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奪われた冠  作者: 彩雅
21/98

21.騎士の執着

甘ったるい日々。それは留まることなく、愛し愛され、いつだって殿下に溺れていく。今日も今日とて美しいそのビスクドールのような横顔に見入っていると、その彼がふとこちらを見て優しく微笑んだ。

「うん?どうしたの、マリアナ」

「ルーカス様。あの、聞きたい事があるのですがよろしいでしょうか?」

「もちろん。何の話かな?」

「私の護衛騎士のお話なのですが···」

「あぁ、護衛騎士か。そうだね。君は僕の后になる人だ。大切に守らせてもらうよ」

「ふふ、ありがとうございます。その、どのような人が護衛騎士になるのかと思いまして···少し、気になりましたの」

あの女には、殿下の婚約者だということで何人かの護衛騎士がついていた。その中の1人が、このゲームの恋愛対象である炎のような赤い髪にどこか獰猛な金色の目をしたテオ・ランカステルだった。

(ルーカス様がもちろん顔も声も性格も良くてダントツの推しだったけど、テオのストーリーもかなり良かったのよねぇ。ビジュアルも好みだし。弟の腹黒病弱殿下とか、シリル先生は好みじゃなかったけど。まぁ2人とも、顔は最高にいいんだけどね。病み属性はちょっと)

さすが美形だらけの乙女ゲームだ。モブは顔が書かれていないキャラもいたので、実際に見るとこんな顔してたんだ?と思うようなキャラクターが多かったけれど、マリアナの記憶があるせいか不思議と困ることはなかった。

(このゲームの立ち絵は勿論だけどスチル!本当にどれも最高だったわ···あの女が隣に立っているのが嫌で仕方がなかったけれどね)

この会社が出しているゲームは人気タイトルだと続編やファンディスクはもちろん、完全版が出るパターンが王道だった。だから、このゲームも期待していたのに。

(私ったら、やる前に死んじゃうんだもの。信じられないわ。ぜんぶあの運転手が悪いのよ!)

「マリアナ?」

声がかかると同時に、視界が彼に占拠される。あぁ、この人は今日もなんて素敵なんだろう。

「あ、す、すみません。少しぼーっとしてしまいました」

「大丈夫かい?ところでマリアナの護衛騎士の話だけれど、君には誰か推薦がいたりするのかな?」

「推薦ですか?」

わざとキョトンとした顔を作って小首を傾げながら、頭の中で考える。もし可能なら、テオを私の護衛騎士にしたいところだ。だがそれはきっと難しいだろう。なぜならこの世界のテオは私の事を好いている感じはせず、どちらかといえば嫌われていると感じたからだった。

(でも嫌われているとなると、手元に置いておかないと余計不安になるのよね···)

あの喧嘩っ早く忠誠心の高いテオだ、EDの中にはアリスが殺されて復讐に走るものもあった。『あなたの仇をとりました、アリス様。分かっていたんです。こんなことをしても、なんの慰めにもならないと。ですから、どうかーーーそっちに行ったらいつもみたいに叱ってください』そう言って石碑の前で自らの命を立つというーーー。

その時の声色を思い出し、思わず身震いしそうになる。この世界のテオとあのアリスの関係がどんなものだったかは知らないが、そもそもテオルートを選択すると後々にわかることだが、確か一目惚れという設定だったはずだ。

(ルーカス様のルートとはいえ、実際のところアリスがどんな好感度のバラマキをしていたかなんてわかったもんじゃない。もしかするとルーカス様のイベントが中途半端だったのも、他の対象者のイベントを起こしていた可能性もある。本来ならこのゲームは1度ルートに入ってしまえば他のルートには入れないようになってはいたけど···)

ここは私が遊ぶことのできなかった隠しルート。もしも他の対象者のゲージも必要だったとすれば、一歩間違えればこちらが殺されかねない。

うかつに他の対象者の名前を出していいものだろうか。

そんな事を思いながらも、私は誘惑に負けてその名を口にした。

「···テオ・ランカステル···」

そう言葉を出した瞬間、サファイアのような青い瞳がこちらを見る。ぞくりとするほど、それはなぜか冷たい瞳だった。

(え···な、に?)

「ルーカス、様?」

「あ、あぁいやすまない。少し嫉妬してしまったんだ。僕以外にも誰か興味があるのではないかと」

ぶわり、と背中から汗が吹き出す。これは駄目だと本能的に悟った。

(他の人と浮気したいなんて微塵も思わないけど、名前を出しただけでこれなの!?迂闊に言わないように気を付けないと···と、とにかく、怯えている雰囲気を出しておけばいいわよね?)

