20.朝の身支度
ぼんやり、と目を開けた。カーテンから差し込む光から、もう朝なのだと感じまだ寝ぼけたままの頭を起こすように目をこする。
(もう、朝)
温かい布団から抜け出し、カーテンを開けて光を取り込む。まだ日が登っていないのか、どこかぼんやりとした明かりになんの気無しにレースを開けようとして昨日言われたことを思い出した。
ーーー窓にレースカーテンがかかっているんだが、あれは魔物避けだから開けるな。
(そうだ。昨日魔物避けだからこのレースカーテンは開けてはいけないと言われたばかりじゃない)
慌ててレースカーテンから手をはなすと、ふと気がついたことがあった。このレースカーテン、柔らかさは布と変わりないのにまるで鉄のように重たいのだ。その重さに目を白黒させていると、うっすらと空が明るくなってくる。少し明るくなった部屋を見渡して時計を見ると、6時を少し過ぎた所。
朝は7時から2時間ほど食べられるのだと聞いていた。だとすればそろそろ着替えて、朝食を食べに行かないといけない。
私はクローゼットを開けて淡い青のドレスを取り出すと、カーテンで仕切られた衣装部屋へと移動した。寝巻きのネグリジェを脱ぎ、ドレスの横と後ろの首元についた紐を解いて服を緩める。
緩めた紐で広がった上半身部分を輪のようにして床に置き、中に足を通してドレス自体を上に持ち上げ腕を通した。先程緩めた紐を引き、横と首元の紐を結ぶとクシュリと首元が窄まる。
落ちてこないことを確認してから、昨日もらったばかりの真っ白なウラムケープを羽織った。
(温かい)
ドレス越しでも分かる温かさに、思わず顔が綻ぶ。ケープの中に入ってしまった髪を後ろに流し、ドレッサーの前に腰掛けてコームを手に取った。
(確か下から梳かす、だったかしら)
髪の毛を自分で整える事などしたこともなく、やや不器用ながらも長い髪を持ち上げて少しずつ下の方から梳かしていく。苦戦しつつもなんとか全体を梳かし終えると、私は一旦コームと髪から手を離してアクセサリーが入った小箱を手に取った。
箱を開けると、ネックレスやイヤリング、バレッタなどが入っている。
どちらかといえば清楚なデザインで、宝石も小ぶりなものが多い。全て母がくれた大切なものだ。
何も持たないまま家を出ようとした私に、好きなだけ持っていきなさい、と言って持たせてくれたもの。その中から銀色のサファイアやダイヤ、真珠などがついたバレッタを取り出す。一度バレッタをドレッサーの上に起き、片側の髪を後ろに流して耳元を軽くバレッタで止めた。
前のめりになり、髪が落ちてこないことを確認しながらメイクに取り掛かる。そうは言っても自分でやったことがないため、こちらも教えてもらった通りにしかできないのだが。
「···こんな感じかしら?」
メイクを終え、鏡の前でにこりと微笑む。大丈夫。今日もいつも通りの笑顔が出来ている。ふとあたりを見渡すと、髪の毛が床の上に散らばっているのが見えた。
(あとでルードルフ様にお掃除の道具を借りなくてはいけないわね。箒とタオルと···ここに掃除水はあるかしら)
掃除水はこの国では城から国民まで広く使われているお掃除の道具の一種だ。箒である程度はいたあと、仕上げに振りかけるだけで集めたゴミが全て指定の場所に行くという優れもの。特定の場所は処理施設に指定されており、掃除水はゴミにしか反応しない。
売られたばかりの頃はゴミ以外のかかってしまったカーペットや家具が消えるなんて恐ろしい事が何度もあったようだが、今はそれも完全になくなったようで、進歩とはすごいものだと関心した覚えがある。1度その処理施設を殿下と共に視察に行く予定もあったのだが、当日になり急に断られてしまった。
『急な仕事が入ったんだ。予定を変更して悪いが、変わりにアリスが行ってきてくれ。』
久しぶりに殿下と出かけられる、と思っていた私は、あのときなんと答えたのだろう。
施設の方にはとても愛想よく対応してもらったが、裏で『なぜ来たのが殿下ではないのか。王族でもない婚約者なんかに来てもらっても何の得にもなりゃしない』とため息をついていたのを聞いてしまった。
『アイツら、アリス様になんてことを···!』
そう憤り今にも斬り掛かって行きそうなテオを宥めた。誰だって殿下の婚約者より、殿下本人に来てほしいのは当たり前なのだと告げて。
『···でもそれじゃあ、あんまりです···』
剣を収め、そう悲しげに告げるテオ。帰ってきた後、殿下に書いた処理施設の報告書はなぜか私ではなく殿下本人が書いたことになっていたが、そんなことは些細なこと。
そんなことよりも、その報告書を届けに行った際に聞いてしまった殿下の言葉の方が印象に残っている。扉の前について、ノックしようとした際にわずかに漏れ聞こえてきたのは殿下の声だった。
『俺でなくても、別にアリスが変わりに行ったのだから構わないだろう。あんなところになんで俺が行かなくてはいけない?服が汚れるだろうが。あんなところにはアリスが行けば良いんだよ』
服が、汚れるから。断ったのは急な仕事でもなんでもなく、服が汚れるから行きたくなかったというのだろうか。殿下はいつからかはハッキリとは分からないが、変わってしまった。昔は国のために、国民のためにと努力する人だったのに。
ーーー殿下は、いつからあんな風に変わってしまったのだろう?
これ以上昔のことを思い出していてもキリが無い。棚の上に置かれた小さな金色の置き時計は、もうすぐ7時を指そうとしている。
アリスは目を閉じてそっと息を吐くと、部屋を出て階段を降りて行ったのだった。




