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奪われた冠  作者: 彩雅
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42.虹彩目薬

その後、黙々と書類仕事をしてどのくらいたっただろうか。

「···」

私の書類整理をしていた手がぴたりと止まる。単純に要望書を分け終えたというのもあるが、それよりも気になることがあった。

(···なんだか、足の裏が温かいわ)

ほかほか、ほかほか。なんだかそんな音が聞こえてきそうなほどに、先程から足の裏がとても温かい。特に右の足が。

(···足の裏?)

先程までは特に気にならなかったのだが、デルフィランズ様とお話してから黙々と椅子に座って仕事をしている間に、なんだか足が温かいを通り越して熱くなってきた。

間違いなく先程カロの実をかけたせいだろうが、やはり靴下と中敷きにかけたのはやりすぎだったらしい。左足は中敷きだけに使ったせいか、右足ほどに温かくはなかった。

(中でも使用すると、汗をかいてしまうかもしれないわね。だとすると今度は冷えてしまうかもしれないから、かけすぎは逆効果かもしれない···これ、外で使うとどうなるのかしら?)

「どうかしたか、ヴェリア嬢?」

「いえ···足の裏が温かいな、と」

「足の裏?」

こちらの言葉に、その紫苑の瞳が瞬いた。

「はい。ちょっとした実験なのですが、カロの実のスパイスを中敷と靴下に振りかけているのです」

「カロの実を···?それは何の実験なんだ?」

「凍傷の予防にならないかと思いまして···メル様とも話してみたのですが、もしかしたら効果があるかもしれないとのことで実験をしていました。中敷きと靴下につけて、様子をみているのです」

「凍傷の予防か···確かに未だに確立した予防方はないな。ちなみになんだが、効果はさっき話していた温かいぐらいなのか?」

「はい。カロの実は特に変わった匂いもありませんし、効果も暖かいぐらいで副作用のようなものもありませんから、これで予防ができたら良いなと思ったのです。原因の1つとして、足に汗をかくことで冷えてしまって凍傷になることもあると聞きましたので」

それにカロの実なら、気軽に手に入れることができるだろうという打算もあった。

寒さを好む性質を持つカロの実なら、ここの気候ならいくらでも育つはずだから。

「なので元から温かければ良いのではないかとも思ったのですが、両方に使用すると熱すぎて逆に汗をかいてしまいそうなので···中敷きか靴下、どちらかだけに使用したほうが良さそうかと思われます」

「なるほど、ヴェリア嬢は面白いことを思いつくな。今度の遠征で試しに持っていってみるか」

(今度の、遠征)

チクリ、と胸にかすかな痛みのようなものを感じた。その言葉に、再び今回のように彼に会えなくなる日々がまた続くのかと酷く不安になる。

(ううん、でもこれがデルフィランズ様のお仕事なのだから)

