表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奪われた冠  作者: 彩雅
59/98

59.残された者

窓ガラスが砕け散り、辺りには酷く冷え切った空気が流れ込む。部屋に残る雪と鱗粉だけが、今ここであったことを示していた。


「アリス、ちゃん、」


遅かった。間に合わなかった。


助けられなかった。


「ヴェアーラズ···ッ!!」

あまりの大きさに、初めは目を見張った。見ただけでネームドなのは分かったが、伏せろと言うだけで精一杯で、一瞬の内に彼女は連れ去られてしまった。ヴェアーラズの鱗粉で幻覚をみせられているだけだとわかっていたのに、一瞬だけ見えた彼女のあまりに惨い死に、動くことができなくて。


「なんで、」


だが元々、ヴェアーラズに人間を攫う習性などなかったはずだ。ハーピーであれば話は分かるが、なぜ彼女は連れ去られたのか。すぐに思い当たる違いと言えば、彼女が女性であるということだけ。

ギリギリと歯を食いしばり、辺りを見渡す。窓にかかった魔物よけのカーテンは無理矢理こじ開けたのか、3分の1ほど開いていた。

まだかすかに残っていた吐き気がするほど甘ったるい臭いは、グロリアーナがつけていたものと同じモノだと分かったが、部屋に吹き込む冷気ですぐに消えてしまうだろう。

「これじゃあ証拠にならない」

匂いは保存することができない。ならばとそのまま視線を動かして部屋に倒れていた男を見る。先程のガラスを割った衝撃波で一緒に吹き飛んだのか、体のあちこちにガラス片が刺さっており、一際大きなガラス片は腹に突き刺さっていた。左手の中指がありえない方向にネジ曲がっているところを見ると、おそらく彼女が折ったのだろう。彼女が何かしらの抵抗をしたということはつまり、この男は犯罪者だ。しかも、最低の。

「起きなさい」

「う···」


「起きなさい!」


ありったけの声で叫びながら、手に刺さっていたガラス片を無理矢理に引っこ抜く。

「ぎゃぁあああっ!?!」

ブシャリと血が吹き出し、自身の手にも切り傷がついたが、そんなものは関係ない。

「答えなさい。ここで何をしていたのか」

「フィ、フィン!?い、いや、ちが、薬、そうだ、俺は薬を使われて、記憶が···」

「そんなものは関係無い。ここで何をしたのか答えなさいと言っているの」

今度は足に突き刺さっていた2枚目のガラス片を引き抜く。

「ぎゃあぁああっ!?やめ、やめてくれ、死ぬ、死ぬ!!あの女が、薬を!」

「あの女?グロリアーナのこと?」

「な、わけ、あの女は、隊長にしかっ!ちがっ、違う、セリンダ!セリンダだ!ぁあ、いた、いたいぃ!」

「セリンダ、ね」


勝手に吐いてくれて手間が省けたと、続けざまにガラスを体から引き抜いた。悲鳴が上がり、再び鮮血が床を染めていく。

「ぎ、ぁああ!!?や、め!」


「貴方は犯罪者よ?死んで当然じゃない」


「わる、悪かった!!ヴェリア様にも謝る!謝らせてくれ!!あの時は薬でおかしくなってたんだ!!」

「おかしくなってた、ですって?だから何。それが彼女を脅かして良い理由になると思うの?彼女は貴方に対して抵抗した。彼女がどれだけ怖かったと思うの!!」

特に腹に深く刺さっていたガラス片を勢い良く引き抜く。また、鮮血が上がった。

「ぁあああぁっ!?も、もう、ゆるし、い、たい、」

「許してほしいって、なんで許されると思ってるの?彼女は止めてほしいと言わなかった?貴方はそれを聞かなかったんでしょう?じゃあ、私だって聞かないわ」

「ひっ、や、やめてくれ!!このまま、放置されたら、」

傷口からドクドクと溢れる血液に、酷く低い気温。このまま放置すれば、遅かれ早かれ死に至るだろう。それがピートにも伝わったのか、さぁっと男の顔色が変わる。

「冗談は、やめてくれ、フィン、」

「冗談?何言ってるのよ、ピート。貴方は昔私の隊にいたじゃない」

「っ···!!」


「私が1度でも裏切り者を許したことがあった?」


「あ、ぁぁああぁっ···!!」

男の声色が絶望に染まる。

今はそんなことをしている場合ではない。一刻も早くこの事を隊長に伝えなければいけないと思いながら無理矢理に魔物よけのレースカーテンを閉め、部屋を出た。



「い、やだ、死にたく、な、」



キィ、と低い音を立て、扉がゆっくりと開く。


「···あらあら、すごい勢いでフィンが出ていったと思ったら···随分とすごいことになってるわねぇ。ピートさん、こんばんはぁ」

「グロリ、アーナ···!?た、のむ、助、けて、」

「アタシに触らないでよ、アンタの血で汚れるじゃないの。汚いわねぇ。にしても寒い部屋だこと。ところであの可哀想な婚約者さんはどこに行ったのかしら。ピートさんはあの婚約者とやれたの?」

