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奪われた冠  作者: 彩雅
30/98

30.アリシア・ヴェリア

「···で、3階はここまで。この扉の先は狩猟区域になるから、入らないでほしい」

「はい」

とても頑丈そうな扉を見つめ、この先はどうなっているのだろうと思いながら目をルードルフ様へと戻す。

扉には向こうからの圧力でそうなってしまったのか、あちこちにへこみなどが見られた。鍵やドアノブなどは見つけられなかった為、きっと魔物が簡単に開けられないようにドアには何かしらの仕掛けがあるのだろう。

「って、ばーっと説明しちまったけど大丈夫か?横に長い上に斜めの派生廊下とか細々した部分も多くてややこしい造りだから、最初の頃は迷子になるやつも多い。よく分からなくなったらとりあえず誰かに聞いてくれると助かる」

「分かりました。···あの、この扉はどうやって開けるのですか?」

「これは中央に取っ手があるんだ。ここらへん」

そう言ってルードルフ様がとんとん、と扉の中央に触れると、飾りのように見えた丸い球体の部分がくるりと動き、取っ手になった。少しだけ扉が開かれると、冷たい風が入り込んでくる。

扉の先は、ぼろぼろに崩れた部分もある長い廊下のような作りになっていた。城壁の上部のような作りになっている、とでも言えばいいのか。 身を隠す場所や屋根がある所を見ると、おそらくここで戦う事が多いのだろうと予想がつく。先の方に見える高い塔は、監視塔だろうか。壁や床には焦げついて炭と化した部分や抉れたような跡。何かの黒い跡のようなものがあちこちに付着していて、生々しいほどの戦いの跡が見受けられた。

「っ·····」

ここで、彼らは命をかけて戦っているのだ。それがハッキリと分かる光景に、思わず息を飲む。森の方へと視線を移すと、鬱蒼とした黒い木々がざわりと揺れた。

(ここから···魔物は生まれてくるのね)

昔から、魔物が人間に対して敵対していたわけではない。むしろ、20年前まではほとんど被害はなかったのだと聞く。この森を嫌った王が、ここを焼き払えと命令してーーー魔物が暴れ出し、王都に襲いかかってきた。

「危ないからここまでな。ちなみにこの先は長い廊下になってて、見張り塔が立ってるんだ。···これが俺達の日常で、傷ついたりするのはその、当たり前の事なんだけど。ヴェリア嬢には慣れないよな」

すまない、でも知っていてほしかったんだ。そう言いながら、ルードルフ様は扉を固く閉めた。

「さて、最後は訓練場とかかな···あんまり面白くないと思うけど、どうする?見てみるか?」

「皆さんのお邪魔にならないのであれば、見てみたいです」

「邪魔になんてならないから平気平気!むしろ美人が来たって言って全員の指揮が上がると思うぜ?」

「そんなこと···」

私が行ったことで指揮が上がるなどありえないだろうが、きっと彼はお世辞で言ってくれているのだろう。お礼を言い曖昧に微笑んで、後をついていく。

「···嘘じゃないのに」

「え?」

「いや、なんでも。あ、そういえばまだ話してなかったことがあったんだけど···廊下で話す事じゃねーな、ちょっとここに入ろうか」

そう言って入った先は、机には大きな紙が広げられ、床にはペンが何本か転がっている。

(ここは···確か作戦司令室、だったかしら。私がこんなところに入ってしまってもいいのかな)

ルードルフ様は特に気にした様子もなく椅子を引いてくれる。椅子に腰掛けると彼は少し改まった様子で話しかけてきた。

「こんなこと話すのもあれなんだけど···ヴェリア嬢は、その、王都では亡くなったって事になっているよな?で、ここで最初に名前を名乗ったと思うんだけど···」

「そうですね。···あ」

そこまで言って、はたと気が付く。

私は、死んだ事になっているのにも関わらず、ここで名乗ってしまった。そして、牢で出会った『カダ』という人物を思い出す。集団の中には、必ずしも良い人ばかりだとは限らないということ。つまり、言い方は悪いがもしまだカダのような人物がいて、そこから話が漏れたとしたらーーー?