不安に思っても、それを態度に出してはいけない。頭では分かっているのに、いつもよりも少しだけ、私の口調は暗いものになってしまった。

「···遠征、ですか」

「遠征と言っても、別に魔物の討伐に行くわけじゃない。ポーションの材料になる薬草の様子を見てこようかと思ってな」

「薬草の様子を、ですか?」

「あぁ」

デルフィランズ様とルードルフ様が見つけたというポーションの元になる薬草、名前はサクリア草と言うのだと教えてもらったのはつい最近のこと。

メル様に1度見せてもらったことがあるが、見たことがない不思議な形をしている薬草だった。

根本は緑色なのだが、先の方は柔らかく、少しペタペタとしており透明で、ほんのりとピンク色になっている。

植物が芽を出すときに二股に分かれることがあるが、それがそのまま大きくなったような形をしていた。

「サクリア草というのですよね。この前見させてもらったのですが、一部が透明になっている植物なんて初めて見ました。あんな植物が存在しているのですね」

「あぁ、一部が透明の植物は俺も初めて見たよ。そういえば前に、メルがサクリア草を使って目薬も作っていたな」

「目薬、ですか?効果はどのようなものなのです?」

「目の色が変わるんだ」

「え?目の色が変わる?」

「何色に変わる、と決まりがあるわけではなく元の目の色にピンクを足したような色になるんだ。ちなみに材料は葉先のみを使用しているらしい」

「ピンク色を足したような色···葉先の元の色素がピンク色だからでしょうか···?」

「かもしれない、とメルは言ってたな。もし気になるなら使ってみるか?作用は目の色が変わるぐらいで、他は特にないはずだ」

そう言ってデルフランズ様は引き出しを開け、1つの小瓶を取り出した。中身は透明な液体で、ゆらゆらと揺れている。

それを受け取り、中身を揺らしてみると少しとろりとした粘度が高い液体のようだった。

光に透かすと透明に見えていた中身が光の加減でほんの少しだけピンク色なのがわかる。

差すと瞳の色が変わる目薬だなんて、初めて見た。

どんな仕組みになってるのだろう、と目薬を見つめていると、ふとデルフィランズ様の視線を感じる。

「今思い出した。その目薬の名前は『虹彩目薬』というらしい」

「虹彩目薬、ですか」


ーーー私の目は、何色に変わるのだろう? 


元の目の色にピンクを混ぜるとなると、紫か、もしくは紫がかった灰色あたりが妥当だろうか。そんな事を考えながら、私はそれを目にさした。


ポタリ。


何度か瞬きをして、流れ出た分の薬を指で拭う。この部屋に鏡はなく、特に視界が変わるわけでもないので、何色に変わっているのかが分かるのはデルフィランズ様だけだ。

自然と彼へ視線を向けると、オニキスからアメジストへ変わるような、不思議なグラデーションをした紫苑の瞳と目が合う。

その瞳が、いつもよりも見開かれていた。

何度か瞬きを繰り返し、私の目を何も言わずに見つめている。


「···どう、でしょうか?」


「···驚いたな。ヴェリア嬢の目はピンク色になるのか」

「え?」

「いや、ピンクというよりも透き通った桜色、と表現した方が良いのだろうか」

「さくら色···ですか?」

聞いたことのない言葉に、首を傾げる。ピンク色、といった後に出てきた色の名前だから、さくらというのはピンク色をした何かなのだろうか。

「あぁ。ルードルフから聞いたことがあるだけで、実際に俺もみたことはないが。アイツが言うには、どうにも花の名前らしい」

「花の名前なのですね···。初めて聞きました。どこに咲く植物なのでしょう?」

「ヴェリア嬢も知らないとなると、相当珍しいか、もしくは既に絶滅してる植物なのかもな。春に咲く、薄いピンク色をしている花だそうだ」

いつだったか聞いたその名前を、ふと思い出して例えに出してしまったんだと彼が苦笑する。

「見たことがないから、実際にどんな色味なのかはルードルフしか分からないが。にしても、ヴェリア嬢は元々の瞳の色が淡い水色だからピンクがこんなにはっきりと出るのか?この隊では、淡い色の瞳をした者は殆どいなかったからな···」

そう言われて思い返してみれば、確かに焦げ茶や黒などの濃い瞳の色が多く、淡い色をした瞳を持っている人は思い当たらない。

「ルードルフ様はどうなるのです?」

「ルードルフは元の色が強すぎたのか、ほとんど変わらなかったな。オレンジからほんのり茶色っぽくなったぐらいだ」

「そうなのですか···」

そんな話をしていたとき、後ろの扉からコンコンとノック音が聞こえてきた。

「グレン、そろそろ例の日がーーー···って、うわっ!?ヴェリア嬢、いたのか···って、え?」

「ルードルフか。···あぁ、その瞳の色ならサクリア草の目薬の効果だ。ヴェリア嬢ぐらい瞳の色が淡いと、どうやらこんな風にピンク色になるらしい」

「び、びっくりした···一瞬誰かと思っちまったよ」

「あの、お仕事のお話でしょうか?今、外に出ますね」

「あ、あぁ。助かるよ」

なぜかいつもよりも歯切れが悪いルードルフ様に少し疑問を抱きながらも私は先程分け終えた要望書を片手に部屋を出ていく。

(例の日って、何かしら?)

