34.フェロール草ポーション
向かった先はポーション塔と呼ばれている、本館から斜めに向かった先にそびえ立っている別館の塔だった。
(ここに入るのは案内してもらった時以来だわ···)
ルードルフ様に続き中へと入っていくと、ゴポリとくぐもったような水音が聞こえた。あちこちで作られているポーションの音だろうか。
人の姿は見えないがカチャリ、と何かがぶつかる音が聞こえてきた方に目をやると、何やら薬草をすり潰しながら船を漕いでいる男性の姿があった。
「···うーん」
「メル!」
「ひっ!?る、ルードルフ副隊長!なんです!寝てない!俺は寝てないですよ!」
「いや、おもいっきり寝てただろうが···」
ルードルフ様にそんなことを言われながら、メルと呼ばれた男性は机に突っ伏していた状態からこちらを勢い良く振り向く。
すりつぶしていたであろう薬草がぱっと弾け飛び、べチリと青みがかった男性の頭に着地した。
「···え、なんか綺麗な人が見えるんですが?ここ男しかいなくなかったです?」
「なんで知らない···いやまぁお前は引きこもりだからな···それよりもメル、お前頭に薬草が飛んでるぞ」
「そんなのいつものことなんで!それよりもこの綺麗な人は誰です!?そしてなんでこんな明らかにデート向けスポットとは程遠いところに来てるんですか!?ルードルフ副隊長、彼女さんから嫌われますよ!」
「ええい、話を聞け、話を!というかデートだったらお前の言う通りこんなところに来ねーわ!」
「つまりデートでは···ない?なるほど!ところでそこの綺麗な人、お名前は?ここは薬草しかないですが、ゆっくりしていってくださいね!」
「アリシア・ヴェリアと申します。ええと、メル様、でよろしいでしょうか?」
「はい!あれ?ところで今日は何用で?」
「だからお前は···いや、もういいや。霜焼けの薬について分かったことがあってな。それについて···」
「霜焼けの!?まさか王都の薬でも手に入ったんです!?それとも雪の中にケール草でも咲いてました!?」
「ケール草がこんな雪まみれのところに咲くわけあるか!」
ルードルフ様の凄まじい速さの突っ込みを耳にしつつ、私も口を開いた。
「メル様。ここにフェロール草という薬草は咲いていませんか?」
「え、フェロール草ですか?腐る程ありますよ」
「霜焼けに効くという、ケール草でできた王都の薬はご存知ですよね?実はケール草だけではなく、フェロール草でも霜焼けの薬が作られていたのです」
「フェロール草で!?でもあれ、煮ても焼いても溶かしても濾しても食べてもただのフェロール草でしたけど!?」
「全体を一度に使うのではなく、根本の方と先の方を分けてそれぞれ違う過程で使用するのです」
「分けて···へぇ、普通の薬草は全部まとめて使うことが多いから、その発想はなかったな」
「根本は焼いてからすり潰し、先の方は煮てから使用します。確か、煮ると粘り気が出てきますのでそこに···」
「ちょ、ちょっとストップ!フェロール草ならあるから、やりながらでもいいかい!?ルードルフ副隊長も暇ならメモしてください、メモ!そうか、分けるっていう発想は無かったな···」
慌てて引き出しを開けてフェロール草を取り出したメル様に、私は詳しい製造方法を必死に思い返す。
(こんなことなら、もっとしっかり読み返しておけばよかったわ···)
だが、もう今更そんなことを思っても仕方がない。あの時は効果がある薬なのに勿体ないと思い、今後何かの役に立つかもしれないと思って読んだものの、それもだいぶ前の話だ。
「はい、これで大丈夫!ルードルフ副隊長はメモ忘れずにお願いしますね!ヴェリアさん続き続き!まずはこれを2つにするんですね?どのへんです?真っ二つ?」
「いえ、確か先が3分の2と書いてありましたので、このあたりで切ってください。根本は焼くのですが、焼くと言っても水分を飛ばすような感じで焼くのだそうです。パリパリに乾いたらそれをすり潰すとのことです」
「ふむふむ。じゃあまずは乾燥焼き機にかけちゃおう」
「乾燥焼き機?」
