36.味のしない好物
「この度、マリアナ様の護衛騎士になりました。テオ・ランカステルと申します」
燃えるような赤い髪に、開かれた美しい金色の瞳。名前を出しただけであんなに不機嫌になってしまったのだから、てっきり会うことも護衛騎士になることも不可能だと思ってため、こうもあっさりと会えるとは思っていなかった。
「ええ、よろしくね」
(やっとこの日が来たのね)
あの後、この今続いている話がどういう風に続くのかを色々と考えてみた。この『テオが護衛騎士になる』という状況が1の続きだとしたら、現状のシナリオはファンディスクか2の話だということになる。きっと戴冠式が終わるまでは大まかな流れ自体は無印のシナリオと同じだろうが、このテオが護衛騎士になるという話はきっと別物のはずだから。
もしかすると完全版という可能性もあるが、この会社が出す完全版は主に無印に元々あった恋愛イベントに追加されることがほとんどだったので、後日談は収録されていなかったはずである。
そこでこの会社がよくファンディスクで出す話として、三つ巴の話がよく描かれていたのを思い出したのだ。勿論、必ずそうだとは言い切れないものの、可能性はあるだろう。そう思えば、ルーカス様がテオを護衛騎士にと許してくれたのも違和感がない。
「テオ、マリアナに剣を捧げろ」
「······殿下のご命令とあらば」
無表情のまま、テオが私に剣を捧げる。この行為が眼の前で、しかもアリスではなく私に捧げているのを見られるだなんて思わず私は興奮してしまった。
(ふふふっ、あぁ、良い気分だわ。テオが私に剣を捧げているだなんて。最高の気分)
目前で跪き、私の手を取って良く通る声で誓いの言葉を囁く。
「私、テオ・ランカステルは唯一の主に剣を捧げ続けることを誓います。これからは唯一の主の手足となり、敵を貫く剣となり、何もかもを防ぐ盾となりましょう」
ーーー唯一の、主?
(おかしいわね、なんだかゲームと言い方が違う気がするわ)
そんなことを思ったが、早く返答の言葉を返さなくてはいけない。そのため、頭の中に浮かんだ疑問はすぐに消えてしまった。
「あなたの剣と、その信頼を受け取りましょう。願わくはあなたの剣が末永くあり続けますように。これからよろしくお願いします、テオ」
そう言ってニコリと微笑むと、ずっと無表情だったテオの目が酷く獰猛な光を孕んだ気がした。
(っ···!?)
「これでテオはマリアナの護衛騎士になった。テオ、これからは何があってもマリアナを守るように。1つでも余計な事をしたらーーー分かってるな?」
「心得ております」
コンコン、とノックの音がする。殿下の側仕えの人物が何やら彼に耳打ちすると、ルーカスは私の方を見て優しげな表情を作った。
「マリアナ、どうやら急ぎの仕事が入ったみたいだ。少し出てくるよ」
「わかりましたわ。あまり無理はなさらないで下さいね」
「ありがとう。あぁ、それとそろそろ祭りの決め事をしなくてはいけないね。何かアイデアがあったら今度教えてほしい」
「勿論。考えがありますので、内容を纏めておきますわ」
「ふふっ、流石僕のマリアナだ。仕事が早くて助かるよ。それじゃあ、僕は行くから」
そう言って彼が部屋を出ていってしまうと、扉が開いた部屋にテオと二人だけ取り残される。こういう時はいくら護衛騎士とはいえ、二人きりになるときは扉を開けておくのがマナーなのだ。
(こういうところは本当に面倒くさいわね。別に扉を閉めていたって良いじゃないの)
「テオ、良かったら今からお茶でもしませんか?せっかく護衛騎士になってもらったのだし、もっとお話がしたいわ」
確かテオは甘いお菓子ではなく、レモンやオレンジなどの甘酸っぱいお菓子をよく好んで食べていたはず。テオのルートで、レモンパイを食べているシーンがなんとも可愛らしかったことを思い出して笑いを噛み殺した。
「···主のお望みであれば」
「主だなんて。マリアナと呼んで頂戴?」
「御望とあらば従いましょう」
テオはこんなに頑なな人物だっただろう?なんとなくイメージと違っているのは自分がマリアナだからなのか?
(まぁ、そりゃアリスを追放した本人だもの。当然良くは思われていないわよね、真面目でヤンデレな騎士だし。というか、アリスがテオと仲良くなったキッカケってなんだったっけ?)