(私は、なんてことを)


私がどうして、家の紋章等が入ったものを持ってこなかったのか。それは、身分がバレるのを防ぐためだったのに。そこまで考えて持ち物も選んだはずだったのに、どうして私は当たり前に名乗ってしまったのだろう。···なぜ、そこまで考えていたはずなのに挨拶の名前にまで頭が回らなかったのか。

「いや、ヴェリア嬢が悪いわけじゃない!偽名を使えばよかったのに、そこまで考えなかった俺が悪い!それに下手に嘘を言うとグレンが怒って、その···殺されてたかもしれねーから。だから、名前を名乗ったのは寧ろ良かったんだよ。で、俺らもそこまで考えてなくて普通に···ヴェリア嬢って名前を出した訳だ。···なぜその時点で気が付かなかったんだ、俺らは···とも思うが、『グレンの婚約者のヴェリア嬢』としか話してない。名前の方は言ってないんだ。今のところ知ってるのはフィンぐらいかもしれないけど、名前呼びだとバレるかもしれないと思ったからさっき釘刺しておいた。だから聞かれても名前は今後偽名を使ってほしい」

「偽名、ですか。何と名乗れば良いでしょう···」

あまりに馴染みがなさすぎると、呼ばれても振り返れない可能性もある。それだけは避けたい。だからといって、愛称から名前が簡単に予想できてしまうのもよくないきがした。

「そうだなー、ヴェリア嬢は何か愛称とかあるか?アリスだから···普通に考えたらアリーとか、エリーなんだろうけど···でもそれだとそのまますぎてちょっとあれか。昔の愛称でもいいけど、何かあるか?」

「···昔の愛称···」


ーーー僕のアリシア。君に一目惚れしてしまったみたいだ。どうか、僕と共に生きてくれないか?


ふと、そう呼ばれた記憶が蘇った。それは殿下との、最初で最後のとても綺麗な記憶の欠片。

それ以降、彼からその名前で呼ばれたことは一度もなかったけれど。


「···アリシア」


「アリシア?随分と変わった愛称だな」

「···昔の事ですから、理由までは覚えていませんが···とても変わった呼ばれ方でしたから、印象に残っていて」

「分かった、じゃあこれからはその名前を使ってくれ。問題はヴェリアって言っちまってることなんだよなぁ···実を言うと庶民の間でもヴェリアってラストネームは結構使われているから、そんなに目立つ家名でもないんだけどさ···」

「そう···なのですか?あぁ、でも確かにそうかもしれませんね。ヴェリアは土地の名前ですから」

「そうそう。20年ぐらい前···いやもう少し前か?国が発展しているところを他国に見せたいからっていう意味わからん理屈で現王が突然作ったヤツな。国民もラストネームを名乗れっていうクソ面倒くさい法律ができた時、地名からとった人も多かったんだよな。ヴェリア地方は肥沃な土地で有名だし、それにあやかりたいって奴も多かったんだろうけど」

国民のラストネームは地名からとったものも多いとは聞いていたし、貴族と同じ家名になったものがいる事は知っていたが、国民のラストネームの比率までは流石に知らなかった。勿論国民が貴族と同じ家名を名乗るなんて、と反発した貴族もいたらしいが、あくまでも国民はラストネーム、貴族は家名という言い方を使って無理矢理分けたとか···詳しい詳細が残っていないため、恐らく色々と裏で何かがあったのだろう。『そんな諍いが起こることは法律を作った時点で予測できたはずなのに、それを収めることができなかった王』というレッテルを貼られることを嫌ったのかもしれない。

