26.苦い過去と今
「···なぁ、グレン」
「なんだ?」
「ヴェリア嬢の事なんだが。···やっぱり婚約者ってのは納得できない、か?」
隣を走るグレンに、俺はおっかなびっくりそう尋ねてみる。
正直最初は上手くいくと思っていたのだ。『そういうものだ』と思っていたから。だがグレンの対応が余りにも『当たり前』な対応だった為に、これは不味いと後悔し始めていた。なにせ俺は、『グレンがヴェリア嬢に一目惚れする』と思っていたのだ。グレンも幸せになれるなら、それに越したことはないと。
(そりゃそうだよな···そういうものも何も、普通に考えたらそんな上手くいく訳がねーんだ。なんでそんな簡単なことも忘れてたかな、俺は)
情報に引っ張られすぎだ。自分自身に嫌気が差しつつ、小さく溜息をついた。
「いや、それほどでもない。正直、俺に婚約者がいようがいまいが、対して今までと変わらないからな」
「······そうか」
「?そうも何もーお前はヴェリア嬢を助けたかったからこうしたんだろう?別に俺はヴェリア嬢の事をどうも思ってないし、お前にとっては別に悪い事じゃないだろ?」
「···そう、だけど。彼女には幸せになってほしいんだ」
「······。ルードルフ。」
そんな言葉を言ったら、グレンからまじまじと紫の目を丸くして見られてしまった。その視線はなんだか酷く居心地が悪い。
「あ?な、なんだよ」
「今からでも遅くない。やはり婚約者をお前に変えたら良いんじゃないか?」
「だから違うわーー!!そういう類の思いじゃないんだよこれ!分かってもらえないだろうけどさ!」
「なんだ。ようやくおまえにもそういう人ができたのかと思ったのに」
そう言って楽しそうに笑うグレンに、背中に提げていたボウガンを撃ってやろうかと手を伸ばしつつ、噛みつくように応戦する。
「それにしてもルードルフ、ヴェリア嬢に何か思い入れでもあるのか?お前のそういう昔話はあまり聞いたことがないから、気になるな」
「え?あ、いや···前も言ったと思うけど、本当に一方的な知り合いなんだ。だいぶ前の話になるけど、俺がまだ小さかった頃にヴェリア家の奥方にかなり世話になってな。時折手紙を交換してた時期もある。そんな人が結婚して、子供が産まれたって話は聞いてたけど、忙しくて会いに行ったことはなかった。それで、10年ぐらい前かな?俺が城に行く用事があって、その時に会ったんだ。まだヴェリア嬢は12才ぐらいだったはずだから小さかったけど、このまま育ったら奥方に似てめちゃくちゃ綺麗になるんだろうなって既に分かるような顔立ちでさ。思い入れってのもなんか違うけど、すげー印象に残ってて。あとは恩人の娘さんだからってのはあるな」
「話したことはないのか?」
「いや、ない。だからあれだ、妹を見守る兄みたいな目線、つーか···単純に心配なんだよ。王都でクソみたいな殿下に浮気されて、婚約破棄されて、挙げ句罪まで擦り付けられた上に死んだことにされて。もしも王都に戻ったら、今度こそ殺されるだろう。ただでさえそんな状況なのに、あの様子見てる限りでは、婚約破棄されるまでに死ぬよりも辛い目にあってきたんじゃないかって···ヴェリア嬢はなんでも無い風に話してたけど、自分から海に飛び込むなんてよほどの事がなきゃありえねーよ」
ふと、グレンがその言葉に前を向いて軽く白い息を吐くと口調を改めて話し始めた。
「···死ぬよりも辛い目に合ってきた、か。確かにあの自己肯定感の低さや、見ていて心配になるような根の詰め方をしているのがどうにも気に掛かる。ヴェリア嬢は今まで、一度も褒められたことがないのかと疑問に思うほどには」
まるで自分なんてなんの価値も無いと言わんばかりの自己肯定感の低さに、何でも1人でやらなくてはいけない、誰にも頼ってはいけないと言わんばかりの用意周到さ。本当なら王都で酷い目にあって、こんなところにたった1人で来て、泣きたいぐらい心細いだろうに。
(···本当なら、良い王妃になれただろうな)
国民の事を知り、慈しみ。自分が救い上げられる所は余すところなく救い上げる、そんな優しい王妃になれただろう。本来そんな風にあったはずの未来は、裏切りによって永遠に無くなってしまったけれど。