わりと幼い頃からテオはアリスの護衛騎士だったはずだが、その理由が思い出せない。ゲームの内容を思い出そうとしても、最初の頃よりも記憶が薄れてきているのはそれだけこちらの世界に馴染んできたということなのだろうか。
(テオのルートの内容は覚えてるんだけど···)
あれは確か、アリスがこの国で流行った病にかかって、体調が悪化して。起き上がることすらできなくなるほどに弱ってしまってルーカス様の婚約者から外されてしまったことがキッカケだったはずだ。
(って、今はそんなことどうでもいいわね)
「お茶と言っても、祭りの決め事を決めないといけないから、一緒に聞いてほしいの。何か意見があれば遠慮なく言ってほしいわ」
「私の意見が役に立つかは分かりませんが、了解致しました」
(にしても、お祭りか。早いわ、もうそんな時期なのね。なんだか癪にさわるけど、そんな簡単には思いつかないしゲームの中であの女がルーカス様のルートでやってた内容と同じにしておけば問題ないでしょ。なかなかに盛況だった、みたいな文言があったはずだわ)
移動しながら、あれはどんな内容だったかと思い出してみる。確か国民の間で流行っていたバイキングを取り入れたお祭りだった気がする。お金を払って区分けされた角皿を貰い、並んでいる好きな屋台の食べ物を盛り付けていくのだ。勿論、店のものは決められた量しか盛り付けは行わない。お店は庶民のものから王宮の出店する料理まで様々なものが並び、おかわりする場合は、食べ終えたお皿を持っていくと最初に払った2割の値段で食べられる。
(確かそんな感じだったわね)
通りがかったメイドに紅茶とレモンパイを持ってくるように頼みながら、私は自分の執務室へ向かった。
「テオ、ソファーに座って頂戴」
「いえ、自分はこちらに立っていますので」
「それじゃあお話がしにくいわ。誰も来る予定は無いから、お願い」
「···分かりました」
ソファーに座りながら、向かい側に腰掛けているテオを盗み見る。
(本当に綺麗な金色の瞳。ルーカス様のサファイアのような青い瞳も勿論素敵だけど、これはまた違った綺麗さがあるのよねぇ)
「そろそろお祭りの時期じゃない?アイデアとしては、今国民の間で流行っているバイキングがいいと思うのよね」
「···バイキング、ですか」
「そうなの。平民の料理から王宮の料理、全部並べてお互いに普段食べられないような物とかを提供したら面白いんじゃないかと思って。平民なんかが王宮の食事を食べられる機会なんてないでしょう?まぁ貴族が平民の料理を食べるとは思えないけど、分からないように並べておけばたぶん食べるんじゃないかしら?最初にお金を払って区分けされた角皿を渡すの。そこで、食べたい料理を決めて決められた分量を盛り付ける。食べ終えたら、そのお皿を持っていけばお変わりは安く食べられるようにしようかと思ってるわ」
「···再利用する際のお値段はいくらにするのです?」
「そうねぇ···」
確かゲームだと2割だったはず。
(本当は4割ぐらいでもいいと思うんだけど、なるべくゲームと同じ方がいいわよね?国民の人気も取らなきゃいけないし)
悲劇のヒロインのような扱いをされているはずだから、悪いイメージは持たれていないはずだがどんなことで人気を損ねるかわからない。
(私が優秀なだけかもしれないけどね。元からマリアナも頭は悪くないみたいだったし)
ダンスが上手いと褒められ、語学や物覚えも良いと評判だ。一時はどうなるかと思っていたが、やはりゲーム補正が働いているのだろう。シリルだけはどうも私のことが好きではないみたいだが、勉強を教えてもらっている立場ではあまり関係ない。
そんなこんなで今のところ妃教育もそんなに困ったことはないし、やはりあの女が言っていたことは嘘だったのではないだろうか?と思っていた。
(というか、アリスが容量悪すぎたんじゃないのかしら?この程度で根を上げるなんてたかが知れてるわね)
「2割ぐらいでいいんじゃないかしら」
「······」
そう言うと、テオは黙ったまま何かを考える素振りを見せる。しかしそれについて言及するまえに、そうですか、と素っ気ない一言で会話は終了してしまった。
「私のアイデアは何かおかしかったかしら?」
「いえ、おかしいことなど何もありません」
そこまで話したところで、先程のメイドが紅茶とレモンパイを持ってきた。それぞれを二人の前にセットすると、頭を下げて退室していく。
紅茶を一口飲んでからレモンパイを口にすると、甘酸っぱい味が口いっぱいに広がった。
「テオがどんなものを好きか分からなかったから、今回はレモンパイにしてみたわ。嫌いじゃなかったかしら?」
「お気遣いいただきありがとうございます。しかし私は特に好き嫌いはありませんので気にしないで下さい」
「そ、そう」
(···おかしいわね、テオってレモンパイが好物だった気がするんだけど。でも、どうしてレモンパイなんだっけ?何かゲーム内で理由が分かったような···駄目だわ、思い出せない)
ルーカス様のルートばかりやっていた弊害は大きかった。テオも時折やってはいたけれど、なんだか浮気するみたいでなかなか見返すことができなかったのである。
(殿下の弟のルークとか、シリル先生とか1回しかやってないから全然覚えてない。まぁこの二人は関わることはそんなに無いだろうからどうでも良いんだけど)
だがテオは間違えれば殺されかねない。そんな可能性があるのだとすれば話は別だ。こちらのことを嫌っているようだから、気を付けながら話さなければいけないのが残念で仕方がない。
(でもこれが三つ巴のシナリオの可能性も捨てきれない。だとしたら、少しぐらいテオと仲良くしたって良いわよね?)
