24.ポイズンハーピー
その時、コンと一回ノックが鳴った。その音に扉の方を振り返ると、ルードルフ様が扉を開けて入ってくるところだった。
「グレン、ヴェリア嬢。···っておお?グレン、完食したのか!」
そう言って少し驚きながら、ルードルフ様がデルフィランズ様に話しかける。書類に埋もれた机の上に乗っているお皿をトレーに乗せ、私は片付けを始めた。
「あぁ。ルードルフ、これからの予定は?」
「俺は今からヴェリア嬢にここを案内する予定だけど。今ん所は奴さんの動きもないみたいだし」
「そうか」
片付けの際、ふと見えた書類の内容が目に入る。
(···内容がバラバラだわ。もしかしてこの書類、仕分けされていないのかしら)
財政の内容から手紙のようなもの、申請書や報告書まで様々な内容が見受けられた。王都にいた際に私もこういった書類仕事をしていたが、当然だが内容によって期限や必要度合いが変わってくるため、仕分けられていないとかなり効率が悪くなるのである。
(···昔は殿下の書類整理もしてたわ。結局、仕分けられるならやれるだろうと言われて私がしていたものもあったっけ)
殿下の仕事に妃教育に。眠る暇も無かったあの時、私はどうやって息をしていたのだろう?
ふと不思議に感じ、時折仕事中や勉強中に一瞬記憶が飛ぶ事があったと思い出す。それこそ、立ったまま気を失いそうになったや、食事をとりながら意識が飛ぶこともあった。その都度先生に叱られていて、自分が悪いのだと思っていたがきっとあの頃は常に睡眠不足だったのだろう、と今になってぼんやりと考える。
(···デルフィランズ様は、休めているのかしら)
「グレンも来るか?」
「説明に2人もいらないだろう。書類も溜まってるしな」
書類を手に取り、内容を確認してから判子を押す。返信がいるもの、判子が必要などがバラバラに置かれているために手間取っているようにも見えた。
「了解。俺も説明が終わったら後で書類整理にくるよ」
そう言ったルードルフ様に、私も手伝うことはできないだろうかと思いつく。
「···あの、デルフィランズ様」
「どうした?」
迷惑だろうか。嫌がられてしまうだろうか、と不安な気持ちに駆られながらも私は言葉を紡いだ。
「ここの書類、もし良かったらルードルフ様と一緒に私も仕分けの手伝いをさせていただいてもよろしいでしょうか?もちろん、内容は絶対に他言致しません。仕分けるために必要最低限しか見ないと誓いますので」
「それは···ありがたい申し出だが」
「マジか!量が多すぎて俺一人じゃ捌けないんだよな···もちろん見られて困るようなやつは全部俺がやるから、案内終わったあと少し手伝ってもらってもいいか?」
「勿論です」
「···ヴェリア嬢」
ふいに名前を呼ばれる。その声につられて顔を上げると、アメジストの瞳と目があった。その目を真っ直ぐに見つめ返しながら、私は返事を返す。
「はい、なんでしょうか」
「あまり無理はするな」
「···。」
私は、無理をしているように見えるのだろうか?
王都と違って常に誰かに見張られているわけでもなく。失敗をしても叱られるわけでもなく。何かを、強要されているわでもない。
だから私は無理をしているのではなく、始めて好きに過ごしていいと言われ、何かしなければいけないと焦る余りーーどうしていいか分からなくなっているだけ。
「···いえ。私は無理などしていませんよ。ご心配、ありがとうございます」
「だが、」
デルフィランズ様が何かを言いかけた時。カンカンカン!と大きな鐘の音が響き、バタバタと廊下を走る音が聞こえてきた。その音に、彼ら2人がドアの方を一斉に見る。すぐにバタン、とそのドアが開いた。
「失礼します!見張り台より西区画から敵襲ありと報告あり!」
「数は?」
「20匹程度の小部隊です!ポイズンハーピーの群れのようです!」
「ポイズンハーピーか。前衛の撹乱は俺が出るからルードルフは後ろから援護しろ」
「了解、グレンも気をつけろよ!ボウガン隊、猟銃隊に連絡。今すぐ西区画に集まるように!」
「はい!」
目まぐるしく動く現場に、私は思わず息を呑む。
(デルフィランズ様と、ルードルフ様が直接赴くの?)
