54.初めての贈り物
いただいた感想を元に、説明不足だった点を加筆修正しています。改めて読んでみると確かに説明してないなと思いました···!
なぜ彼女が怪我をしなければいけないのか。
ならその要因を消せば良いと言う思考になった時、ふいにそれは打ち破られた。
「デルフィランズ様」
酷く澄んだその声に、少しだけ頭の中の霧が晴れる。
「···なんだ」
「私、負けません。彼女と戦います」
「は?」
その聞き慣れない言葉に、思わず思考が停止する。
(戦う?彼女が?)
おそらくだが、武器を持って戦うと言う事ではないだろう。それは分かるが、戦うという事が彼女のイメージとかけ放れている為か理解が追いつかない。
「ですから、大丈夫です。デルフィランズ様が何かするのはやめてください。私が対処しますので」
なぜ彼女は、どれだけの悪意に晒されても愚直なまでにこうも真っ直ぐさを失わないのだろうか。
信じた人に裏切られ、罪を着せられ、居場所を奪われて。それでも泣きもせず、嘆きもせずに。
それが彼女の強さと言えばそうなのかもしれない。だがそれは、同時に酷く脆いものでもあった。
彼女は、誰にも頼ろうとしないから。
「···なぜ君が対処する必要が、」
本来ならば彼女ではなく、自分が対処すること。だが、彼女がそういう風に話す理由が嫌でも分かってしまった。
(俺が現状、あの女に対して何もできないからだ)
もしも彼女が『普通の婚約者』であったなら、何も問題無く対処できるはずだった。だが、アリスはそうではない。この国では死んだ事にされている彼女ーーー婚約者を傷付けられたと抗議し、あの女を追放すれば『その婚約者とは誰なのか』と調べられ、アリスは今度こそ殺されてしまう。
あの女が暗殺者か何かであれば、初めに気分を害された時に簡単に殺すこともできただろう。この国のルール上では暗殺者や裏切り者、犯罪者を殺しても法に触れないからだ。だがグロリアーナは王家から派遣されている娼婦であり、暗殺者ではない。当然だが、感情のままに殺してしまえば殺人罪に問われて、俺自身が断罪されて処刑されることになる。先程はそんなことは頭から吹き飛んでいたが、冷静に考えればあの女を殺せない理由はそこにあった。
死には死を持って償う。それがこの国の法だ。
「···いや、そうだな。俺には何もできない」
自分の婚約者が苦しめられているのに、彼女を害する相手を殺すことも、抗議することも、追放することもできない。俺が彼女を守る術は何一つとして無いのだと、思い知らされた。
「···すまない」
歯痒かった。悔しかった。それこそ何もできない無力な自分を殺してしまいたくなるほどには。
「どうして謝るのですか?」
「現状、俺は君を守る手立てが無いんだ。本来ならば、俺が守ることが当たり前なのに」
「そんなことは、」
「守ることもできないなんて、婚約者以前に男として失格だろう」
彼女の前で泣き言を言うつもりなんて無かったのに、気が付けばそんなことを口にしていた。
「デルフィランズ様」
「貴方の婚約者として、貴方が自信を持てと言ってくださったから私は戦うと決めたのです。男性でも女性でも関係なく、互いにどちらを守っても良いではありませんか」
「···互いにどちらを守ってもいい、か」
「ええ。貴方は自覚がないかもしれませんが、私は十分過ぎるぐらいにデルフィランズ様に守られていますよ」
彼女を守れたことなど、現実どころか夢の中でさえも1度もないというのに。
「···君は優しいな」
俺の泣き言に呆れるわけでも、困るわけでもなくそう言って美しく笑う彼女に迷いはなかった。
「それにあの程度で怯んでいては、デルフィランズ様の婚約者は務まりませんもの」
その表情を見て静かに怒りが引いていくのを感じ、溜まった何かを吐き出すようにため息を落とす。
「···分かった。釘を指すことしかできないが、君も気をつけてくれ」
「分かりました」
「それと、何かあれば俺を頼れ。君は危なっかしくて見ていられない」
先程まで子供のような泣き言を言っていたどの口が言うのかとそんな矛盾した思いを抱きながらも、言わずにはいられなかった。
「あ、危なっかしいですか?私、一人で外を出歩いたりしていませんが···」
意外なことを言われたとばかりに、彼女が驚いた表情になる。珍しくオロオロとするアリスに俺は思わず苦笑を浮かべた。
「君は俺に無理をするなと言うが、同じ言葉を君に返したくなる時があるよ」
「···そう、ですか?」
もっと頼って欲しいなんて少し前までなら出てこなかった言葉だろうが、今は自然とそんな言葉が出てきた。
彼女を好きになってはいけない。
そう頭では分かっているのに、そんな思いとは裏腹な態度をとっている自分に気が付いてため息をつく。
(彼女から見たら、婚約者というより父親の年齢に近いのだからそうは思われないだろうと高を括っていたのもあるが)
「もう、怒っていませんか?」
「怒る?」
そう答えた矢先、廊下から何か小さな音が聞こえてきた。一瞬だったが酷く不自然なその音に扉へ注意を向ける。
「···?」
「その、さっきまでのデルフィランズ様はあの人を···その、出会った瞬間に切り捨ててしまいそう···」
俺が扉の方を見ていたことに気がついたのか、話していた口を止めて扉を見ようとしたため、話し続けるよう彼女にだけ聞こえるような声で囁く。すぐに察したのか、不自然にならないように再び話しだした。
「···でしたので。ですから、もう怒ってはいないかと聞いたのです」
「すまない、怒るというよりは頭に血が上っていただけだ。君を怖がらせたのなら悪かった」
