51.破滅への道
「···どうして、見つからないのよ!!」
あの日彼が言った、アリシアという名の女。私は、未だになんの手がかりも掴めないままでいた。一体、どこに隠れているというのか。まったく何も分からないまま、時だけが着過ぎていく。雇った情報屋も役立たずで、結局何も情報を掴むことができなかった。
あの後ヴェリア家にも行き当主に詰問したが、娘はアリス以外にいないと言われ、ヴェリア家の屋敷の全てを捜索しても、書類からも『アリシア』の手掛かりは何一つ見つからなかった。銀髪を持つ貴族は、王都ではヴェリア家以外は存在しない。だから必ずあそこに何かがあると思ったのに。
「じゃあ、アリシアっていうのは一体誰なのよ···!」
やはり貴族ではなく、平民だったのか。今は銀髪の女の平民を片っ端から見つけて、名前と瞳の色が一致した時のみ連れてこいと言って他は殺させているが、『アリシア』という名のピンクの瞳を持つ者はまだ目の前に連れて来られていない。
(あぁ、苛々する!)
思わず目の前のティーカップを叩き落し、ガチャンと派手な音を立ててカップが弾け飛ぶ。
「マ、マリアナ様!お怪我は···!」
側にいたメイドが、真っ青な顔をしてこちらを見てくる。それにすら怒りを覚えた私は、それを片付けておきなさいと怒鳴りつけ部屋を出た。
早足で廊下を歩きながら、ガリ、と親指の爪を噛み砕く。
(何もかもうまく行かない。早く排除しなくちゃいけないのに)
戴冠式前には、全て片付けておかなくてはいけないのに、何も情報が手に入らないのは誤算だった。
「ハイシャドウが使えたらすぐに見つかるはずなのに···」
ハイシャドウは、ゲーム内で使われていた王家が使う諜報部隊だ。もはや公式チートに近いそれは、必ずなんでも必要な情報を持ってくる。ゲームに表立って出てくる部隊ではないため黒いフードを被った立ち絵しかなく、声からして男女がいるようだったがそれぞれが個別に識別されるものでもないのか、個人名等も明かされなかった。
その為どんな風にして情報を集めているのかは分からないが実際ゲーム内でかなり活躍していたし、それさえ使えればすぐにでも問題が片付くというのに、私にはまだそれを使う権限がないのだ。いっそのこと、早く妃になってしまいたい。だが、それにはとある事を成功させる必要があった。
(確か妃として認められる為の最終試験があのお祭りだったはず。戴冠式と、結婚式の前の最後の大きなイベントなのよね)
最近はまともに勉強も手に付かず、結婚式や戴冠式のドレス選びや内容などを考えていることが多かったが、まずは王妃としての素質を測るために例の祭りを開催し、成功させる必要がある。祭りに関する構想はほぼ終わっているが、そろそろ最後の仕上げをしなくてはいけない。
ゲームはまだ終わりを迎えていないのだから気を抜くわけにもいかず、私は舌打ちしながら早足で執務室へと向かった。
執務室へとたどり着くと、構想を書いた書類を取り出す。予算、イベントの内容、職員の配置。店についての配置も考えなくてはいけない。
「はぁ、本当に面倒くさい。こんな事している場合じゃないのに」
アリスは店の順番がどうのこうのと考えていたような気もするが、流石にゲーム内の細かい店の配置なんて一々覚えているわけがなく、適当に割り振っていく。平民の店の大半が奥に配置されてしまったものの、まぁどこにあろうと気になる店は客が勝手に回るだろうし、順番なんて関係ないだろうと特に気にもせず適当に割り振った。
(まぁあの女の内容を全部真似たら上手くいくでしょう。ただ、あの内容のままだと結果的にお金が足りなかったとか書いていたような気がするのよね)
「お代わりの金額、少し釣り上げても良いか。2割じゃなくて4割に上げて、と。お祭りなら値段が上がっても普段と違う雰囲気に流されて、高くてもどうせ買うだろうし」
その時、コンコンとノック音が聞こえた。
「入りなさい」
「失礼致します。マリアナ様、お客様がお見えです」
「···客ですって?」
思い当たる客は、1人しかいない。今雇っている情報屋だ。
(何か見つかったの?)