そのまま扉を閉めた私は少しだけそんなことを不思議に思いながら、廊下を歩いていったのだった。


「いやー、しかし瞳の色が変わるだけであんなにイメージが変わるんだな。驚いたよ」

「ルードルフ、あれがお前の言う桜色か?」

「よく覚えてたな!うーん、桜の実際の色はほぼ白に近いピンクみたいな色だけど、絵の具で色を作れって言われたら確かにあんな感じの色を作る人が多いと思うから、あれが桜色で合ってると思うぜ。···と、話がそれたけど例の日の話だ」

「例の日、か。俺もついさっき思い出したんだよ。そういえばそろそろ時期だったと」

「グレンが思い出すなんて珍しいな。で、今回の例の日ーーー『王家の褒美』は、どうする?ヴェリア嬢がいるし、···まぁ、本音を言えば招きたくはねぇんだけど···隊の奴らにとっては3年に1回の楽しみだからそれを勝手な都合で奪うのもな···」

「だが滞在期間は一週間だろう?何をどうしたってヴェリア嬢と一度はどこかで顔を合わせるだろうな」

「···グレンがヴェリア嬢大好きってことにして一週間二人で寝室にでも籠もっててもらうとか」

「やめろ。彼女に無理を強いるんじゃない」

「いや、だってまたあのグロリアーナが間違いなくグレンを狙ってくるだろ。あの女、たとえ目の前に婚約者がいようが怯むような奴じゃないぞ?」

グロリアーナ。濃い紫の短い髪に爬虫類を思わせるような金色の瞳を思い出し、思わず顔を顰める。

ベタベタと体に触れてくる手は、酷く不愉快だった。あの手を何度切り落とそうとしたか記憶にない。

「···悪いが、あの女がいる間は俺は遠征に出る。部屋でおちおち寝てもいられない」

正直この言葉は冗談ではなかった。実際に何度も部屋に来られたのだから。

3年前の1週間、頼むから敵が大量に押し寄せてこいと何度願ったことか。

やることすべてが昔に追い出した女達の行動と同じで酷い嫌悪感を抱き、思わず溜息をついた。

「いや、そういうわけにはいかねえだろ。この日は『王家の褒美』とかいうそれはそれはご大層な日らしいからな。···考えるだけで寒気がしてきた。俺にとっても地獄でしかないんだが」

「まぁ、あれがただの王家の監視でしかないのは確かだな」

そう、この3年に1度来る『王家の褒美』と呼ばれる集団は、昔に女達を追い出してから元王が褒美という名目でここを監視するために送り込むようになった連中のことだ。

どうやら追い出した女の中には密偵もいたらしいのだが、観察対象に恋心を抱く密偵などよほどの役立たずだったか、それかわざとそういう関係になろうとしたかのどちらかだろう。

もう今更そんなことはどうでもいいが、去年であれば何も問題はなかったのに、なぜ今年なのかと頭を抱えるしかなかった。

「しかし覚えていたとは意外だったな。今年はやっぱりヴェリア嬢がいるからか?」

「いや、思い出させられたんだよ。そろそろ監視の日だから気をつけろと、どこぞの情報屋にな」

先程、ヴェリア嬢が来たときに溜息をついていた理由はそれだった。確かにここは僻地だ。人など来ない閉ざされた地なのは間違いないだろう。

だが、3年に1度しかないあの監視のことをすっかり忘れていたのだ。

(王家の褒美など、鬱陶しい事この上ない)

彼女達は、転移魔法でこちらへとやってくる。転移魔法には大量の魔力が必要なため、1週間後にしか帰ることができない。

表向きには男しかいないここでは『溜まる』だろうと言って、王家が3年に1度見張りのために寄越してくるようになった女達。

しかし元々の思惑はどうであれ、雪と魔物の戦いしかないこの僻地では何の楽しみもない。家族に会えるわけでも、女と遊ぶことができるわけでもない。その為、隊の中には楽しみにしている者もいるのは間違いないだろう。