聞き慣れない言葉に、思わずオウム返しになりながら私は目を瞬いた。
「そ、最近もらったフライパンの魔法具なんだけど。水分を飛ばしてパリパリにしてくれるやつなんだ!確か物に含まれてる水分が無くなる魔法がかかってるんだったかな?なんか厨房の方で干物を作るために使いたかったらしいけど、調整を間違えたのか食べ物の水分という水分が抜け落ちて干からびちゃって、駄目だったらしい。干物を通り越してミイラになるんだって言ってたなぁ」
「あぁ、そういやミイラ製造機とか酷い名前がついてたっけ。···結局メルが貰ったのか、あれ」
「薬草をかっかさかに乾燥させるのにちょうど良かったんで!」
そう言って彼が取り出したのは、ガラスの蓋がついたフライパン。メル様が切ったフェロール草を入れてから蓋を閉めて火にかけると、中にあったフェロール草は見る見る内に縮んでいった。縮むというか、萎れたというかカサカサに乾いたというか。
「す、すごいですね」
「そう!すごいよねこれ!」
確かに水分が抜けていく様子はすごいのだが、薬草ですらこうなるのに、これを食べ物でやるとどうなってしまうのかとはあまり考えたくなかった。
「あとは先の方は煮るんだっけ?」
「はい。煮詰めると粘り気が出てくると思いますので、そこに薬湯を入れて伸ばしていきます。あとは白っぽくなってきますので、根本をすり潰したものを加えて完成です」
「なるほど、薬湯はあるから先の方はこのまま煮詰めてみようか。ちなみに出来上がりはどんな感じになるかわかります?」
「たしか、緑っぽい軟膏のようになると。触るとべたっとしていますが、塗ったあとはサラサラとしているはずです。でも、それぞれの詳しい分量までは覚えていなくて···」
「なるほど···いやいや、そこまで分かってたら十分作れそうです!というか王都の薬の没案なんて、どこでそんな情報を!?薬師か何かですか!?」
「いえ、その···何年かに1度、薬の没案をまとめた文集のようなものが出るのです。それを読んだことがありまして、霜焼けのお話を聞いたときにふと思い出したのです」
「そんなものが出るの!?めっちゃ欲しいんですがどこで売ってますか、それ!?」
「ええと、たぶん王都の方にある大きな本屋であれば売っているのではないかと」
「そうなんですかぁ···めっちゃ欲しい···ルードルフ副隊長、買ってくれません?」
「王都に行く機会があればな」
「さすがルードルフ副隊長!」
そう話しながら、メル様は手際良くフェロール草を鍋で煮詰めていく。鍋の中では段々とドロドロとした粘り気が出てきており、緑色の粘り気のある液体のようになってきていた。
「···なんかスライムみたいだな」
「完全に目ん玉と口と歯をつけたらスライムですね!」
「スライム?···ええと、ジェル状の粘り気がある魔物でしたっけ。本ではドロドロに溶けたような形をしていましたが、歯があるのですか?」
「あぁ、1番よく見る魔物なんだけど、噛みつかれるとかなり厄介なんだ。普段は見えないけど、口を開けると人間の歯と同じようなものが並んでるから人間の首が落ちてできているんじゃないかって噂もあるぐらいなんだよ。あと臭いがかなり酷い」
「あれはちょっと嫌ですよねー。集中力が切れますし、何より口を開けられるとなーんかギャップがあって気持ち悪い!まぁ俺は非戦闘員なんであれですけどもね。」
「人の首が···」
「実際はどうだか分からないけどな。これだけ討伐してるのにも関わらず、魔物自体がどこからきているのか、そもそも何から産まれているのか未だに分かっていないし。討伐するだけで精一杯ってのもあるが、そもそも死体が溶けて消えちまうからな。調べようもない、つーのもかなりでかい気がする」
死体が溶けて消えてしまう。死んでしまった瞬間に消えてしまうものなのか、それともしばらくは残っているのかは分からないが、遺体が残らないということは、確かに調べようにも調べることはできないだろう。
そんなことを考えていると鍋でフェロール草を煮詰めていたメル様が声を上げた。ふと覗き込んだ鍋の中身はドロドロに溶けており、適度な粘り気がでてきている。
