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奪われた冠  作者: 彩雅
57/98

57.生贄にされた少女

グロ描写注意です。

苦しい。


「あ、ぁぁ、」


痛い。

銀色の長い髪をした人物は震える手で半透明の植物を掴むと、そのままその植物に齧りついた。無理矢理押し込むようにそれを飲み込むと、ズタズタになっていた焼けた食道が治っていき、ようやく呼吸ができるようになる。

ヒュー、ヒューとか細い息がかろうじてこの人物が生きていることを示していた。喉が引き攣れたような痛みだけが残っている。


「い、たい、よ」


いつからか掠れた声しかでなくなった喉から、わずかに声を絞り出す。そうしないと、言葉を忘れてーーーいや、気が狂ってしまいそうだったから。話す人もいない。ただ1人、孤独に過ごしている私は、20年前から『ここ』にいた。

(グレンとルードルフと呼ばれる人が来たのも、その頃だったっけ)

時折私が育てた半透明の植物を持っていく人達。だが全て採っていくことはなく、必ず植物を残していく。あの植物を何に使っているのかは知らないが、もしかしたら生えなくなることを心配しているのだろうか。

キィキィと耳障りな声が鼓膜を揺らす。たった今、自らの口の中から出てきた魔物の子供だ。ボコボコと体を変え、それらはあっという間に成体へと変わっていき空へと旅立っていった。 


ーまた、あの魔物は人を襲うのだろうか。


初めはそんなことを思う余裕もあったが、今はもう何も考えられなかった。

「うっ、」

左の足首がズキリと痛む。

異様に細くなっている足首に食い込んだ鎖には、真っ黒な石が嵌め込まれたアンクレットがつけられていた。幼い頃につけられたその枷は、未だに私を蝕んでいた。

ゆっくりと起き上がり、そっと足首に触れる。これのせいで、歩く時は左足を引きずるようにして歩いていた。


ーーーこの枷をつけられたのは、一体いつだっただろうか。


ぼんやりと、そんな事を思う。普段ならすぐ泥のように眠りこんでしまうのに、どうしてこんなことを考えてしまうのか。

(少し前に、グレンさんを見かけたから、かな)

どうしてあの人達がここにいるのか未だによく分からないけれど、20年前の出来事に関係しているのだろうか?足首をそっと撫でながら、黒い石を見つめて、もう朧気になってしまった出来事をぼんやりと思い返す。


家の屋敷とは比べ物にならないほどの、煌びやかな部屋。ステンドグラスをあしらった美しい装飾の窓に、床には足音を吸い込んでしまいそうなほどの弾力を持った真っ赤な絨毯が敷き詰められている。普段ならばそのステンドグラスの美しさに見惚れていただろうが、今はそれどころではない。

ここは謁見の間、国王陛下と王妃のみが座ることを許される金色と赤を基調とした2つの玉座が置いてあった。そのうちの1つに腰掛けた国王陛下が、必死に覚えた最上級の礼をした私を見ながら口を開く。


「顔を上げなさい。今日呼び出したのは、他でもない。君が、今ルーカスが気に入っているというアリシアという少女で間違いはないかな?」


「は···はい···。アリシア・ヴェリアと申します」

「そうか。君もルーカスのことを気に入ってくれているのかい?それとももう、婚約を申し込まれているのかな?」

「こ、婚約だなんてそんな、私には恐れ多いお話でございます、国王陛下。私は生まれつき、体が強くありません。お医者様からは、この年まで生きているのが奇跡だと言われております。とても、殿下に相応しい人物では····」

「あぁ、そのことか」

にっこり、と国王が穏やかに笑った。

「そうね。貴女も自分自身がルーカスに相応しくないと良くわかっているのね」

その横でもにっこり、と王妃が微笑む。

怖い。

まだたった7歳の彼女に、この国の頂点に立つ人物からの威圧など、絶えられるわけがなかった。

「は、はい。私は、殿下に相応しくありません」

「うむ、そうか。その年齢でもきちんと理解していたのなら結構。いつ死ぬかも分からぬ、世継ぎが産めぬ后など論外だからな」

「でも貴女はルーカスのことを気に入ってくれているのよね?」

王妃が再び真っ赤に彩られた口を開く。先程の国王と同じ質問だが、その口調には有無を言わせぬものがあった。

「ッ、」


「気に入って、くれているのよね?」


「も、勿論で、ございます。この国の小さな太陽である殿下を嫌うなど、あるはずがございません」

「そう、なら良かった!」

王妃がにこやかに笑いながら、その手の中から何かを取り出す。それは見たことのないほど真っ黒の石が嵌め込まれた禍々しい小さなアクセサリーだった。

(なに、あ、れ)