扉へと近づき、短剣を振りかぶる。
おそらくそれが仕掛けられているであろう場所へと突き刺した。
『いっ···!』
ノイズがかった小さな悲鳴と共に、何かが壊れた手応えがあった。そのまま扉を開き、表を見ると思った通り盗聴の魔導具がつけられている。
「···それは、」
「あぁ、盗聴の魔導具だ。王家の監視の中に情報屋が紛れているらしいな」
バキリ、と魔導具が砕け散った。この手のタイプははっきりと音を聞くために使用者は傍受側は耳にイヤリングを装着して聞くのだが、中にいる人物に気が付かれたと傍受側が悟った場合、自爆できる機能がついているものがある。自爆するとそこまで聴いていた会話をイヤリングに録音できるのだ。だが壊されてしまうと録音ができず、込められた力が暴発して弾け飛んでしまい、耳を怪我することになる。リスクが大きいように感じられるが、『録音できる機能』というものはこの世にほぼ存在しないためかなり貴重な物だ。だがそれ故に不完全なところもあるためか時折壊れた際に声が逆流して聞こえてくる時がある。
(女の声だったな。監視役の中に耳を怪我した奴がいるはずだ)
「···まったく気が付きませんでした」
「そのための盗聴だからな。設置するタイプなら余計、中の人物に気が付かれては意味が無い」
どこまで話を聞かれていたか分からないし、早い所処理してしまったほうが良いだろう。だが、ここに彼女を1人残していくことも躊躇われた。
そんなことを考えながら何気なく左手を動かした時、カチャリと小さな音が鳴る。もうそこにあるのが当たり前になりすぎていて意識することはほとんど無くなっていたが、久しぶりに懐かしい記憶が出てきた。
それはまだここに来て間もない頃にルードルフと作った腕輪だ。腕輪と言っても、プレートに革紐を括り付けただけの簡易的なものだが、ドッグタグの変わりになるのではと2人で名を刻んだ物。そしてこれは、簡易的な魔導具でもある。あることを思いついた俺が左袖を捲くると、彼女が不思議そうにそれを見ていた。
久しぶりに見た腕輪についているプレートは傷付いて少し歪んでいる程度だが、革紐がかなりくたびれていた。いくら魔物の素材とは言え、20年も経てばこうなるのかと思いそれを久しぶりに外す。
「···ブレスレットですか?」
「あぁ。手作りだからあまり綺麗な物ではないが」
「デルフィランズ様が作られたのですか?」
「そうだ。まぁ20年以上前の話だが、元はドッグタグの変わりに作ったものでな。簡単な魔法具になっている。対した効力はないが、お守り代わりに使うと良い···と思ったが、改めて見るとかなり汚れてるな。紐を交換するか」
「いえ、そのままで大丈夫ですよ」
「いや、さすがにこのままという訳にもいかないだろう。俺が言うのも何だが、汚いしこのまま渡すのはさすがに···そもそも女性に上げるようなものではないな。すまない」
「そんな事ないです。デルフィランズ様からいただけるものならなんでも嬉しいですから。···そのブレスレット、いただいてもいいですか?」
「···そんな風に言われると罪悪感で一杯になるな」
「えぇ!?」
「いや、改めて考えると初めて渡すものがこれというのも酷い物だと思ってな···すまないが紐だけは変えさせてくれ」
「分かりました。···あの、その紐はどうされるのです?」
「ん?あぁ、何もつけてないのも落ち着かないし、紐だけつけておこうかと思ったが何かしたか?」
いつもよりわずかに軽く感じる左手は、なんとなく落ち着かない。重さなど気にしたことはなかったが、そこにあるのが当たり前になりずぎていたのもあるだろう。
「それでしたら抜けてしまったプレート分が小さくなってしまうと思うので、プレート分の編み紐を作らせてもらえませんか?紐を交換していただく時間で作りますので」
「わざわざ大変じゃないか?」
「いえ、これくらいの大きさならすぐに終わりますので」
「ヴェリア嬢は器用なんだな」
そう言うと、彼女の雰囲気が少しだけ変わったような気がした。
「···いえ、器用だなんて。すみません、思い付きで話してしまいましたがご迷惑でしたよね。2つとも私がしておきますから、デルフィランズ様は気にせず動いてください」
「···」
情報屋の捜索、ルードルフが知っていることの追求。確かに彼女が言う通りやるべきことは多く、今は少しでも時間が惜しい。
だが、それと同じくらい彼女にも気を配りたくて。
「左腕が軽いと落ちつかないから、腕輪を作ってから動きたい。面倒だろうが、頼めるか?」
「···はい、分かりました!」
そこからの彼女はとても迅速で、あっという間にプレートがとれた革紐は再び繋がり、腕輪になった。元の革紐が黒ずんでいたため、プレートの変わりに新たに足された白の部分が良く映えている。プレートの重さも考慮されているのか、つけた時の重さの感覚がほぼ変わらないことに驚いた。
「どうでしょう、重さをあまり変えずに作ったのですが···違和感はありませんか?」
「···本当に器用だな。つけた時に違和感がない」
「それなら良かったです」
俺が彼女に渡した黒ずんだ革紐は白くなり、一回り小さくなってからプレートと共に彼女の腕に収まった。
「なんだか余計に手間取らせてしまったな」
「そんなことありません。···ブレスレットありがとうございます、大切にしますね。いってらっしゃいませ、デルフィランズ様」
「···あぁ」
大切そうにブレスレットを撫でる彼女をなんとなく名残惜しく思いながら、俺はその声に答えて部屋を出た。
新しくなった腕輪と共に。




