53.それは焦燥感によく似た、
「···!!!」
まともに息もできないまま、目を開ける。部屋はもう暗くなっており、今が夜であることを示していた。どれだけ寝ていたのか分からないが、久しぶりに頭がハッキリとしていることに驚く。
「夢、か?」
本当に?
あれだけの事が起こっていたのに、ただの夢だなんて事はありえるのか?正夢なんてしばらく聞いてもいなかった言葉をふと思い返してもしもあれが現実になってしまったならと考えてしまう。
(···俺は予知夢なんて見たことがない。あまりにも酷い夢だったから不安に思うだけだろう)
そう思うのに、さっきの夢で見た光景が目に焼き付いて離れない。
片目を失ったルードルフ。
死んでいく部下達。
ボロボロになった彼女。
ーーーそして、狂った自分自身。
夢は所詮夢だと割り切ってしまえば楽になれるのか。だが、そう思うにはあまりにも酷く生々しい夢だった。一体あんなことが起こってしまった要因はなんだったのか。
「···そもそもポーションを使っているシーンが無かったのはなぜだ」
ルードルフも片目を失っていて、自分も切り裂かれた怪我や打撲傷などがはっきりと残っていた。普段なら受けた瞬間には治していたものが残っていたということは、ポーションを使っていなかったということ。
「あの状況では既に使い切っていたのか···?いや、そもそも瓶を持っていた様子もなかった」
だが、誰も瓶を持っている様子もなくそもそもポーションを使った形跡も見られなかった。夢の中はポーションを作る前の戦場に酷似しており、思い返すだけで吐き気がしてくる。夢だからと言ってしまえばそれまでだが、なぜか夢だからと簡単に割り切ってはいけない気がして、なんとか思い出していく。
「···砦が、奇襲を受けたと言っていたな。そしてヴェアーラズのネームドがいたとも」
ここ数年は見ていなかったはずなのに、なぜ急にヴェアーラズが出てきたのだろうか。断片的な情報しか出てこなかったのもあり、あまり詳しい事はわからなかった。
「···アリス」
彼女を助ける手が止まった理由は、大怪我を負ってほしい、と俺がそんなことを一瞬でも考えたからだ。
戦場では、一瞬の気の迷いが取り返しの付かない事態を引き起こすことがある。だとしたら、あの意味の分からない考えを産んだ原因は。
(俺が、彼女に惚れていた事?)
「···一目惚れ、だったと、」
夢の中の自分は、そんなことを言っていた。そしてその言葉は妙に聞き覚えがある。少し前に言われた言葉の中に、確かそんな言葉があった。
「···お前、ヴェリア嬢を見ても何とも思わなかったのか?」
「···?それはどういう意味だ?」
「どういう···って···本当に、本当に何も?何も思わなかった?」
「ルードルフ、言いたいことがあるならハッキリ言え。見ただけで分かると言う事は、彼女の容姿のことか?それとも素性のことか?」
「···綺麗、だと」
「は?」
「ーー綺麗だと、思わなかったのか?」
彼女に一目惚れをすると思い、その事を確認してきたのは。
「ルードルフ···」
なぜアイツは、俺が彼女に一目惚れすると思っていたのか。彼女とは、ここで初めて出会った。他のどこかで会ったこともない。
だから俺が彼女に惚れるかどうかなんてそもそもわからないはずなのに、ルードルフはなぜか元々俺がアリスのことを好きになると思っていたのか。もしかして最初からわかっていたのだろうか?
ーーーまるで、今見た夢の内容を全て知っていたかのように。
「···飛躍しすぎか?」
たまたまの可能性も捨て切れず、本当に彼女を見たら好きになると勝手に思い込んでいただけかもしれない。だが、それにしてはあまりにも断定的な言い方だったのが気になる。
ただ夢の中のルードルフが最後まで彼女のことを心配していたことを考えると、なおさらどうして惚れると、惚れさせようとしたのだろうか。
俺が彼女を好きになった結果が、あんなことになると知っているのに。
(···悪い奴ではないはずなんだ)
少なくとも俺を騙したり、裏切ったりするような奴ではない。夢の中でも片目を失っているにも関わらず、彼女を助けろと叫んだのも、最後まで戦っていたのもルードルフだったのだから。
だが、もしもあの夢の内容が本当に起こることだと仮定した場合、アイツは間違いなく何かを隠しているのだろう。
(確かめたほうがいいな。万が一にでもあの状態になるなら、少しでも被害を食い止める方向に動かなければ)
ポーションの生産に、敵の動きの観測の強化と避難ルートの確認。砦が壊されていた時間はおそらく午前3時か4時辺りだろう。
コンコンと扉をノックする音が聞こえ、1度頭の中で考えていたことは中断された。
「失礼します。···デルフィランズ様!起きていらしたのですか?」
「···あ、あぁ。すまない、だいぶ寝てしまったようだな」
「休息は大切な事です。···少しは疲れがとれましたか?」
そう言って微笑む彼女が一瞬、真っ黒に焼け焦げた姿と重なる。
殺して、と願ったアリス。
それを拒んだ自分。
「っ、」
違う。
そう思っているのに、どうしても夢で見た彼女の姿が頭から離れない。
「デルフィランズ様、まだ具合が悪いのですか?顔色が···」
そう言って心配そうに手を伸ばしてくる彼女を直視できずに、俺は思わず俯いた。
「···いや、なんでもない。そういえばグロリアーナは大丈夫だったのか?」
「えぇ。まだ探しているようですが、ルードルフ様がまだここにはいないと言い張っていますよ」
「そうか···。アリスは何もされてないか?」
「·········」
その質問に押し黙ってしまった彼女にまさか何かをされたのかと思いおもわず顔を見つめると、彼女の目はわずかに見開かれており、頬はなぜかいつもより赤く染まっていた。
「···どうした?」
「···あ···い、いえ。失礼しました。彼女は私のことを平民だと思ったようです。怪我はしましたが、すでに治っているので大丈夫です」
「怪我をした?」
その言葉に、脳裏には真っ黒になった彼女の影がちらついた。
違う。
そう分かっているのに。
「ルードルフ様にすぐに治療していただいたので、もう痛みもありません。彼女がどんな方か分かりましたので、次回からは···」
「何をされた?」
「···デ、デルフィランズ様···?怒っていらっしゃるのですか?」
彼女が怪我をしたと聞いて、心が酷くざわついた。自分でもおかしいと分かっているのに止められない。彼女の細い手首を捕まえて、引き寄せると何かが心の奥からせり上がってくる。例えるならそれは、焦燥感のような。
「怒っている訳じゃない。正直に答えてくれ」
まるで何かに、先程の夢にでも引きずられているかのように。
「···その、手の甲を靴で踏まれました」
言われたその言葉に、眼の前が真っ赤に染まった気がした。