気持ち悪い、何かとしか例えようがないそれは王妃の手のひらの上で禍々しく輝いている。

「これを貴女にあげるわ」

「そ···それは、なんで、しょうか」


怖い。怖くてたまらない。


「私ね、世継ぎを産もうと必死だった時に色んなことを試したの。それでもどうしても授かることができなくて、私は罪人を使ってとある儀式をしたのよ。そしたらすぐにルーカスを授かったんだけど、産む時に不吉な予言をされてしまったの。」

「不吉な、予言?」

「貴女は北の地にある、魔物の森を知っているかしら?」

「は、はい」

「あそこにね、あの子が8歳になったら置いてこないと王都が魔物に滅ぼされるという予言だったの」

8歳?

今、彼の年齢は7歳だったはずだ。

まさか、とドクドクと心臓が音を立てる。

「あの子の体には、生まれつき痣があった。どうやらそれは、魔物の長になるための痣らしくてね。儀式の副作用がどうやらルーカスに出てしまったみたいなんだ。まさか王妃がそこまでしているとは思わなくて私も驚いたよ。でも出てしまったものは仕方がない。何年も秘密裏に私達はその痣を無くす方法を探していた。だが、無くすことはできなくとも、その痣を魔法で引き剥がすことはできた。だが、そのままでは魔法が切れたときにその痣はルーカスに戻ってしまう。だから私達は痣をこの石に詰め込んだんだよ」


この人たちは、何を言っているのだろう。


「ルーカスが魔物の長になる運命だなんて、神様はなんて過酷な運命を背負わせるのかしら。貴女もそう思うでしょう?あぁ、なんて可哀想なルーカス!だから、私達は考えたのよ。この国は今、第1王子を失うわけにはいかないの。まだ次の子もいないし、産まれてきたとしても男だとは限らないわ。それでね、あの子の変わりの生贄を探していたのよ」

 

イケニエヲサガシテイタ?


「そ、んな、」


「明日は貴女の誕生日なんでしょう?丁度いいと思うのよ。魔物の長は男しかなれないらしいから、女がなったらどうなるのかは知らないけれど、どうせ短い命なんだもの。あの子のことを好いているなら、その命をルーカスに捧げなさい」


「······」


はくはく、と真っ青になった彼女が何かを言おうと口を開く。だが、その声が言葉になることはなかった。そんな彼女の様子を微笑みを消した無表情で見つめながら、代わりとばかりに国王が口を開く。


「まぁ、そういうことだ。君に恨みはないが、体が弱い、将来もない君に生きていてもらうとルーカスの婚約者を決める時にも困るんだよ。現に困ったことに、ルーカスは君と婚約を結びたいと言い出したんだ」

「そんなの困るわ。いつ死ぬかも分からない病弱な婚約者だなんて、あの子が貴女が死んだぐらいで立ち直れでもしなくなったらどう責任をとってくれるの?」

「そん、な、わた、私は、」

「それにね、どうやら調べてて分かったんだけどこの痣は8歳になるとその意味をもつらしいの。1度、仮死状態になるんですって。魔物の森にその死体を置くことで、人間の皮を捨てる?とか書いてあったけど、意味がよくわからなかったわ。でもまぁとにかく、その仮死状態の間に魔物の森に置いてくればいいらしいことは分かってるのよ。だから貴女の葬儀の途中で遺体を入れ替えさせてもらうわね。骨になってしまえば、入れ替わっていたとしても分からないだろうから」

「そ、そんな!ま、魔物の森はここから離れている筈です···!!」

「大丈夫よ、それに関しては使い切りのテレポートの魔道具をあちらに置いてあるの。だから貴女は今日、具合が悪くなってここに泊まった。そしてここで体調が悪化して死んだということにしましょう。変わりの遺体ももう用意してあるから安心してね」

「君のお母さんは今、もう一人の子供をお腹に抱えているのだろう?それにまた女の子だというじゃないか。なら君が死んだところで対して悲しむこともあるまい。···妹や父、そして母を殺されたくは無いだろう?」