「あ、ここに薬湯でしたよね?とりあえず少しずつ入れて小分けにして、正しい分量を探してみましょう」
ーーー正しい分量を探してみましょう。
その言葉に、自分がまた役に立てなかったのだと知り後悔が押し寄せた。
ーーー中途半端な知識なんて何の役に立たないんだ。もっとしっかり知識を身に着けてもらわないと困るんだよ。
役に立たない、中途半端な知識。
「···ヴェリアさん?どうかした?」
今まで散々言われてきたことがなぜかどんどんと思い出される。あちらでも、中途半端な知識や曖昧な記憶を頼りに口を挟むと、細かいことまで根掘り葉掘り聞かれ、覚えていませんと口にすると必ず皆最後は口を揃えて同じことを言うのだ。
ーーー偉そうに口を挟んできたくせに、肝心な所は何も覚えていないのか。役に立たない奴だ。だったら最初から口を挟むな。
そうだ。散々言われてきたことだったのに、私でも何か役に立てるのではないかと舞い上がってしまった。しかし結局、思い出したのは中途半端な知識ばかりで。
(···また、間違えたのかしら)
呆れられたくない。嫌われたくない。ここの優しい人達だけには。
「···いえ。分量を正確に覚えていなかったので、中途半端な情報になってしまって···申し訳なくて」
だからこそ役に立ちたいのに、何か少しでも恩返しがしたいだけなのに、『また』役に立てなかった。中途半端な知識や情報が、1番役に立たないのに。なんで、私はいつもこうなのか。自分で自分が、心底嫌になる。
「何言ってるんですか、申し訳ないなんてそんなこと思わなくていいんですよ!だってヴェリアさんが教えてくれなければ、そもそもフェロール草が霜焼けに効くって事すら分からなかったんですから!」
「···え、」
そう思っていたのに、そんな風に言われて。
「それに新しい薬が出来るっていうのが本当にワクワクする瞬間なんで!必ず作ってみせるんで、少しだけ待っててくださいね!」
曇りのない、優しい笑顔。迷惑をかけたはずなのに、言われた言葉は軽蔑の言葉ではなく、酷く優しい言葉で。
「···は、い」
(役に立たない、訳ではなかった?)
「ヴェリア嬢、本当に助かった。霜焼けはここでは本当に大変な事でな、なんとかならないかと皆で考えていたところだったんだ。···足も治ったばかりだったのに、引っ張ってきちまってすまなかった」
「い、いえ。そんな事は気にしないでください」
「···こんなこと言うのもなんだけど、また役に立たないとか変な事考えてただろ」
「え···い、いえ····こんな中途半端な知識では、渡された方も困ると思って···」
「やっぱり。ヴェリア嬢は、もっと自分を認めたほうがいいっていつもグレンも言ってるぜ?」
そう言って向けられる優しい感情に、またふわりと胸が温かくなって。
「···デルフィランズ、様が?」
「そう。だからもっと自信持ってくれ。グレンのお墨付きだからさ」
忘れ去られていたとまでは思っていなかったが、まさか話に出てきているとは思わず。久しく会っていなかったデルフィランズ様にそう思われていたと知り、なぜか今度は胸の鼓動が少しだけ早くなった。
(···?なんでかしら。心音が少し早い気がするわ)
ーーー褒められたから?
(···ううん、違う。デルフィランズ様が、私のことをお話してくれていたのが、気にかけていて下さっていたのがこんなに嬉しいなんて)
ぽつり、とその言葉は口から漏れて。
「···デルフィランズ様に、お会いしたいです」
「······」
「ルードルフ様?」
「え、あ、いや!そうだな、そろそろ遠征も終わるし明日には会えると思う!また食事作っていったら喜ぶと思うぜ!」
「はい」
「···ヴェリアさん、笑うと本当に女神みたいですねぇ···」
「···確かに破壊力は凄まじいな」
「俺、ちょっと見惚れて手元狂って袖焦がしましたよ」
「焦がすな!」
「め、メル様!中身が焦げてます!煮詰めすぎです!」
「あれっ!?」
このとき、私は自分がどんな顔をしていたかなんて知る由もなかったのだった。