「んな、わけがっ、」

「えぇ?何それ。役に立たない男にはお仕置きが必要ねぇ」

「ギァッ、あぁああっ、」

グシャリ、とガラスが突き刺さってずたずたになっていた手のひらに、女の踵が食込んだ。ぐりぐりと踏みにじるように動くそれに、男が酷く掠れた声で泣き叫ぶ。


「それで?アタシ、何度も同じ事を聞くのが大っ嫌いなの。良い?聞かれたら1度で答えなさいな。あの目障りな婚約者は、どこに行ったの?」


「ま、もの···魔物がっ、連れ去ったんだ···」

「魔物が、連れ去った?」

「ヴェアー、ラズが、奴のネームドが、ヴェリア様を連れ去ったんだ、よ、だから、もう、やめ···」

「連れ去った···連れ去った?」

カクン、と女の首がまるで人形のように横に落ちる。

「···ふ、ふふふ、連れ去ったぁ?あははっ!何それ!じゃあアレは死んだのかしら!?」

「わ、から、ぁあああぁっ」


「死んだのよねぇ!?魔物に連れ去られて生きてるわけないものぉ!あはは、あはははっ!」 


クルリ、と上機嫌に女が回る。


「上出来よ!よく頑張りましたぁ!それじゃあ後は、成り行きを見守れば良いわよねぇ?あぁ良かった、これでグレンが戻ってきてくれるわ。だって死んだら、どうしたってもう会えないものねぇ。ふ、ふふ、死んだのね、良かったぁ!」


ケタケタと、女が狂ったように笑った。


「···た、すけ、」

「···あらぁ、まだ生きてたのぉ?早く死んだ方が楽じゃない?アタシの幸せな気持ちに水を刺さないでよ、早く凍死でも出血多量でも良いから死になさい。もう聞きたいこともないし。耳障りなのよ、貴方」

「······」

「···あら?ようやく死んだかしらぁ?もう、最後まで元気だこと。役に立たないかと思ったけど、案外役に立ってくれて嬉しいわぁ」


フラフラと、女が雪が舞う中でステップを踏む。上機嫌に歌を口ずさみながら、女は扉へ向かった。


砕かれたガラス。

踏みにじられた死体。

赤黒い血だまり。

真っ白な雪と冷えた空気。

そして、あの女が消えた部屋。

 

その全てが、自分を祝福しているかのように見えた。 


「これでグレンはアタシだけのモノ」


靴を脱ぎ捨て、割れた窓ガラスから投げ捨てる。落ちた黒いピンヒールは雪に埋もれ、すぐに空から降る雪に消え失せた。


ヴェアーラズが飛び去った方角は北西。サクリア草が咲いている方角だ。

(あそこの側には大きな洞窟があったはず)

部屋を出て、走り出す。きっと隊長は先程起こった大規模な奇襲の渦中にいるはずだ。


もっと、もっと早く。


ヴェアーラズに見せられた、アリスの死のイメージが頭から離れない。

(あれはたちの悪い幻覚よ。あそこで起こった事じゃない)

魔物に連れ去られたなんてここに来てから20年間、1度も見たことが無かった。だからこそ、どうなってしまうのかが分からなくて、怖くてとにかく走る。

あと少し。あと少しで、外への扉に辿り着く。武器も持たずに外の扉へと走っている自分を見て何か声をかけてくる人もいるが、そんなものに構っている暇はない。


「待ってて、必ず、必ず助けるから、」


扉を開け、外へと飛び出した。

怪我をして以来の何年かぶりの戦場の空気に、一瞬足が止まりそうになる。

崩れた建物。

投げ捨てられた空の瓶。

柱の陰で痛みに呻く仲間。

魔物の咆哮。

敵のものかも分からない血溜まり。

グズグズと溶けていく切り裂かれた魔物。

魔物の羽や突き刺さった氷柱、生々しい血を引きずった跡。


だが、立ち止まっている暇はない。


時間が遅れれば遅れるほど、彼女の命がどうなるかの保証はなくなるのだから。


走って、走って。


魔物の攻撃を避け、魔道具を発動し、切り傷を負ってもとにかく走った。

(い、た!)

魔物相手に剣を振るう、その人。 

何年かぶりに見たはずのその剣の鋭さは、最後に見た頃と何も変わっていなかった。


「フィン!?お前何して、」

「ルードルフ副隊長!アリスが、アリスが攫われました!!」

「···は?なん、て?ってあぶねぇ!」

眼の前に、土の壁のようなものが発動する。魔物の氷柱を弾いたそれは、すぐに崩れ去った。

「攫われたって···何に!?」

「ヴェアーラズです!」

「···ヴェアー、ラズ?」

周りがこちらを庇うように戦い始める。悲鳴や、周りの魔物の声が一層大きくなった。


「残党残り3!」


その声に合わせるように、銃弾が空を切る。

まるで、ありえない事を聞いたかのようにゆっくりとルードルフの口が動いた。


「なんで。そんな訳···」


そう呟いた彼の後ろで、最後の魔物が地に落ち、消えた。周りの時間が動き出したかのように、あちこちから声が聞こえてくる。


「フィン?」


「グレン、隊長」

もう、これ以上大切なものは何も失いたくない。

「アリスが、ヴェアーラズに攫われました。アリスの···彼女の部屋の魔物避けのカーテンが開けられていたんです。そこからネームドの巨大なヴェアーラズが覗いて···ガラスを突き破り、彼女を攫いました」


「どこだ」


「え?」 


「彼女を連れたヴェアーラズはどこに飛び去った」


息がつまりそうなほどの、威圧。


「···ヴェアー、ラズは、北西に···サクリア草が咲いている方角に、飛び去りました」


「おいっ、まてグレンっ···!」


暗闇の中に、彼が走り去っていく。

その後ろを追いかけるルードルフと共に、2人の後ろ姿は真っ暗な森の中へと消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