28.友達の作り方
私の思考は、コンコン、と言う扉をノックする音で引き上げられた。
(デルフィランズ様···!?)
書類を仕分けしていた手を止め、扉の方を振り返る。扉を開けて入ってきたのは、長い髪を後ろに1つに結び、書類を手に持った人物。身長は低めで、私より少し高いぐらいだろうか。ふわりと揺れた淡い緑の髪の先は、綺麗にくるりと巻かれている。ラズベリーのような瞳に、灰色のウラムケープを纏ったーーー。
(女、性?)
いや、ここに女性はいないとルードルフ様は話していた。だとすれば間違いなく男性なのだろうが、それにしても中性的な人だと思わず瞬きを繰り返す。もしかしたら、化粧のせいもあるのだろうか?
(綺麗な人···)
「あ、もしかして貴女がグレン隊長の婚約者のヴェリア嬢!?」
その人はパッ!と顔を喜びに染めると、柔らかな声で話しかけてきた。
「は、はい。アリス・ヴェリアと申します。失礼ですが、貴方は···?」
「あらやだ、ごめんなさい!私はフィン・キャロウェイよ。始めまして、私のことは気軽にフィンって呼んでね!アリスって言うのね、可愛い名前だわー!アリスちゃんって呼んでもいいかしら?」
「は、はい。お好きなようにお呼びください」
「あ、それ私の作ったウラムケープ!着てくれてるなんて嬉しいわ!好みが詳しく聞けなかったから、ルードルフ副隊長の話だけで作っちゃったけれど···白がよく似合ってるわね。灰色じゃなくて良かった!」
「もしかして、これを作ってくださった···?」
これをいただいた時、ルードルフ様がお話されていた人だろうか?
「そうよー、それ私が作ったの!どこか着づらい所とかないかしら?感想を直接聞いてなかったから不安だったのよね」
「はい、とても使いやすくて重宝させてもらってます。ありがとうございます、フィン様」
「そんな、様づけなんかしないでフィンって呼んで?そんな丁寧に呼ばれたことないから、なんだか自分が呼ばれた気がしないわ」
「そ、そう···ですか?ではフィンとお呼びしますね」
「ありがとう、アリスちゃん!無理ばっかり言ってごめんなさいね!」
にこっと微笑む顔は女性そのもので、なんだか落ち着かない気分になる。
(フィンは、どこの部隊に所属してるのかしら?)
ふとそんなことを疑問に感じた。討伐と言っても、全員が動いてしまえば、砦を守る人がいなくなってしまう。そこを敵に襲われたらひとたまりもないため、ある程度の兵力は残しておくはずだ。
「あの···フィンは、どこの部隊に所属しているのですか?昨日来たばかりで、まだ知らない事が多くて···すみません」
「そんな謝ることじゃないわ!私は服装と食事の係よ。あとは書類仕事とかの事務で働いてるわ。昔は兵士だったんだけど、大怪我しちゃって。まともに戦えなくなったから事務に移ったのよね」
「!す、すみません、話しづらい事を···」
「大丈夫よ、そんなの皆知ってることだから!あ、それより私、貴女の話を聞いてからずっと会ってみたいと思ってて!」
「私に、ですか?」
「ええ!アリスちゃんと友達になりたいなって!あ、勿論貴女が嫌じゃなければ、だけど···」
(友達···)
ーーーねぇ、アリス様?これからは仲良くしましょうね?
今までそう言って私に笑いかけてきた人は、私から何かしらの恩恵を受けたくて、そう言ってくる人しかいなかった。例えばそれはヴェリア家の後ろ盾だったり、殿下に近づく為だったり。他の令嬢を貶めるために近づいてきたり、私の護衛騎士に興味があった人もいた。
ーーーテオ様って、素敵な護衛騎士様ですわね。今度ゆっくりとお話させてもらえませんこと?
テオは毎回令嬢の機嫌を損ねないように上手く躱してくれていたが、いい気分ではなかっただろう。
昔は、少しだけだが友人と呼べる人がいた。だが、いつからか皆新しく周りに付いた人物にしか会えなくなり、気がつけば周りに友人と呼べる人はいなくなってしまったーーーたった一人、マリアナを除いて。
ーーーごめんなさい、アリス。もう私では、あなたと住む世界が違うのね。
元気でね。そう言って離れていった彼女は、一体何を脅されていたのだろうか?
マリアナも離れてしまうのだろうか、と思ったら途端に恐ろしくなった。たった一人だけ残った、昔からの友人。彼女まで離れていったら、私には友人と呼べる人がいなくなってしまう。だから大切にしていたのだ。昔からの友人だからと何か言動がおかしい、と違和感があっても目を瞑り、わざわざテオにも釘を刺して。
「だってだって、ここにはムサイ男しかいないのよ!私みたいなタイプ他にはいないし!私は女の子と可愛いお洋服の話とか恋のお話とかお菓子の話とかがしたいの!アリスちゃんは何の話が好きかしら?」
ーーーアリス様、見ました?あの服!あんな服を着ているなんて、まるで埃を被った化石のようだと思いませんこと?アンティーク、と言えば聞こえは良いですけどねぇ?くすくす。
お洋服の話なんて誰の洋服が流行りの形だとか、流行りの服を身にまとっていない人は埃を被った化石のようだ、とか。流行りのお菓子をまだ食べたことがない、というだけで弾かれた令嬢もいた。それは別の国からの数少ない輸入品で、王族ですら酷く手に入りずらい物だったというのにも関わらず。
「···好きな、話?」
「えぇ。何か興味があることとか、なんでもいいのよ?」
聞き慣れなくて、思わずオウム返しの反応になってしまったにも関わらず、優しく返してくれるフィン。
(···私は、何が好きだった?)