「でもヴェリア嬢の所作を見る限り、どう見ても貴族なんだよな···そこは誤魔化しきれるもんでもないし、王都の貴族となるとヴェリア家ってのは1個しかないし···まぁ別の国にもいることはいるから、王都から来たっていうのは言わないでほしい。まぁ、俺らみたいな庶民の間だと『殿下の婚約者はアリス様』って方が有名だからフルネームまで覚えてるやつのほうが珍しいんだけど···」

「そう、ですね。ヴェリアという家名は他国も入れればさほど珍しいものではないと思います。国民のラストネームにも使われているほどですし」

「本来偽名なら全部そうしたほうがいいんだけど···あぁもう、なんでこんなに違うかなぁ」

「違う?」

「俺がーーーと、いや。俺がもっと頭を回せば良かったなって話。想像してたのと違って···上手くいかねーなって、さ。じゃあ、これから名前を名乗る場合はアリシア・ヴェリアでどうかよろしく」

「はい。フィンにもアリシア、と呼んでもらうことにしますね。後は私が最初に名乗ってしまった門番の方は···」

「あいつにも話しておくから大丈夫。グレンにもそう伝えておくよ。実は今回早く帰れって言われたの、この名前の件もあってさ。最初に伝えるとき、ヴェリア嬢の名前を何て伝えたんだって聞かれて···ヴェリア嬢だって答えたら頭抱えてた。本当に俺はダメだな」

そう言って苦笑いする彼に、いつもの覇気は見られない。

「そんなことありません。ルードルフ様は沢山私を助けて下さっています」

「···そう、か?」

「王都で死んだことにされた私を助けて下さったのはルードルフ様です。貴女がいなければ、私は今ここにいられませんでした。だから、そんな風に言わないで下さい···」

「···」

「···ルードルフ様?」

「あ···いや。ヴェリア嬢がそんな風に思ってくれてるって知らなくて。ありがとな」

その1言と共に、ふっと彼の表情が緩んだ。

「カダの件だけど。あの後リーダーも見つけたし、もう心配する事はないと思う。あとは···言い訳じゃないけど、ここの土地から出ることはかなり難しいんだ。ここに来るまでの森を通る時も、正直命懸けだし。故郷へ帰省する時はリタイアする時と同時だ、なんて言われることもある。手紙配達人もいない、というかここまでこれないし。だから、王都の事情に詳しいのはそれこそ王都に住んでた新人ぐらいだ。まぁ、今はほとんど誰も来ないけどね」

「···あの森は、そんなに危険だったのですか?」 

「あ、ヴェリア嬢と来た御者の人はちゃんと森を抜けるまで送ってったから心配しないで!」

「良かった···ありがとうございます」

「心配をかけてすまない」

「いえ、ルードルフ様に謝っていただくことではありません。私が一方的にご迷惑をおかけしているのですから」

「んなこと···。迷惑って言ったら来たときは話が通じなくて牢屋だし、カダの件でもヴェリア嬢に迷惑をかけたし···もうここはお互い様ってことでどうかな?」

「お互い様···ですか」

「いや、俺は元々庶民だから貴族のうんぬんは全然分からないからあれなんだけど。こういう時庶民だとお互いに迷惑かけたんだからお互い様で気にしないことにしようってなりがち」

「···ふふ、素敵な考え方ですね。ルードルフ様がそう言って下さるのでしたら、ぜひそうさせてください」

私がそう言うと、ルードルフ様はなぜか少し驚いたような表情の後、ふいと目を反らした。なぜか少し目元が赤い気がするが、気のせいだろうか。

「あ···あぁ。じゃあ改めてよろしく、アリシア・ヴェリア嬢」

愛称と言われて思い出すものが昔に1度だけ呼ばれたアリシアという物しかなく、もしかしたら嫌だと思うかもしれないと今更思ったがーーー実際に呼ばれてみても、ただ懐かしい気持ちになるだけで。

(もう、過去の事だって割り切れているのね)

どうして殿下があの時、私の事をアリシアと呼んだのかは分からないままだけど。


「はい。よろしくお願いします」


今はもうきっと、考えなくても良いことなのだろう。なぜかそんなふうに思えた。

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