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奪われた冠  作者: 彩雅
31/98

31.靴擦れと痛み

1階の端から端を移動して斜めに移動、別館を見てまた戻って。2階、3階とそれを繰り返して最後に外に出る。私は名前を決めるために椅子に座れて良かった、と内心そんなことを考えていた。ルードルフ様はずっと加減して歩いて下さっているのだが、私の歩幅とは違う為にどうしても急ぎ足になってしまう。そのせいもあるのか、なんだか先程から爪先や踵が痛い。

「じゃあ、そろそろいこうか。次で案内は最後だから」

「はい」

そう言って立ち上がり、歩き出した時。爪先と踵にズキリ、と本格的に鈍い痛みが走った。 

「っ、」

(···靴擦れ、かしら)

だが、わからない私の為に手間を取らせ案内してもらっているのだ。これ以上ルードルフ様に、余計な時間は取らせたくなかった。

こちらにいるにあたりきっと歩くことも多いだろうという予想で、なるべく歩きやすい靴を選んだつもりだが、もっと低いヒールのものがあれば良かったかもしれないと思いながら私は痛みを訴えたままの足を動かす。

家にあった靴は幼い頃に使っていた為既に小さくなっており、新しいものを買えば足がつくという理由から結局は母のお下がりを貰ったのだが、自分のサイズとは少し違う靴は酷く歩きにくい。一歩、また一歩と歩く度に爪先や踵に鈍い痛みが走る。

(···このくらいなら、まだ歩けるわ) 

昔、ダンスの練習をしていた時はあまりの疲労感に足がもつれて転んでしまうまで練習していたことがあった。足を血だらけにしてまで覚えたステップはほとんど披露する間は無かったけれど、あの時の痛みに比べればこの程度は何ともない。

それに訓練場を見てみたいと言ったのは私なのだから、足が痛いなどという自分勝手な理由で突然無しにする訳にはいかない。


(···見た目以上にここは広いのね···)


毎年新人の方は迷子になることがあると聞いてはいたが、実際に歩いてみて納得した。3階から1階に降り、広間を通ってそのまま外へ出る。

「今は時間的に人いないけど、いるときは結構な人数がいるんだ」

そう言ってルードルフ様が最後に案内してくれたのが、訓練場だった。

広い広場のようになっており、あちこちに的のような物が置いてある。

数人集まって訓練していたであろう人達がこちらを見てなぜか動きを固くした。


「···俺はついに訓練のし過ぎでおかしくなったんだろうか。女神のような女性が見える」

「落ち着け!今日の朝、グレン隊長の婚約者の方が来たって聞いただろうが!その人だよ!」

「婚約者の方···そう···なのか?俺の周りにいた女性とは何かこう、一線を超えた美しさがあるのだが」

「そりゃーグレン隊長は辺境伯だからな!婚約者の方もそれは立派な女性が来るだろ!」

「しかしなぜこんな寒くて不便な所にわざわざ···?」

「うーん、分からんけどグレン隊長が忙しくて顔が見られないからわざわざ来たんじゃないのか?いつ頃結婚されるんだろうな?」

「はっ!結婚したらもうグレン隊長に稽古はつけてもらえないのか!?」

「ルードルフ副隊長に一任されるのか、どうだかなぁ···」


「おいおまえら、何をそんなに心配してるんだ」


「「ルードルフ副隊長!」」

何やら話していた声がぴたりと止まり、視線がこちらを向いた。 

「い、いえ、グレン隊長の婚約者の方が女神のように綺麗すぎると話していました!」

「おまっ、それダイレクトに言う!?確かに婚約者のヴェリア様は綺麗だしそれは否定しないが!」

「は、初めてお目にかかります!ルードルフ副隊長の隊に在席しています、カロル・バートンです!」

「···カロル、そんなに勢い良く話されたらヴェリア嬢がびっくりするから止めてくれ」

「はっ!すみません!」

「俺はジャン・ラッセルです。始めまして、ヴェリア様」

「初めまして、私はアリシア・ヴェリアと申します。丁寧な挨拶をありがとうございます」

「アリシア様!家名の方しか聞いてませんでしたが、お名前も美しいですね!!」

「カロル、テンション上がりすぎだって!!五月蠅くてすみません、ヴェリア様」

「いえ、お気になさらず···お褒めいただき光栄ですわ」

やんわりと微笑みながらそう答えれば、2人が再び固まる。

(···私の笑顔、もしかして怖いのかしら)

今日の朝練習しただけでは足りなかったのかもしれない。もしかすると表情筋が固くなってしまったのだろうかと不安になりながら、帰ったらまた微笑みの練習をしなければと心に誓った。