あの当時、話していたことは沢山あった。だが、どれもこれもーーー決して自分が好きな話は1つもなかったことに気がつく。
「あっ、もしグレン隊長との恋愛が上手く行ってないなら話聞くわよ!いっくらでも相談に乗るからね!伊達に野郎共の恋愛相談こなしてないわよ!」
「············。」
こんな風に何の裏もなく『仲良くなりたい』と話しかけてくれる人は、始めての事で。
(···今まで、私はロクなお友達がいなかったのね。残った1人も、マリアナだって本来は大切にするべきではなかったのにーーーあの頃の私は、気が付かなかった)
『たった一人残った、古くからの友人を失いたくない』と。もしかしたらあれすらも、彼女の思惑だったのだろうか?私がぼうっとしていたからか、フィンが何かに気がついた顔になって私の顔を覗き込んだ。
「···っ!わ、私ってばついいつもの調子で話しちゃったわ!ルードルフ副隊長にいつもマシンガントークするなって怒られてるのに!ご、ごめんなさいアリスちゃん!お願い!引かないで!!」
「···っ」
じわり、となぜか眼の前が少しだけ滲んだ。
「ア、アリスちゃん?···わ、私何か変な事言っちゃった!?ごめんなさい!泣かせたかった訳じゃーー」
慌てているフィンに誤解をされたくなくて、目元を軽く拭い、微笑みを浮かべた。
「···いえ、なんでもないです。誰かにお友達になりたいって言われたのが始めてだったから、嬉しくてーーどうしたらいいか分からなかっただけで。これからよろしくお願いします、フィン」
「な、なら良かった···私、男なのにこの口調じゃない?てっきり引かれたのかと」
「口調、ですか?」
言われてみれば、フィンは男性だ。だが最初の印象が女性だと勘違いしたせいもあってか、言われるまで気が付かなかった。
「でもフィンに似合ってますし、おかしくなんかないですよ」
「あ、アリスちゃん···!貴女は天使の化身か何かかしら!?」
「いえ、天使では···人間です」
「そのくらい優しいって事よー!」
(···私は昔のことを思い出しすぎね。昔ではなく今を見なくちゃ)
過去があるから今がある。そう考えると過去のことが頭にフラッシュバックするのは仕方がないことなのかもしれないけど。
ーカラン、カラン。
その時、どこからか澄んだ音が聞こえてきた。
「鐘···?」
「あら、討伐が終わったみたいね。今回は重症者はいないみたい、良かったわ」
「!討伐が···」
「戦闘の後処理とかそういうのもあるからね。敵によっては建物ごと壊すやつもいるから、補修箇所も出てくるし。まだグレン隊長と副隊長は戻ってこないかも」
「···そう、ですか」
「あぁ、そ、そんなに落ち込まないで···!何か約束でもあった?」
「···いえ、2人ともお怪我はないかと···私は戦闘に関して、知識しかありません。見たこともないですから、役に立てることはありません。···わかってるんです。でも、何もできないのが歯痒くて···」
「···アリスちゃん」
私にも、何かできることがあればいいのに。そう思うばかりで、何も思いつかない自分が嫌になる。
「ね、貴女は刺繍とかは好きかしら?」
「···刺繍、ですか?あまり上手ではありませんが、簡単なものなら」
「なら、一緒にお守りを作らない?」
「お守り?」
「ここの地域独特のものなんだけどね。着ているインナーにお守りとして名前の刺繍をするのよ。だからもし良かったらグレン隊長のインナーに刺繍してみない?」
(インナーに刺繍をして、お守りに?初めて聞いた話だわ)
「はい。やってみたいです」
「元々は、ドッグタグのかわりに始まったんだけどね。外側の服だと溶けることがあるから、ってことでインナーにするようになったの。今ではドッグタグというよりお守り扱いだけど。家族とか恋人に縫ってもらう人もいれば、私みたいに自分で刺繍をする人もいるわよ」
「フィンは自分で刺しているのですか?」
「刺繍は楽しいからねー!隊長も副隊長も戻ってくるには時間があるだろうし、良かったら昼食は一緒にいかが?アリスちゃんのことだから、2人が出て行ってから何も食べてないんでしょう。お腹空いてたらおかえりなさいって言う気力も無くなっちゃうわよ」
「え、なんで知って···」
「なんとなく、かしら?誰でも不安なことがあると食欲って落ちるものだからね」
でもだからこそ、ちゃんと食べないと待っている間に倒れちゃうのよ?そう言って明るく笑うフィンは、やはり女性にしか見えなかった。




