22.賑やかな食事
3階、2階と階段を降りていくと、下の方から段々と賑やかな声が聞こえてくる。
(今日はルードルフ様が砦の中を案内してくれると言っていたけど···デルフィランズ様もいらっしゃるかしら)
デルフィランズ様はここにいていい、と言ってくださった。なら、私もデルフィランズ様に対して何かお返ししなくてはいけない。
婚約者という形でいるのであればデルフィランズ様と何かしらの交流をしたいところだが、とてもお忙しい方だ。ここにいる方が珍しいと言われてしまえば、わずかな休息の間に私と会うなどーーーデルフィランズ様にとっては負担にしかならないだろう。
(何か私にできることはないかしら)
お仕事でもいい。お料理でもいい。デルフィランズ様に何か少しでも、返せるならば。
そんなことを考えながら最後の1段を降り、開かれた食堂の扉へと向かおうとすると、食堂へとむかっていたであろう何人もの男性の方がこちらを見て固まっていた。
(あ、そうよね。ここは女性がいないって話だったもの。まずはご挨拶しなくては)
「おはようございます」
そう告げて、彼らにカーテシーを行う。なんだかますます男性たちが固まった気がするが、気のせいだろうか。
(もしかしてこちらにはこちらの挨拶があったりするのかしら。聞いたことはないけれど、私が知らないだけかもしれない。失礼に当たるかもしれないし、あとで聞いてみないと)
ここで立ち止まっていても失礼だと思い、彼らに声をかける。
「あの···?」
「あっ、いえっ!!!なんでもありません!!おはようございます!!ヴェリア姫様!!」
···今、なんだかとても聞き慣れない敬称を聞いた気がする。
「姫?あの、私は王家の者ではありませんし、姫ではありません。ヴェリア家より、デルフィランズ様の婚約者として参りました」
「し、失礼いたしました!!食堂へ行かれるのですよねっ!?王都はレディーファーストですよね!どうぞお先にお行きください!!」
「ありがとうございます」
そんな会話をしながら、開かれた食堂の扉へと向かう。
中に入ると既にたくさんの人が食事を楽しんでいたのだが、私が中へ入るとざわりと空気が変わる。
「···?」
やはり、ここでは女性だということで浮いてしまっているのかもしれない。先程も姫と呼ばれてしまったし、私が王族のような身分なのだと何かしらの誤解がある可能性がある。そのことで他の人に迷惑をかけているのなると、食事時間終わりにくるか、自分で作ったほうが良いのかもしれないと思いながらも、前に並んでいた人と同じようにトレーを手に取った。先を見ると、色とりどりの美味しそうな料理が並んでいた。見たことのない料理も多く、何を食べようか悩んでしまう。
(なるほど、手前のトングで取るのね。パンの横にある、あの白くて三角の形をした食べ物は何かしら?何か黒いもので巻かれてる···お米に見えるけど···?それにしても、やっぱり皆さんは沢山食べるのだわ)
前の人が取っている料理の多さに驚きながらも、何を食べようかと思案する。しかし立ち止まっていては後ろの人に失礼なので、とりあえず目についたものを1つずつお皿に持っていくことにした。料理に名前が書かれているわけではないので何かまでは分からないが、どれもとても美味しそうだ。コルセットがない服を着ているおかげか、なんだかいつもよりもお腹に入りそうな気がする。
(これと、あとあれも食べてみたい。でもこんなにとってしまって、食べきれるかしら···)
お腹の事を少々心配しつつも、アリスはちょこちょこと料理をお皿の上に盛り付けていく。周りのお皿と比べてとても彩りよく、バランスも良い。気が付かないのは本人ばかりである。
(あ、あれも美味しそう。···ううん、でもきっとお腹に入らないし、止めておきましょう。残してしまったら作ってくださった方に申し訳ないもの)
料理を取り終わり、アリスはトレーを持ったまま軽く辺りを見渡した。
どこか邪魔にならなさそうな席はあるだろうか、と探して隅っこの方に一つだけ空きがあった席に座る。
温かいご飯に、賑やかな食事の席。誰を待つでもなく、食事が運ばれて来るわけではなく、好きなものを好きなだけ盛り付けて食べる。皆が皆各自で好きなように食事をするその光景は王都にいた頃では考えられないような状況だが、アリスの頬は自然と綻んだ。
「温かな食事の恵みと食材全ての命に感謝を。いただきます」
手を合わせ神に祈り、スプーンを手にしてから食事に手を付ける。ポテトグラタンにトマトサラダ、ブラウンシチューに、これはパイ。中身は何が入っているのだろうか?