てっきりデルフィランズ様は指揮をとるのだと思っていた。まさか直接撹乱する役目だなんて。
ポイズンハーピーは、通常のハーピーの亜種の魔物だ。上半身は美しい女性のような見た目をしていて、腕は翼になっている。足は大鷲のようになっており、爪で人間を捉え、空中で離し落下死させてからその遺体を巣に運び食べるのだと聞いた。
(ポイズンハーピーは爪に毒を持っていて、掴まれた時点で死んでしまう場合もあるって···もし生きていても、毒が残った部分は体が腐り落ちるとも聞いたことがあるわ)
そんな魔物が群れを成して、20匹もやってくるなんてとても現実の事だとは思えなくて。1度だけ、通常種のハーピー1体が王都に来るまでの道中の山に住み着いたことがあった。そのたった1体だけで、討伐されるまで何人もの旅人が亡くなり、行方不明になった事件が思い返された。
そのハーピーはどうやら死にかけだった子供のハーピーが、動物によって食料として運ばれ、逆に動物を食らって徐々に育ったものだと結論付けられたが。
(···それでも、デルフィランズ様を酷評する声もあった)
遺体が無惨にも食い荒らされていたためにハーピーの仕業だろうと言うことになり、場所を特定して作戦を練り、罠を仕掛け弱らせた上で魔物に特化した騎士達で討伐隊が組まれた。
(それでも討伐隊の方が、5人も亡くなったわ)
帰ってきた物言わぬ彼らを見て、私は息ができなくなったのを今でも覚えている。
「っ······」
上に立つものは、たとえ自分の作戦の上で誰かが亡くなったとしても感情を動かしてはならない。必要な犠牲だったと思うまでに留まれと。そんなことで一々感情を動かしていたら、すぐに心が壊れてしまうからだ。そう頭では分かっていたのに、実際に経験するのは全く違っていて。いってきます、と言った彼等が冷たくなって帰って来た事を思い出し、ドクリと心臓が音を立てる。
『5人か。ハーピー1体相手に随分と死んだな』
物言わぬ彼らの遺体の前で、まるで吐き捨てるように。
『しかし今度はもう少し少ない犠牲でなんとかしてほしい所だな。装備や遠征費だってタダじゃないんだ』
ーーーそう、殿下が呟いた事。
この人たちは魔物討伐のプロだ。それは分かっているが、だからと言って怪我をしたりすることが避けられるわけじゃない。今まで会話をしていた人が、笑っていた人が、明日も生きている保証なんてーーーどこにもないのだ。
「···ヴェリア嬢?」
「!す、すみません。突然のことに頭がついていかずーーー」
「いや、当然だろう。魔物など君にとっては非日常なのだから」
『非日常』という言葉に、この人たちにとってはそれが日常なのだと強く思わされた。
「ヴェリア嬢、案内する予定だったけどちょっと無理そうだ。帰ってきてから案内させてくれ!」
私の心配など必要ないと言わんばかりに、明るい声でそう話しかけてくれるルードルフ様。
「すぐに帰る。案内もしていないのに申し訳ないが、部屋で休むなり好きに過ごしてくれ」
どこか心配そうに、そう私に告げるデルフィランズ様。
こんな時にも関わらず、戦力どころかただのお荷物でしかない私にも気遣ってくれる2人に対して、私は何もできない。きっと今だって、私がいなければ2人は既に魔物の元へと駆けつけているはずなのに。
「···どうか、二人共気を付けて下さい。ーーーお2人と隊皆様のご武運を、お祈りいたします」
そんな2人が、他の隊の方がどうか皆無事に帰ってくるようにとーーー私は願いを込めて、ゆっくりと頭を下げたのだった。