私は甘酸っぱいレモンパイを食べながら、ようやく私の護衛騎士になったテオとどうやって仲良くなろうかと考え始めたのだった。
(···この女、どこからアリス様の考えていた案を知りやがった)
気味が悪い笑みを浮かべる目の前の女を見ながら、アリス様がいなくなる前に話されていた事と全く同じ事を話す女を見ながら俺はそんなことを考えていた。
甘ったるい香水の匂いが紅茶と混じり合い、吐き気がしてくる。扉が開かれているのがせめてもの救いだろうか。
ーーー今年のお祭りはバイキングを行おうと思うの。王宮の物から、国民の食べ物を並べて好きなものを食べられるようにしたらどうかと思って。
貴族の料理人も平民の料理人もお互いに刺激しあい、良いアイデアが生まれるのではないだろうか。そんなことを話していた彼女。
まったく同じアイデアに、同じ考えなどどう考えてもおかしい。しかもそれだけでは飽き足らず、硬貨の比率まで同じなどありえない。なぜなら、このもう一度食べる時に払うお金の比率は二人で話し合ったものだからだ。
(あの場には他に誰もいなかった。気配も無かったから、間違いない)
だとしたらこの女は、どこからアリス様が考えていたアイデアを盗み聞きしたというのか。彼女が必死に考え抜いたアイデアを、まるでマリアナが1から考えたかのような顔をしていることに酷く殺意を覚えた。
しかし、どうやって知り得たというのか?いくらなんでも、アリス様が話すわけがない。それが分からない以上、迂闊に何かを話すわけにはいかなかった。目の前に置かれた蜂蜜色のレモンパイに手を付けず、ただ眺めながらアリス様とのことを思い出す。
城下町を視察している際に少し休憩を入れましょう、と言ってお茶をしたとき。
「付き合ってもらってごめんなさい、テオ」
「いえ、これも俺の仕事なので。気にしないで下さい」
「···ありがとう。何か好きな食べ物はない?良かったら何か奢るわ」
「いえ、アリス様に奢ってもらうなんて」
「良いの。私は···レモンパイと紅茶にしようかしら。テオはどうする?」
「···では、同じものを」
困り果てて同じものを頼むと、しばらくしてから出てきたのは黄金色をしたレモンパイだった。それとこちらをなぜか見比べながら彼女の口元が緩む。
「どうかしましたか?」
「なんだかこのレモンパイが、テオの目の色みたいで」
「···ご冗談を。俺の目はこんなに綺麗じゃないですよ」
「そうかしら?綺麗な金色がよく似ていると思うのだけど。ここのレモンパイは美味しいって有名だから、テオの口にも合ったら嬉しいわ」
じゃあいただきましょう、と言って食前の挨拶を彼女が告げる。
「温かな食事の恵みと食材全ての命に感謝を。いただきます」
そう言って俺の目の色のようだと評したレモンパイを食べて幸せそうに微笑む彼女から、目が離せなくなって。
「っ、」
持て余した感情の行き場を無くし、フォークを手にレモンパイを突き刺す。
「どうかしら?」
口にしたレモンパイは、酸味が効いていて酸っぱいはずなのにーーー酷く甘い味がして。
「···美味しい」
「良かった。あまりテオは食事に拘りがないみたいだったから、好きな味を見つければ食事も楽しくなるんじゃないかって···いえ、余計なお世話だったわよね。ごめんなさい」
「いえ。本当に美味しいです」
「なら良かった。今日はありがとう、視察にこれて良かったわ」
(···アリス様は、俺がレモンパイ自体を気に入ったと思っていたんだろうな)
あの日から自分の好物は、『アリス様と食べるレモンパイ』になった。
だからこの女と食べたところで、何の味もしない。ただ咀嚼され、飲み込むだけの物でしかないのだ。
(だがこの女の機嫌を損ねる訳にはいかない。しくじったら死ぬしかないからな)
先程の殿下からの警告を思い出して、気持ちを圧し殺す。俺が剣を捧げるのは、生涯アリス様ただ一人だ。だから先程の明確に名前を告げなかった。この女に、捧げる剣など有り得ないのだから。
「今回はあまり好みの味じゃなかったみたいね。今度は違うものを用意させるわ。もし好きなものがあったら教えてくれる?」
「···仰せのままに」
フォークを突き刺し一口かじったレモンパイは、何の味もしなかった。