(中身は···トマトの煮込みかな。酸味があって美味しい。あとこのスープ、すごく美味しいけど何の調味料を使ったらこんなに深みが出るのかしら?王都では飲んだことのない味だわ···)
1つ1つの食事に舌鼓を打ちながら食べ進めていると、向かいの席に誰かが座る。少し硬そうな灰色の髪に、明るいオレンジの瞳。ルードルフ様だった。
「おはよう、ヴェリア嬢。何か困った事はなかったか?」
「おはようございます、ルードルフ様。困ったこと···あの、皆様には私のことはなんと説明しているのでしょうか?先程食堂に入る前にヴェリア姫と呼ばれたので私は王家の者ではなくデルフィランズ様の婚約者です、と訂正させて頂いたのですが···。もしかして婚約者と言うのもいけないことでしたでしょうか?」
「······」
「ルードルフ様?」
「なんで姫なんだ···散々説明した俺の話を聞いてなかったのか···」
どこか遠い目をしながらそう呟くルードルフ様にいつもの覇気がない。
どうやら説明はしたが、他の皆さんが勘違いしているだけのようだ。
「···あぁ、すまん。その説明で大丈夫だ。ヴェリア嬢はグレンの婚約者だって事を朝の鍛錬の前に話したはずなんだが、何がどうして姫になったんだか···午後の訓練の時にもう一回話しておくよ。ところで食事の味は濃くねーか?無理して食わなくてもいいからな」
そういって彼が置いたトレーの上の皿には、山のような量のご飯が置かれている。なんというかそれは、いろんなものを盛りすぎて一体何が持ってあるのかよく分からないレベルで盛られていた。左端に芸術的なまでに積み上げられているのはウィンナーだろうか?すごいと素直に関心しつつ、率直な感想を話す。
「いえ、どれもこれも美味しそうで何を食べようか目移りしてしまいました。それにしてもルードルフ様はたくさんお食べになるのですね。すごいです···」
「まぁ、朝の鍛錬が終わったあとだから腹が減るんだよな···ヴェリア嬢はそれだけで足りるのか?」
「えぇ、これで十分です」
確かにルードルフ様と比べたらもはやほとんど乗ってないとしか言えない量しか乗っていないが、すでにお腹は半分ほど満たされている。私はスープカップを手に取ると、ふと前程の疑問を思い出して口にした。
「あの、ルードルフ様。このスープは何の調味料を使っているのでしょう?王都では出てきたことのない味なのですが、とても美味しくて。なにか珍しい調味料なのでしょうか?」
「あぁ、それ?大豆を発酵させたもの···味噌って呼ばれる物を使ってて、味噌を溶かしたスープだから名前もそのまま味噌スープっていうんだけど、語呂が悪いから俺は味噌汁って呼んでる。ちなみに味噌汁に米ぶち込んでも食ってもリゾットみたいで上手い。あとはこれにニンニクと生姜と唐辛子を入れたスープもかなりうまいんだぜ?」
「これにニンニクと生姜と唐辛子を入れるのですか?」
「そそ。かなりスパイシーなスープになるんだけど、これが上手いのよ。出てきたら飲んでみて」
「ふふ、楽しみにしておきます。あの、デルフィランズ様はお食事は···」
「あぁ、アイツなら書類仕事してるよ。溜まった分はなんとかしないといけないとかアホな事言ってたから。俺が何を言っても聞きやしねぇ」
「···やはり、お忙しいのですよね。婚約者として何かお手伝いできればと思ったのですが、何かできることはあるでしょうか」