「すぐに向かうわ。あとこれをルーカス様に届けて」
「畏まりました」
メイドに紙を渡し、情報屋が待っているであろう部屋へと急ぎ足で向かう。
(やっとアリシアが見つかったのかしら)
白銀の髪に私と同じピンク色の瞳を持って、ルーカス様の目の前から消えた女。一体なぜその女が消えたのかは分からなかったが、今はそんなこと、どうでもいい。
「必ず見つけ出して、殺してやるわ」
私の目の前で、必ず消してやる。そんなことを思いながら、私は早足に情報屋が待っているであろう応接室へと足を運んだ。
「それで?何か見つかったの?」
「はい。今朝、北の国境にある砦に送り込まれている諜報部隊より、連絡がありました。デルフィランズ卿に婚約者がいたそうです」
「デルフィランズ卿に婚約者ですって?」
そんな話聞いたことがない。だがそれを聞いて、ふと思い出したのがアリスのこと。だが、そんな分かりやすい所にあの女が行くだろうか?
アリスの事は今はどうでもいい。婚約者うんぬんの話が実際はどうであれ、今探しているのはアリスではなくアリシアという女だ。
「その婚約者の名前はアリシア・ヴェリア。焦げ茶の髪に、ピンクの目をしているそうです」
「アリシア···」
ヴェリアということは、やはりヴェリア家が関係していた?だが、あれだけ屋敷を漁っても何一つ証拠が出ず、書類に不備も見当たらなかった。本当にあの家にもう一人の娘は存在しなかったのだと納得せざるを得なかったのに。
(アリスに良く似ている、と言っていたしやっぱり本当は隠していたの?いや、でもあれ以上探すところはどこにも無かったわ)
ちなみにヴェリアというラストネームは、地名であるため平民も多く使用している。ラストネームの文化ができたのはわりと最近のことだし、あまり考えずに地名からとった平民も多かったらしい。日本で言う田中や高橋の名字ぐらい多く、この国のラストネームの使用率では現在3位だか4位ぐらいのため、よくあるラストネームだ。
(やっぱりヴェリア家は関係なくて、ただの平民だったの?)
だとしたら余計にどうやって平民がこの国の王子であるルーカス様と出会ったのかは分からないが、幼い頃であればありえない話ではないのだろうか。
「どうやら平民のようですが、髪の色は変えられても瞳の色までは変えられません。もしかしたらということもあり、報告しにきました」
「···そう。その監視というのは何で北の砦に行っているのかしら」
「王家の褒美、という名目です」
「王家の褒美?」
「王家があちらの監視を行うために3年に1度女性を送り込むのです」
「···ふぅん。ちなみにその人達はどうやって北の国境まで行っているわけ?まさか馬車って訳でも無いんでしょう?」
「馬車ではなく、転移魔法で行っています。1週間後、再び転移魔法で帰ってきます」
「転移魔法···」
転移魔法は、かなりの魔力を消費するはずだ。それこそ、1週間ぐらいの短期間で使うなら年単位でしか使えないぐらいに。つまり行くにしろ戻るにしろ、決められた人数しか転移できないということ。私が1週間後に行って戻ってくるなら、2人分の枠が埋まることになるだろう。
(使うのが他でもない私なのだから良いでしょう。全ての国民は私にひれ伏すべきなのだから。地の果てという訳では無いのだから、戻ってこれない訳では無いだろうし勝手にどうにかするでしょう)
それか、あまりに騒ぐようであれば殺してしまえば良い。
(あんな所に送られる女ということはどうせ娼婦でしょ?別に数人ぐらい死んだって問題無いわよね)
「さすがね。でかしたわ」
「マリアナ様の頼みとあらば、勿論です」
「ちなみに協力者の名前は何と言うの?情報をくれた女性にも褒美を与えたいわ」
「いえ、それは···」
「答えなさい」
「···セリア、と言います」
そう言って恭しく頭を垂れる男に、もうコイツも用済みだと思い、私はとある物を取り出した。
「マ、マリアナ様?何を···」
それは、拳銃によく似た何か。だが出るのは弾丸ではなく魔法だ。出るものは、人一人を消滅させるほどの魔法。
(マリアナの体もなかなか魔法を使えるのよね。便利だわ)
「そう、セリアと言うの。確か天国という意味があるんだったかしら。なら、2人揃って天国で会えると良いわね。1週間に彼女も同じところに送ってあげるから。それが貴方に対する褒美よ」
ーーーバァンッ!!!
