45.嵐の前の静けさ
あれからまた1週間ほどが立った。
デルフィランズ様やルードルフ様にはここ最近会えていない。よほど忙しいのか、最近は執務室に来ている様子もなかった。最後に合ったときの彼の顔が浮かんで、なんだかまた寂しくなってしまう。
(あとで、フィンに聞いておこう)
それと同時に、そろそろ監視の人が来るはずだと集中しきれなかった仕事をなんとかミス無く終え、トレーを持ちながら何を食べようかと私はあたりを見渡した。
「今日も美味しそう」
ぽそりと呟いた言葉を拾ったフィンが、ふわりと微笑みながらトングで料理を取っていた手を止める。
「ふふ、これもオススメよ。そういえばアリシアちゃんって特に苦手な味付けとかはないの?」
「特にはないですね。···あぁ、でもキャラメルはあまり得意ではないです」
「キャラメル?」
「はい···」
私はキャラメルがあまり得意ではなかった。いや、甘いものが嫌いな訳では無いから、好きになれなかったというのが本音だろうか。
(どうしてかは分からないけれど、殿下は私がキャラメルを食べるのを異様に嫌がっていた。殿下がいなくてもなんだかそのことを思い出してしまって、食べにくくて)
あれだけ嫌そうな態度をとられたら、食べようという気も無くなってしまうだろう。そんなことを思い返しながら、私は話を続ける。
「出されたら食べますが、自分から選んで食べることはあまり無いですね」
「へぇ、そうなのね。でも意外だわ。アリシアちゃんって甘いもの結構一緒に食べてくれるから···あ、あそこが空いてるわ。座っちゃいましょ」
フィンがそう言って指差した場所はぽっかりと2席だけ開いている角の席。よく空いているのだが、奥まった所にあるため人気がないのか、あまり他の人が座っているのを見たことがない。微妙に死角になっているので、ちょっとした相談事をしたい場合も便利な気がする。二人でその席にトレーを置いて腰を下ろした。
「あっ、しまった。飲み物忘れてたわ」
「え?」
その声につられてフィンのトレーを見ると、たしかに飲み物が乗っていなかった。ちょっと取ってくるわね、先に食べてていいから、と言って彼はそのまま飲み物のコーナーに行ってしまう。
ぽつんと1人取り残され、目の前には湯気の立っている温かい食事。先に食べていてねと言われても、すぐに戻ってくるのなら一緒に食べたい気持ちが勝ってしまう。
(2人で一緒に食べたほうが美味しいわよね。すぐ戻ってくるだろうし、待っていよう)
「そういえば、そろそろ褒美の時期じゃないか?」
「······?」
そんなどこからともなく聞こえてきた声に、ふと耳を止める。
「今回はどんな美女が来んのかなぁ」
「ふむ、アリシア様ですっかり見慣れてしまっている俺らの目にはもはや美女はいないかもしれねーぞ」
「そんなっ···ハードルが上がりすぎてるってやつか!?」
「そりゃそうだよ···あんなに綺麗な人そうそういねーんだから。でも褒美の一週間は楽しみがあるからいつもより頑張れる気がする」
「早くこねーかなぁ···明日だろ?」
(···明日、ということは)
もしかして、王家から来るという監視の話だろうか。そういえば来るのは女性達だと話していたことを思い出す。
「実は、1ヶ月後に王家からの監視が来るんだ」
「···監視、ですか」
「表向きは王家の褒美と呼ばれている」
「王家の褒美···」
聞いたことのない言葉に、思わずデルフィランズ様の言葉を復唱してしまう。
「褒美ということは、表向きは何かしらの施しなのでしょうか」
「···そうだな。来るのは全員女性なんだ」
「女性···」
(ここは男性しかいない。その上、雪と魔物で閉ざされている地。そこに女性が来るということは、つまりは夜伽の···?)
普段言い淀むことのない彼が、一瞬言いにくそうに目をそらす。
「彼女達は皆、娼婦なんだ」
「······」
(···そうよね、男性、だもの)
女性とは違い、男性はそういうものなのだと話には聞いていたし、世継ぎを作るための勉強もしていた。だから、頭では理解しているのだ。
でも、それは。
ーーーデルフィランズ様も?
(···ううん、デルフィランズ様は私のことを婚約者だと認めてくれた。自信を持たないと)
「···わかりました。たしかにそれは断りにくいですね」
「あぁ。それに、毎回来る者の中に厄介な奴がいてな。グロリアーナと言うんだが···」
うんざりしているような、くたびれているような表情を浮かべた彼の口調はどこか重い。
「···昔、ここから追い出した女を彷彿とさせるんだ。魔物が押し寄せてくれば良いものの、こんな時に限って魔物は大人しいし」
「でも、デルフィランズ様はここにいない時も多いですよね?」
「···昔、仕事で砦にいなかった時。砦から緊急で伝達が来たんだよ。1度でも帰ってこなければ、王都に帰らないと言っていると。3年間もここにいられたら俺は精神的に持たないし、胃に穴が開く自信がある」
「······そ、それは···あの、でも本当に帰らないなんてことはあるんですか···?監視なのであれば、王都に帰るという義務もあるのでは?」
「義務なんて知ったこっちゃないだろうな。あの女なら間違いなくやる。監視も捗るからと言って喜んで残りそうだ」
そう言って頭を抱えてしまったデルフィランズ様との会話を思い出していたところ、コトリとガラスが机にぶつかる音で物思いから帰ってきた。
「おまたせ。あら、もしかして待っててくれたの?ありがとう!それじゃあご飯にしましょ!」
「フィン、おかえりなさい。食べましょうか」
そう言って、2人で食べ始めた食事はとても美味しくて。
(···幸せ、だなぁ)
そんななにげない幸せを食事と共に噛み締めて、思わず口元が緩んでしまう。
「···最近のアリシアちゃんの表情、良くなったわよね。ふふっ、見てると癒やされるわ」
「そう···でしょうか?」
「えぇ。実際、貴女の笑顔に癒やされてる人は多いと思うわよ?あ、そういえば明日のお仕事は1番最初にグレン隊長のところに書類を届けてほしいわ。···午後から王家の褒美の事もあるし、顔を見せにいってあげて?」
「はい」
(グロリアーナと呼ばれる女性。どんな人なのかしら···)
デルフィランズ様が言っていた、昔に追い出した女の人にそっくりだという性格。会いにこないと3年間帰らないということまで言ってしまうのだから、きっととても強気な人なのだろう。
「あと、明日来る王家の褒美の中にいるグロリアーナという女には注意しなさい。紫のショートヘアに金色の目をした人よ」
唐突に考えていたことをぴたりと言い当てられ、思わずフィンの明るいラズベリー色の瞳を見つめる。
「···デルフィランズ様から、お話は聞いています」
「グレン隊長からどこまで聞いたかは分からないけど···あの女は本当に目的の為なら手段を選ばず何でもするわ。私もなるべく側にいるけど、できるだけ気を付けて欲しい」
「···わかりました」
「グレン隊長の婚約者だというだけでなんて言われるか···罵詈雑言の嵐に違いないわ···。あくまでも身分は一般人だということで通してね」
「はい」
不安にかられながらも、なんとかやりとげなくてはいけない。
(大丈夫。きちんと演じきるわ)
心音が早いことには気が付いていたけれど、緊張していてもしていなくても時間は進む。だったらできる限り、努力するだけだ。そんなことを考えながら、私は眼の前のスープを飲み干した。