「情報屋って、まさかルイ!?グレン、あれまだ使ってたのか!?」

「そんなに驚くことか?確かに使ったのは数年ぶりだが」

「いや、驚くだろ!というかアイツ、元気にしてたのか?」

「出ていった当時と変わりないようだな。あの癖字も」 

「いや、ルイの癖字はしゃーねぇだろ。そりゃ良かった···って、んなことはいいんだ。いくら『王家の褒美』に無言の刻印があるからって、銀髪に水色の瞳をしたヴェリア嬢じゃあ、情報通の彼女たちからの身バレは免れないぞ。ここにいると知られるだけでも何があるかわからないのに。しかもあの無言の刻印、見た目は本物っぽいけど絶対に機能してるわけねーし」

無言の刻印。その名の通り、手の甲に刻まれたそれは見たものや聞いたことを他言できなくなる呪文だ。

そういう仕事をしていると、必然的に様々な情報に触れることが多くなる為、仕事についたものはこの呪文をほぼ強制的にかけられる。

客から手に入れた情報は情報屋に売らないという店側から客への約束や配慮を示すためのものだというが、この刻印は一度つけると何をどうしても消えないため、元々の職種がバレてしまいまい、その他の職種にはつきにくくなるという。

「だからと言って、今年は来るなというのも逆に不自然だろう」

「そうだよなぁ···あ、そういやさっきの目薬があるじゃねえか!」

「目薬がどうかしたのか?」


「ヴェリア嬢を変装させるとかどうだ?」


「変装?」

「フィンあたりがヴィックを持ってただろ。銀髪よりかは茶髪とか黒髪であればかなりイメージも変わるし、目立たねぇんじゃねえか?」

「···たしかにな」

「あとはグロリアーナか。ずいぶん厄介なやつが、しかも長期間滞在することになるのか」

「···あの女の相手をするより魔物を相手にしていたほうが数千倍は楽なんだが」

「それは同感だ···」

そんな話をしていると、再び扉がノックされる。

「お邪魔しまーす、って珍しい。ふたりとも揃ってなんて顔してるんです?」

「フィンか。いや、王家の褒美がそろそろだなって···」

ルードルフの言葉に、フィンの顔が沈む。ラズベリーのような赤い瞳が細められ、こちらを向いた。

「···あぁ、グロリアーナですか?たしかに面倒くさいですよね。グレン隊長のこと大好きだし、今年はアリシアちゃんもいるわけですから」

「そこで1 つフィンに相談なんだが、ヴィックやメイクを使ってヴェリア嬢を変装させられないか?」 

「変装ですか?まぁ、不可能ではないですが···問題は一週間も誤魔化せるか?って話ですけど。来るのはいつでしたっけ」

「1ヶ月後だな」 

「1ヶ月後なら余裕がありそうですね。分かりました、とにかく私ができることなら協力しますよ」

「あぁ、助かる。あぁ、そうだ。ヴェリア嬢が仕事をしたいという事なんだが、フィンに指導役を頼みたい。頼めるか?」

「もちろんです!というかアリシアちゃん、仕事したいんですか?」

「あぁ。何もせずにただいるだけなのは、落ち着かないと言っていた」

「そっか、でもアリシアちゃんらしいかも。えーと、変装のことなんですが、目の色とかどうするんです?」

「それならメルが作った目薬でなんとかなるんじゃねーかって話をしてたんだ。あれをヴェリア嬢が使うと綺麗なピンク色になるんだよ」

「そうなんですか!?私もみたいわ!」

そんな話をする中、ふと先程の桜色の瞳をしたヴェリア嬢を思い出した。

(···確かに、似合ってはいたが)

透き通った優しいピンク色をした瞳は、彼女の持つ柔らかな雰囲気にも似合っていた。

それは嘘ではない。だが、なぜか違和感が拭えなかった。まるで彼女なのに、彼女ではないような感覚。

似合っていないわけではない。

ただ、なぜか勿体ないような気がして。


「······あの色よりも、」


いつもの澄んだ、アクアマリンのような青い瞳の方がーーー。

「ん?なんか言ったか?」

「···いや。なんでもない」

(それよりも今は、王家の褒美の方だな)

俺は何となく抱いた気持ちを頭から追い出すと、手にしていた書類へと目を戻したのだった。

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