パッと赤い血飛沫が飛ぶと同時に、情報屋の男は一瞬で消滅した。
「これ、便利なんだけど音がうるさいのと1日に1度しか使えないのが難点ね···」
これに当たれば、文字通り誰であれ消滅してしまう。あの女を探し始めてすぐに買いに行かせた甲斐があったと言うものだ。もちろん、買いに行かせたメイドは既にこの世の人ではない。私は優しく銃を撫でると、当時のことを思い出した。
「マ、マリアナ様。手に入れてまいりました」
「あら、早かったのね。ふぅん、これがそうなの」
真っ黒な拳銃のような形をしたそれは、模様のように赤い何かが描かれている。
「これはどうやって使うのかしら」
「ここの安全装置を引き、引き金を引いて使用します。使うものは引き金を引いた者の魔力ですので、1日に1度のみの使用として下さい」
「どんな魔法がかかっている魔導具なのかしら?」
「は、はい。使用者の魔力と引き換えに相手を消滅させるそうです。当てる部位は心臓でしか発揮しないため、それ以外は暴発の危険性があると。なのでその、必ず心臓を狙って下さいとのこでした···」
メイドが怯えるようにそう話す。
「良いものを買ってきてくれたわね。ありがとう、護身用に1つ欲しかったのよ。報酬は宝石で良かったのよね?そこの箱から好きなものを選んでいいわよ」
「あ、ありがとうございます!」
そう言ってすぐに安物しか入っていない見た目だけは美しく装飾された宝石箱へと飛びつくメイドに、卑しい女だと嘲笑を浮かべながら私はゆっくりとその背中の心臓に向かって、銃を構えた。
(まぁ、こういう分かりやすいバカのほうが扱いやすくて良いけどね。さて、消滅と言っていたけどどんな風に消えるのかしら)
バァン!という銃声と共にメイドが1人消え失せ、私はこの時初めて人を殺したのだ。人を殺すのは、案外呆気なかった。死体が残る訳でもないため、罪悪感を感じられなかったせいだろうか。
まるでアニメやゲームの中で特殊な能力を持った人物が、ただ消えてしまえと思った相手が消えてしまった。そんな感覚に近かったからかもしれない。
「でも、慣れないといけないもの」
綺麗なままでなんかいられない。
これから先も人を断罪しなければ行けない場面が来るもの。だからこれは、その予行演習のようなものだ。
それが自分の手で消すか、自分の決断で他人の手によって消されるかの違いだけ。これからは、きっと後者のほうしか無くなるのだろうけど。
ーーーだって私は、冠を乗せてこの国の王妃になる人物なのだから。
跡形もなく消え去った情報屋がいた場所を見ながら、自然と笑みが浮かぶ。それは酷く歪みきった笑みだった。
「ふふっ。まぁ、情報なんてモノを仕事にしている輩が天国に行けるかどうかなんて、分からないけどね?」
ーーー私がアリシアという名前の女を探しているという事は、誰にも知られてはいけない。
今始末した情報屋と繋がっている女も見つけ出し次第、処理しなくてはいけない。見つけ出すのは、転移魔法が行われる1週間後だ。
「アリシア・ヴェリア···存在ごと消してあげるわ。以前消した、このゲームの主人公みたいに」
歪み度が最後まで上がり切ると、その人物は目的の為なら手段を選ばなくなる。たとえその手段が人殺しであろうと、相手の体の自由を理不尽に奪って、自分に依存させることであろうと。
歪みの足音が聞こえたという事は、転生したとは言えやはりマリアナは『このゲームの登場人物の中の一人でしかない』ということを示していた。
このゲームに置いて『歪みの足音』を聞いた人物に待ち受けている最後は、破滅だけ。
歪んでしまった攻略対象達は、皆『歪んでいない』アリスが欲しくて、自らに依存させようと様々なことをした。
両目を抉った者。
足を切断した者。
健を切った者。
声を奪った者。
願いを、聞き入れなかった者。
結果的に執着の対象にされてしまった人物は壊れてしまうのだが、今までは歪んでいないアリスだから精神が壊れるだけで済んでいた。だが、その執着の対象が『元々歪んだ人物』であれば、一体どういう壊れ方をするのか。
それは、壊してみないとわからない。
このゲームを作っている会社は、時折攻略対象者すら容赦なく殺してしまうことがあったという事実を、もう彼女が思い出すことはないだろう。
今まさに破滅への道を歩んでいるのだという事実に、マリアナが気がつく事はなかった。