「グレンも随分と気にかけてたよな。無理するなって言われても、ヴェリア嬢にはあれが普通になってるから意味が分かってなさそうだったけど」
「···そうだな、流石に俺の言葉足らずだったか。彼女はもう少し、自分を大切にする事を覚えたほうが良い。あのままでは酷く生き辛そうだ」
「『生き辛い』か。まだ少ししかヴェリア嬢と話してないのに、よく分かるな」
「今まで何十年と色々な部下を見てきたからな。洞察力も上がったんだ」
(まぁ、ここに来た当時は結構荒れてたからなぁ···。かなり久しぶりの女性相手だけど優しく対応できてるというか。驚いた)
「グレン···成長したなぁ」
思わずしみじみとした口調に、グレンが何とも言えない顔になっていた。傍から見ればヴェリア嬢に優しくしているようにも見えるかもしれないが、悩んでいる部下に対する扱いとなんら変わらない。だが、きっと今はそれで良いのだろう。
「成長って···一応お前よりも年上なんだが」
「いや、女性相手にあそこまで丸くなるとは思わなかったって話だよ。昔の荒れてた時代を知ってる自分からしてみればかなり成長してる」
「···ヴェリア嬢はいつだかの女のように『分かりやすい行動』はしないから接しやすいんだ。···ルードルフも覚えているだろうが···あれは酷かった。思い出したくもない」
吐き出すように言われた言葉には、酷く実感がこもっていた。あの頃、グレンはまだ20才になったばかり。まぁわかりやすく言えば、グレンは『見目麗しい』男だった。黒髪に黒味がかった紫の目。40になったにも関わらず今でも十分に30代前半だと言っても通用しそうな見た目。本人は衰えたとよく言ってるが、むしろ剣の腕前は洗礼されてきている。
昔、グレンがここに来たばかりの頃は女性も働いていた。だがあの腐った王族が真面目に働く女性をこんな危険な僻地に送りたがる訳もなく。
結果、ここに飛ばされた女性達は、真面目に働くものとは正反対の過去に修道院送りにされる事をしでかしたとんでもない令嬢や、女達だった。当然男がいなかった環境からこんな男性だらけの場所へと飛ばされたら、向かうところは1つ。こぞってグレンに見初められようと様々な手段をとった。初めは贈り物などのマシなものだったが段々と直接的なものになりーー媚薬を盛ったり寝室に潜り込む者もでてきたのだ。ちなみに俺のところに来た奴は片っ端からボウガンで脅したのが効いたのか、早々に誰も来なくなった。本当なら全員を魔物の群れに放り込んでやりたかったが、一応国からここに働きに出てきている体の奴らなのだ、流石に全員魔物の餌になりましたという言い訳をする訳にもいかない。グレンも適当にあしらっていたが、もはや休憩する時間すらとれなくなり、ーーー戦場で戦っている最中にぶっ倒れた。あの時は本当に死んだのではないかと思った。二度とあんな思いはしたくない。
その結果、女性は全員解雇され国に送り返し、二度と女性は雇わない事になった。今回ヴェリア嬢に侍女がつけられなかったのも、その事件があったからである。
グレンは女性不信になっていても仕方がないような環境で過ごしていたのだが、思ったよりもヴェリア嬢に対しては柔らかい態度をとっていた。最初の殺気や地下牢に入れておいたのはこの際目を瞑ろう。あれはグレンというよりも俺が悪かったのだ。
「あれは本当に酷かったからな···すまん、嫌なこと思い出させた」
「そろそろ口を閉じろ。着くぞ」
「あいよ!」
「ボウガン隊、猟銃隊揃いましたっ!」
「ポイズンハーピー、12時方向より10匹!少し遅れて2時方向より10匹!後方にはアイスバードリアも12匹ほど見られます!前隊がこちらに着くまで、距離3700!」
ずらりと並んだそれぞれの隊に、観測隊が大声で声を張り上げる。その声に答えるように、俺は大声で叫んだ。
「相手はハーピー亜種、ポイズンハーピー20匹、アイスバードリア12匹だ!顔面に銃を放ち、下へ引きずり下ろせ!乱戦になるが我等が切込み総統を射抜くなよ!アイスバードリアの氷柱は火矢で相殺するように!気を引き締めてかかれ!」
「はっ!!」
ーーーさぁ、討伐の時間だ。




