19.食堂とバイキング
「足元暗いから気をつけて」
「はい」
廊下にあった時計から、鐘の音が聞こえてくる。ふと時間を確認すると、夜の23時を回っていた。
「というか、もうこんな時間だったのか。眠たいだろ、ごめんな。俺達の仕事だといつ魔物が押し寄せてくるか分からなくて。いつ時間がとれるかわからない···なんて言い訳だな。疲れてるだろうに、本当に申し訳ない」
「いえ、本当に気にしないでください。明日の朝の食事は、食堂で食べても大丈夫でしょうか?」
「あぁ。ここは3階で食堂は1階にあって、部屋から出て左に進めば階段に着くから、階段を降りて右手の大きな扉が食堂になってる。そんなに複雑じゃないから大丈夫だとは思うが···」
2人で、少し薄暗い廊下を歩いていく。昼間に見た1階とはまた印象が違い、3階は絵画などの美術品などが所々に飾られていた。
外から見た砦の印象もあり、もしかしたら縦に大きいというよりは横に長いのかと想像してみる。
「この砦は、もしかして横に広いのでしょうか?」
「あぁ、そうだよ。だから初めの内はどこまでいっても同じような景色ばっかでさ、どの扉がどの部屋か分からなくなるんだよな。新人もそれで迷うことが多いし」
「そうなのですか···」
確かに、どこまで行っても同じ景色なら難しいかもしれない。特に1階は美術品等も無かったから、何も目印がないとなるとさらに難易度が跳ね上がりそうだ。
そんな話をしながら階段を降りきると、先導していた彼が右手に曲がっていく。少し歩いた先には、大きな扉が見えた。
「ここが食堂。で、中はこんな感じになってる」
キィ、と少し軋んだ蝶番の音と共に扉が開いた。中は広く、机と椅子が並んでいる。手前側にはトレーが重ねられており、L字に曲がってカウンターがある形になっていた。
「ええと、トレーをとって奥に進んでいく形なのでしょうか。面白い形ですね···」
「そりゃ、お城で暮らしてたらこんなスタイルなんて見たことないよなぁ···普通は椅子に座ってれば、料理が目の前に運ばれてくるんだもんな。本当は侍女を雇おうかとも思ったんだけど···」
「いえ、気にしないでください。これはこれで大変興味深いです。あの、この形式は最近国民の間で流行っている『バイキング』という物ですよね?好きなものを食べたいだけ自分で取って食べる物だとシリル先生から聞きました」
「あれ、シリル···先生って、確か魔法学の先生なんじゃなかったか?」
「はい、魔法学の先生なのですが、たまたま授業が早く終わった日に何か質問が無いかと聞かれたので、国民の間で人気があるものを教えていただいたのです。何か事業やお祭りを立ち上げるときに、もしかしたら参考になるかもしれないと思いまして」
「あぁそっか、王妃様になるならそういう国のイベントも仕切ることがあるもんな。それで国民の流行りを聞いてたのか」
国のイベントを仕切ることも、王妃になるなら大切な役割の1つだった。実は国に決まったお祭りがあるわけではなく、『何月にお祭りがある』ということだけが決まっていて毎年どんなお祭りがあるのかは決まっていないのだ。昔の物と同じようなものでも構わないが、やはり斬新なアイデアや国民の流行りなどを取り入れたものの方が評価に繋がりやすい。もちろん準備や予算の関係もあるのであちこちとのやり取りが大変だと聞いてはいたが。
「まぁ、さっきヴェリア嬢が言ってた通り、これはバイキングっていう形なんだけど、結構楽しいんだよ。メニューも特に決まっているわけじゃなくて、作ってるやつの気まぐれとその日の仕入れた物で決まるから、なかなか選ぶのも楽しいぞ?」
「へぇ···毎日違うものが出てくるのですか?それは楽しみです」
「ヴェリア嬢の口に合うかは分からんけどな。王都とはだいぶ味付けが違うし···濃すぎてびっくりするかもしれん」
「北部では味付けが濃く、コクがある料理が多いと聞いているので、どんな味なのか楽しみです」
「え、楽しみなの?」
素直にそう言えば、なぜかルードルフ様からは驚いたような声が返ってきた。
「?はい。国や地域によって、味が違うのは当たり前のことですし」
「···ヴェリア嬢はすごいな。普通はそんなに多様性に富めないと思うけど」
「···そう、なのでしょうか」
ただ詰め込まれた知識のおかげで引き出しが多くなっているだけだから、褒められるようなことではない。現に一度だって、私は褒めてもらったことなどなかった。どんなことでも覚えるのが、やれることが当たり前になれ、と。そもそも『出来ないのはおかしい』ことであり、『出来ることが当たり前』の事だったあの頃では、褒められる事などなかったのだから。
「そうだよ。ヴェリア嬢はもう少し自分を認めてあげたほうが良いと思うぜ?」
認める、なんて。
(なんだか、慣れない)
「じゃあ、今日はここまで。続きはまた明日。部屋まで送るよ」
「は、はい」
自分で自分を認めるーーーいつか私にも、そんなことができる日がくるのだろうか。階段を上がっていくルードルフ様を見ながら、私はそんなことを思ったのだった。