「そ、そんなわけないです!私はルーカス様一筋ですわ!ただあの、テオ・ランカステルはどうなったのかと思っただけですの。アリスの護衛騎士でもありましたし、アリスも信頼していたようでしたので···その···もしも恨まれていたら、殺されしまわないかと···」

「あぁ、それでか。そうだね、疑ってごめん。テオか···確かにアイツはアリスに対して入れ込んでいる節はあったからな。いくつか報告も上がっているし、処分したいところだが···さすがにランカステル家の次男を処理するわけにはいかないか。マリアナはどうしたい?」

「あの···ルーカス様が嫌でなければ、護衛騎士にしてもらったほうが安心します。もしも野放しにして、何か企んでいたとしたら···そんなことを考えてしまったら、そちらのほうが怖いのです」

「それも一理あるね。そうだな···怖いかもしれないけど、マリアナがそれで良いのなら、もし妙な真似をすれば事故に見せかけて殺すように命令しておくから。それでいいかな?」

「わ、わかりましたわ」

攻略対象者が死ぬ。そんなことが本当にありえるのだろうか?その事実になんだか少し胸がざわりとしたが、それを無視して私は別のことを考えた。

(でもこれで、テオに会える)

ゲームの中で自身が2番目に好きだったキャラクターに会えるというのは、なんとも心弾む出来事だ。それに、私の護衛騎士だなんて。

(でも、油断は禁物ね。さっき名前を出しただけで彼は不機嫌になったもの。慎重にいかないと)

そうは思うものの、私の顔には歪んだ笑みが浮かんでいた。

あぁ、私は強請れば何でも手に入るのね。

とっても幸せだわ。

好きな人が、私のためだけに動いてくれる。私を安心させてくれる言葉をくれる。その事実はどこまでも甘い砂糖菓子のようで、マリアナは恍惚とした表情のまま、その珊瑚のような目を閉じたのだった。


ーーーアリス様が、死んだ?


「···テオ、気持ちは分かるが」

落ち着け、と言いたいのだろうか。

何をどうしたら落ち着いていられるものか。

主が、たった1人の守りたかった人が。死んだ、なんてふざけた話を聞かされたのに。

「嘘だ」

「嘘じゃない。そうお達しがあった。次の仕事はマリアナ・リーディアスの護衛だとよ」

「っ···!」

マリアナ・リーディアス。アリス様は友人だと言っていたが、あの女のどこが友人だというのか。あの薄汚い女はアリス様に擦り寄り、友人などと思わせておいて裏では殿下と恋仲になっていた。殿下を手玉に取ろうとしてアリス様のありえない話を吹き込み、アリス様を嫌うように、さらに憎むように仕向けたあの女が友人なわけがない。

元から殿下はアリス様に対して関心もなく、むしろ忌み嫌っているような素振りを見せていた。それはどんどん悪化していき、最近は彼女が寝る間も惜しんで上げた仕事の成果をいとも簡単に横取りし、それを当たり前とするような言動ばかりを繰り返しており、いつからそんなことが日常と化していたのかはもう思い出せない。

何度もアリス様を守ろうとした。だが、それは守ろうとした彼女自身からその都度優しく咎められてばかりだった。ギリ、と奥歯を噛み砕きそうなほどに噛む。俺にもっと力が、彼女からの信頼があればアリス様を守れたのではないか?


ーーーマリアナは隙あらばアリス様の立場を乗っ取ろうとしている、ただの悪魔じゃないか。


ずっとそう思っていたのに、俺は最後までアリス様に進言することができなかった。

あの女の事を悪く言おうものなら、どこか悲しげな顔をして『そんなことを言わないでほしい。大切な人が悪く言われるのは悲しい』と。

だが、現実はどうだ。

アリス様はあの女を毒殺しようとしたなどとありもしない疑いをかけられ、挙げ句あの女を突き落とそうとして誤って海に落ちて死んだなどと言う汚名を着せられて。あんなにも国のために死力を尽くして努力していた人が、なぜあんな目に合わされなければいけないのだ。

あの女は、どこまでアリス様を侮辱すれば気が済むのか。 

それに俺は、アリス様の護衛騎士でありながら彼女を守れなかったただの役立たずだ。その当てつけのように、今度はその女を守れだと?


「いい加減にしろよ···!」


「···テオ」

彼女を守りたかった。

それだけは揺るがない信念のはずだったのにーーーその信念を、根本的な所から崩されて。

憎い。あの悪魔のような女が、彼女をまるで物のように扱った男が。

(殺してやる)

あの女も、あの男も。だが、今はきっとその時ではない。憎しみに目を曇らせたままでは、きっと何も解決しない。とにかく今は、情報を集めること。あの女の事も、殿下の事も。

今の現状では、何もかも足りないのだ。このままの思いで何かをしたら、アリス様を探すどころか何もできないまま自分の首が飛ぶ可能性だってある。それだけは避けなければいけない。自分の首が飛ぶことなどどうでもいいが、それでは彼女をーーーアリス様を、救うことができない。

(俺の剣は、アリス様だけのものなのに) 

あの女の為に働くなど、考えただけで反吐が出る。内心で酷く毒づきながら、俺は手を握り締めた。

あの女に忠誠を誓う?

剣を捧げる?

考えただけで頭がおかしくなりそうになるのを、なんとか押し留め、憎悪を飲み込んで。


「···分かったよ。仕事だから、な」


「おい、お前本当に···」

先輩が気遣わしげにそう話しかけてくるが、彼が悪い訳では無い。ただ上からの命令ーーーあの女のふざけた命令を俺に教えてくれただけなのだから。

(アリス様は必ず生きている。だから、必ず見つけ出してみせる)

彼女が、アリス様が死ぬ訳がないんだ。


ーーー待っていてください、アリス様。


心の内に、そんな仄暗い執着を秘めて。

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