「······」

「······」

「···あの?」

「···お、俺は明日死ぬのかも知れない···」

「まってカロル言いたいことは分かるが逝くな!!」

「おいお前らとんでもねー会話してんじゃねえよ!ヴェリア嬢がびっくりしてんだろうが!!」

そんな会話をしている内に、ルードルフ様が会話を切り上げた。

「あーもう、うるさくてごめんな、ヴェリア嬢。疲れただろうし、部屋まで送るよ」

「は、はい。ありがとうございます」

帰る途中で私はふと掃除道具と掃除水を借りようとしていたことを思い出し、前を歩く彼にそのことを訊ねてみる。掃除水···となんだかとても驚いていた様子だったが、後で部屋に届けると言ってくれた。ほっとしながら段々と冷えてきた訓練場を後にして、中に入り再び階段に差し掛かる。階段を1つ上がるたび、再びズキズキと鈍い痛みが上がってきた。なんとか階段を登っている最中、ルードルフ様を下から呼ぶ声が聞こえてくる。何か緊急の用ではいけないと思い、私は彼に声をかけた。

「あの、ルードルフ様。呼ばれているようですし、ここまでで大丈夫です。今日はありがとうございました」 

「あぁ、部屋まで送れなくてすまない。後でさっき言ってた掃除道具の類はもっていくから」

「はい。案内していただいてありがとうございました」

ルードルフ様が部下の方と話しながら、階段から離れていく。その後ろ姿を見送りながら、こんなに歩いたのはいつぶりだろうかとぼんやりと考えた。この中で暮らしていくのだからもっと体力をつけなくてはいけないなと考えながら、私は先程よりもゆっくりと階段を上がっていく。もう少しで2階につく、階段の踊り場に差し掛かった所で上から声をかけられる。 

声につられるようにして見上げた先にいたのは、ずっと心配していた人だった。


「ヴェリア嬢」


「···っ、デルフィランズ様!」

無事で良かった。いつ戻って来られたのだろう。どこかに怪我はしていないだろうか。見える範囲に怪我は無いようだが、服で隠れているだけで見えていないだけかもしれない。色々な感情が混ざり合い、慌てて階段を登ろうとすると足に今まで以上の痛みが走り、滑るような生暖かい感触には覚えがあった。おそらく血が出たのだろうが、今はそんなことはどうでもいいと再び足を動かして階段を上がると、なぜか彼の表情が酷く強張った。

「待て。それ以上歩くな」

「え?」

強い口調でそう言われ、思わず階段を上がりかけていた足を止める。そのままデルフィランズ様が早足で階段を降りてきたかと思うと、突然私の前にしゃがみこんだ。

「デ、デルフィランズ様···?あの、どうされたのですか?」

「···足を痛めているだろう。無理はするものじゃない」

「え······」

なぜ足を痛めていることがバレたのか分からずに混乱する。本来なら、私がデルフィランズ様の体を心配しなくてはいけない立場なのに。

(これでは立場が反対だわ)

「私の足は大丈夫です。少しばかり靴擦れしただけですから、ご心配には及びません。それよりデルフィランズ様にお怪我はないですか?ルードルフ様も腕に怪我を···」

「俺は怪我していない。それよりも君は自分の心配をしろ」

はぁ、と彼が溜息をついた。まるで小さな子供に言い聞かせるような言い方に、私はまた何か間違えたのだろうかと酷く狼狽する。 

(どうしよう。謝るべき?私はデルフィランズ様に怪我がないか聞きたかっただけなのに···)


「悪いが、これ以上君を歩かせる訳にはいかない。部屋まで運ぶぞ」


「······っ!?」

次の瞬間、くるりと視界が大きく動く。いつもより少し不安定な視界。痛んでいたはずの足は、なぜか今空中に浮いていた。

「デ···ルフィランズ、様?」

「不安定なら首にでも掴まってくれ。嫌だろうが、少しだけだから我慢してほしい」

どうやら、私は今、デルフィランズ様に横抱きにされている、らしい。

あまりのことに頭が追いつかず、掴むことを忘れた両腕が空を切る。

地に足がついていないこの状態はなんとなく不安定で、だからといって落ちるという感覚でも無くて。体が触れている箇所が、ほんのりと暖かかった。

(ど、どうしてこんなことになっているの?)

私は確かに、先程デルフィランズ様に呆れられたはずなのに。

「あ、あの。私、自分で歩けます。デルフィランズ様にここまでしていただかなくても···」

「聞こえなかったのか?さっきこれ以上歩かせるわけにはいかない、と言った筈だが。靴擦れしているんだろう」

「た、確かに靴擦れしていますが、本当にそんなに酷いものではないのです」

「だが、痛いんだろう。さっき、明らかに歩き方がおかしかったぞ」

「·········」

(あ、歩き方がおかしかった···?)


ーーーだって今まで、どれだけ足が痛くても、血が流れていても誰にも、テオにさえ、気付かれたことなんてなかったのに。


どうして分かってしまったのかと私はただただ呆然としながら、ゆらゆらと不安定に揺れる自分の足とデルフィランズ様の横顔を眺めることしかできなかった。

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