お元気で。」

その2つの名前を胸に、私はお父様とお母様に別れを告げ―私はトランクを片手に、馬車へと乗り込んだ。カラカラカラ、とゆっくりと車輪が回りだす。

それを見えなくなるまで見送った2人は、顔を覆った。


「…アリス…こんな守り方しかできない、不甲斐ない父を…許してくれ…」


きっとこれを彼女が聞いたら、大丈夫です。と優しく微笑むのだろう。

自分の力の無さを嘆くしかなかった。本当は誰かに頼らずとも、自分の手で守りたかった。

ずっと努力し続けて、見捨てられてしまった娘。どうして娘が。一体、何をしたと言うのか。

だが、王に背けば―アリスは、帰る家までもを無くしてしまうから。

(だがそれは、都合のいいただの言い訳だ)

娘が大事だと言いながら、することは保身に走る事。なんて最低な父親だろうか。

分かっているのに、保身に走らざるを得なかった。大切な家を守るために、愛する妻を守るために、何の罪もない領地に住む人々を守るために。


だからそのために、私は結局―大切な物を守るために、娘1人を見放したのだ。


「すまない…アリス…どうか…どうか、幸せに…」

ただ、幸せになってほしかった。そこに何も嘘は無かったのに。


たった1人の大切な娘を、守る事のできない私をどうか許してくれ。

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