「手伝いか···あ、それならヴェリア嬢からもせめて飯を食ってから仕事をしろと言ってやってくれないか?遠征での飯は普通に食うんだが、たまに砦に帰ってくると書類にかかりきりになるんだ。睡眠だけはとるんだけど···飯がなぁ。俺が飯持っていっても、結局食わない事の方が多くてさ」
ご飯を食べるように声をかける。今までしたことがないが、どのように声をかけたらいいだろうと思案する。持っていっても食べないということは、何かしらの理由がありそうだ。単純に持ってきてもらったご飯の好みが違う?ルードルフ様に限ってそれはない気がする。食事が食べにくい?それともーーー。
「あの、いつもルードルフ様は何を持っていってるのでしょうか?」
「え?えーと、色々試したな。おにぎりとか今食べてるやつみたいなのとか。麺類とかパン類も試したことあるよ」
「おにぎり、というのは?」
聞き慣れない単語に疑問が湧き、聞き返してしまう。ルードルフ様はそれだよ、と私のお皿を指差した。
そこの先にあったのは、先程のお米が三角になって黒いものが巻かれた食べ物。丸い形のものもあり、何が違うのか分からなかったため手前にあった三角の方を取ったのだが、どうやらこれが『おにぎり』という食べ物らしい。
「これが···。何の食べ物なのか分からなくて試しに取ってみたのですが。パンの横に置いてあったということは主食のかわりになるものなのでしょうか?」
「うん、そう。ちなみにグレンが食べたものはおにぎりとか、パンかな?おかずに手を付けたのは見たことがないな」
「そうですか」
主食には手をつける。しかしおかずには手を付けないとなると、もしかしたら仕事の片手間に手を汚さずに食べられる物を好むのかもしれない。
「おにぎりは、何か中に入っているのでしょうか?」
「この三角は塩むすびだから何も入ってない。丸い方は塩なしだから各自で好きなもん突っ込んで食べる用になってる」
「なるほど…他におむすびの中身の種類はあるのでしょうか?」
「いや、ないなぁ。俺は何でも合うから勝手にソーセージとか突っ込んで食べてるけどね。焼いた魚ほぐしたやつとか絶対に合うと思うけど、調理場の奴らもそこまで手が回らないから各自で好きなもんを上に乗せて食べてるんだ。俺は絶対に中に入っていた方が上手いと思うけどね」
「なるべく料理している人の苦労を減らすようにされているのですね。デルフィランズ様の好みのおかずはどんなものでしょう?味付けとかでも良いのですが···」
「アイツは辛いものを好むな。おかずならホットクレバーとか」
「辛いものがお好きなのですね」
ホットクレバー。この国の伝統的な料理で、塊の肉にスパイスを効かせて一晩寝かせ、レア程度に焼き上げた食べ物で、食感はローストビーフに近い。ソースは甘辛いものが多いが、地域によっては辛さを重視しているところもあったはずだ。
(なら、それを細かく切ってソースを絡めたものをおにぎりの中にいれたり、パンに挟んでサンドウィッチやホットサンドにしたら食べてもらえるかもしれない。バランスを考えるなら野菜はサンドウィッチに挟んでもいいかも)
食事は体を作る基礎となる大切な物。とても疎かにしては良いとは思えないものだった。
「ルードルフ様、今日は私がデルフィランズ様にお食事をお持ちしてもよろしいでしょうか」
「あぁ、勿論!」
「あと···」
「うん?」
「おにぎりの作り方を教えていただいても?」
おにぎり?と不思議そうに首を傾げた彼に、私ははい、と答えたのだった。