「!!!!」

「ほら、良い子だからここに来て腕を出しなさい?これをつけてあげるから」


にっこりと慈愛に満ちた笑みを浮かべながら、禍々しい何かを手にしたままこちらへ来いと手招きをする。


行きたくない。死にたくない。


だがここで拒んだらお父様が、お母様が、これから産まれてくる妹の命が無いのだという。


「アリシア、もうすぐ貴女に妹ができるのよ。仲良くしてあげてね」

「もちろんよ!何をして遊んであげたら喜んでくれるかしら!」

「ふふふ、まだ産まれたばかりの赤ちゃんは何も出来ないから、遊ぶのはもう少し先ね」

「ねぇ、お母様。お名前は決まったの?」

「ええ、この子の名前はアリス。貴女が自分とスペルが似ている方がいいと言ったからお父様とたくさん話し合ったのよ」

「アリス···。ありがとう、お母様!とっても···とっても素敵な名前だわ。アリス、お腹の中から出てきたら私とたくさん遊びましょうね!」


まだ産まれてもいない、大切な妹のアリス。大切な家族の命を、天秤になどかけられるわけもなくて。私はガタガタと震えるその足で王妃の前に立った。


「あら?貴女、随分と腕が細いのね。まぁ病気だから仕方がないのかしら。ブレスレットのつもりで作ったのだけれど、貴女には少し大きそうだから足にしかつけられなさそうだわ」

ガチャリ、とそのアンクレットが私の足にかけられる。重たい枷をつけられたかのような、体が捻れたような感覚に陥った。


「っ、あ、ゲホッ、ゲホッ!!」


それと同時に、込み上げてくる猛烈な吐き気。気が付くと私は、自分の口から真っ赤な血を吐き出していた。

「まぁ、汚いわね!無理矢理副作用を移しているのだから体が耐えきれないのかしら?まぁ、丁度いいわ。ルーカスを呼んであげるから、客間に運びなさい。貴女が目の前で死ねば、流石にあの子も目が覚めるでしょうから」

もう、王妃が何を言っているのかなど分からなくて。苦しさにもがきながら、私は血を吐き続けた。


痛い、痛い、苦しい。


誰か、誰か助けて。


「アリシア!?な、なんで、こんな···!アリシア、止めてくれ!僕を、僕を置いていかないでくれ!!」


誰かの叫びは吐き気に掻き消され。


「そんな···アリシアが···?嘘···嘘よ···」

「奥様!!!」


誰かの悲しみは痛みに消えて。


「アリシア···目を、目を開けてくれ···まだ、まだ妹を見ていないじゃないか···今日、無事に産まれたんだぞ?一緒に遊んであげるんだろう?仲良くして、くれるんだろう···?」


誰かの嘆きは苦しさで消えた。


「アリシア。僕は、君を誰にも渡さない。例え記憶の中でも···君を誰にも渡さないから。愛してるよ、アリシア。この世界の、誰よりもーーー」


棺を閉められる前。

誰かの呟きだけは酷く耳に残ったが、もう私はその意味を理解することはできなかった。


「目の前で亡くなったのに、私達は何もしてあげられなかったわ。だからせめて最後に、この子に謝らせてほしいの。少しの間だけでいいの。二人きりにさせてくれないかしら」

「あぁ、私からも頼む。ルーカスがこの子を好いていたというのに、私達は何もしてやれなかった」

「国王陛下、王妃···」


「さて、これでいいかしら。じゃあ、初めて頂戴」


その言葉を最後に、私の体は棺桶から引きずり出された。引きずられて、投げ出されて。そして、次に目を覚ましたのは冷たい雪の中だった。


「うっ···い、たいよ···」


凍りつくような空気が、頬を撫でる。体に纏っていたのはボロ布のような薄汚れたローブに、簡易的なワンピース1枚。辺りには壊れた大きな機械の残骸が転がっていた。お父様とお母様が最後に送ってくれたドレスはきっと、私の代わりに焼かれた人が着ていってしまったのだろう。


「お父様、お母様、アリス···」


ポロポロと涙がこぼれ落ち、目を擦る。すると、視界の端に何か真っ赤なものが目に入った。慌ててそちらを見ると、焼け焦げた臭いが鼻を通り過ぎていく。辺りの森は火の海と化していた。


「森が···焼けて、いる?」


どうして?

