48.白い彼女の歌声は、
ザァッ、と身を切るような冷気が吹き荒れる。吹雪が過ぎ去るのを洞窟で待ちながら、俺はため息をついた。
(王家の監視が来るのは今日か。···帰りたくない)
休んでいれば邪魔され、会いに行かなければ3年間ここにいると脅され、散々な目にあった記憶しかない。王家の監視がいる1週間は外に出払っているものの、いつもより疲労感が増すのだ。面倒くさい、会いたくないなどとまるで子供のような駄々を捏ねながら、いっその事吹雪が止まなければ良いのにと思った。だが、なぜかそんなことを考えていると吹雪は止むものでゆっくりと視界が開いていく。
「グレン隊長、行けそうです」
「···はぁ」
「隊長?」
「いや、なんでもない。行くか」
ザクリ、と一步足を雪の中へと踏み出す。普段なら足が冷え切っている頃だろうが、今は寧ろ乾いており、程々に温かかった。
(カロの実を靴の中に使うか。彼女はすごいことばかり思いつくな)
かけすぎると汗ばんでしまい逆効果だと言っていたが、そこは汗を多くかくのか、ほとんどかかないのかは人それぞれだ。何度か自分で試して各自で使う量やかける場所を調整すれば良い。霜焼けの薬が開発され、カロの実により凍傷の心配が無くなった今ではかなり安心して遠征に行くことができるようになっていた。
足を凍傷で失うことも、痒みで集中力が切れて怪我をしたり死ぬこともない。
(···本当に、ヴェリア嬢とメルには頭が上がらないな)
ザクザクと真っ白な雪の中を進んでいくと、後ろから声が聞こえてくる。
「しかしこのカロの実のスパイス、すごい効果ですね。まったく足が寒くないですよ」
「これもヴェリア様が考えたんだろ?霜焼けの薬と良い、あの人本当にすごいよな」
「それに何よりすごい美人だし!さすが隊長の婚約者様ですよね!」
この寒さにも関わらずワイワイと盛り上がる後ろの一行に苦笑しながら、俺はお目当てのサクリア草が咲いている場所へと足を進めようとして。
「っ、」
突然視界が歪み、目眩がしてふらりと足元が揺れた。
「隊長!?」
「···大丈夫だ。雪で少し足元をとられただけだから」
小さく息を吐き出し、なんとか目眩をやり過ごす。ズキリと頭が痛み、吐き気までしてきた。
(···いつもの事だ。おそらく睡眠不足なんだろうが、面倒だ)
でも、と食い下がってくる部下に大丈夫だと告げ宥めつつ、今度は真っ直ぐに歩いていく。
(···少し休まないとマズイか。こんな時に限って、帰ってからも寝れる状況じゃないんだがな)
帰ってからはあの毒蛇が待っているだろうことを考えるとますます頭痛が酷くなってくる気がする。正直相手をする気力も無いのだが、そんなことを言っている場合でもなさそうだ。こんな時、ヴェリア嬢ならグロリアーナと違って穏やかに寝せてくれそうだと何となしに思った。
「···頼めば子守歌でも歌ってくれそうだ」
あの鈴を転がすような穏やかな声からは、どんな歌が紡がれるのだろうか。ふとそんな興味が湧いた。勝手なイメージだが、彼女は歌が上手そうなイメージがある。帰ったら冗談がてら頼んでみるか、などと考えていると、ぼそりと呟いた言葉を中途半端に拾ったのか、後ろの一行から声をかけられる。
「グレン隊長、子守歌が聞きたいんですか!?俺妹と弟がいたんでめっちゃ得意ですよ!!聞きますか!?」
「こんなところで歌って隊長が寝ちまったらどうすんだバカタレ!」
「いや、別に歌えとは言ってないが」
「それは確かに···でも寝たら担いで帰りますよ?」
「···いや、気持ちだけ受け取っておく」
ポーションが疲労に効けば良いのだが、残念ながらあれは見えない傷は癒えてくれない。疲労に効くポーションがあれば毎日飲むのにと考えながらもう少し早めに休んでおけばよかったと悔いる。実際休もうとはしていたのだが、敵襲が続いたことや書類の事もあり、ほとんど休む暇がなかったのだ。
(最近は書類の量がまた増えたっていうのもあるが)
ちなみにあの書類は、王都からの転移魔法で届いている。ならば手紙も送れるだろうと言った所、この転移魔法は私用で使うものではなく、公的なものでしか使えないと言われて拒否された。こちらがどういう状況なのかを、よほど他の人へ伝えてほしくないらしい。
送られてくる書類もこの地を納める為に必要なものだと言っていたが、領民もいないこの地であんなに書類が必要だとも思えなかった。もはやこれは関係ないだろうと思えるものも多々あり、嫌がらせで送られてきているものもありそうではある。
金の問題もあるため、黙々とこなすのが1番ではあるのだが。そんなことを考えている間に、お目当てのサクリア草が咲いている場所へと辿り着いた。
大雪の中にも関わらず、埋もれずに上へ上へと伸びるのがこの植物の特徴なのか、いつ来ても雪の中に埋もれているのをみたことがない。その為掘り返してみるとかなり茎が長かったりして、本当に変わった植物だ。
「ありましたね、グレン隊長。今回も沢山咲いてるみたいです」
「あぁ」
「今回も同じ分だけ持って帰りましょうか。枯れちまうと悪いし」
さくさくと慣れた手付きで茎を掘り返して根に近い部分を切る。少し多めにサクリア草を採った後、何か小さな足音のような音が聞こえて思わずそちらを振り返った。
「隊長?どうかしましたか?」
「今、音が聞こえた気がしたんだが···気のせいか?」
音が聞こえてきた辺りを見渡しても、特に何も見当たらない。気のせいだったのかとサクリア草へと目を戻した。
グレンが目を離した先でかさり、と物陰で白いローブが動く。誰かが白いローブの中から、サクリア草を採取する彼等を眺めていた。ふわり、と風に煽られたローブの中からは白銀の髪が一房、こぼれ落ちて揺れていた。