燃える、燃える。白が赤に染まり、やがて黒に染まっていく。


ーーー嫌だ、死にたくない。


そう強く思った瞬間、お腹から何かが込み上げてくる感覚があった。あまりの気持ち悪いその感覚に私は思わず嘔吐する。だが、その自らが吐き出したものに私は目を疑った。


「ま···まも、の···?」


キィキィ、と耳障りな音を立ててそれはブクブクと膨らんでいく。まるで死にたくないと願ったその気持ちがそのまま魔物になったかのように、それは巨大な魔物となって空へと飛び立った。それは一体の巨大な黒いドラゴン。火を吐き、空を舞う。その本でしか見たことのなかった存在に酷く驚いた。


「···っ!」


気持ちが悪い。

私はお腹の中が空っぽになるまで何時間も吐き続けて、数百以上の魔物達を生み出し続けた。喉が焼けても、息ができなくなっても、その吐き気は収まることはなくて。それがようやく収まった頃には、気を失うように眠ってしまい、ふと目が覚めると森の火事も収まっていた。

喉が痛くて、酷く寒かった。何かを飲みたい。痛みを、癒やすものがほしい。凍りつきそうになるなんとか足を動かして、ふらふらと森を彷徨い歩く。


ーーーそうして私が見つけたものは、大量の人間の死体だった。


「ひぃっ···!?」


思わず腰が抜けて、崩れ落ちてしまう。ガタガタと震える体に、喉の痛みも忘れてまた吐いてしまった。


「···な、なんで、こん、な···」


よく見ると亡くなった人達は皆、焼け焦げていたり、体のどこかを切り裂かれたような跡があって。 


「魔物···に、やられ、た、の?」


私が生み出した、あの魔物に?


ーーー私が、この人たちを、コロシタノ?


「い、や、嫌、いやぁぁああああっっ!!!!!」


頭が、おかしくなってしまいそうだった。まるで抜け殻になってしまったみたいに、そこにどれほど留まっていただろうか。

寒さに身震いして、自分が何も履いていないことを思い出し罪悪感で一杯になりながら、遺体のブーツと上着を拝借した。

その時にふと人の声を聞いた気がして、私はそのやってきた人たちから身を隠した。自分が元凶だと分かれば、きっと殺されてしまうから。


「···ここも、全滅したか」


黒い髪に、紫の瞳をした人が立っていた。

(だ、れ?)

「グレン、あとは魔物はいなさそうだ」

その後ろから、灰色の髪にオレンジ色の目をした男性が歩いてくる。あちこち怪我をしているのか、服やズボンに血が滲んでいた。辺りを見渡すと、泣きそうな顔をしながら彼が顔を覆った。

「···誰も、守れなかった」

「ルードルフ。自分を責めるな」

「あぁ、分かってる。分かってるけどよ。···ここに来てから、どれだけの時間が立った?まだたった1ヶ月だ。それなのに···くそが、あの考え無しの王が森を焼き払って魔物を刺激したせいで···あのままブラックドラゴンに殺されていれば良かったんだ···!」


「ルードルフ」


「···すまん。なぁ、少しだけ時間をくれないか。···せめて、埋葬してやりたいんだ」

「···あぁ、そうしよう。このままでは彼らも浮かばれないだろうからな」

そんな会話をぽつりぽつりとしながら、彼らは黙々と埋葬を始めた。

その事が全て自分に責任があるのだと思うと居た堪れなくて、見ていられなくて。自分が存在してはいけない人間だと思い知らされたことが酷く怖くなって、逃げ出した。

あの時盗んだブーツと上着は、寒さを凌ぐために未だに使っている。あの時は酷く大きかったブーツも上着も、もうすっかり着れるようになっている事が自分に長い月日を思い出させた。今が何年かは分からないし、あの日から一体どれだけの時間が立ったのかもわからない。だがこの何十年もの間、ほとんど何も食べていないし、飲んでもいないのに、私はなぜか飢えて死んだり、寒さで凍え死ぬこともなかった。


『人間の皮を捨てる』

 

いつか王妃が言っていたそれは、人間で無くなるということなのだろうと今更ながらに分かった。


「···生きてて、ごめん、なさい」


生気のない濁ったピンク色の瞳からぽたりと一滴の涙が溢れて、彼女の言葉と共に雪へと消えていった。

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