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奪われた冠  作者: 彩雅
16/98

16.青い瞳

「ヴェリア嬢!」

地下牢へ向かった俺が見たのは、血がついたグレンのコートを羽織って横になっている女性だった。

顔色は悪く、一瞬死んでいるのではないかと慌てて駆け寄ろうとして床にあった血溜まりに気が付く。

「…なんだ、これ」

見慣れない血溜まりに、掛けられたグレンのコート。

訳が分からないまま、とにかく目を閉じたままの彼女の顔を覗き込む。

この国では珍しい艶のある銀髪混じりの白い髪は、ヴェリア家の血を引いている者以外は存在しないと言われている。

本人を一度見たら忘れることは難しく、この人の身代わりを立てるのは不可能だろう、と言えるほどに彼女は整った顔立ちをしていた。どこまでも美しい彼女は、どこか人形めいていてーまるで作り物のようにも見えてしまうが、この人は人間だ。

俺は彼女が息をしていることに安堵すると、内心で謝りながら彼女の体を抱えあげる。

コートを含めてこの重さなのか、と悲しくなるほどに彼女は軽い。

向かいから話しかけてきた御者の男には、彼女は無事に着いたと奥方に伝えて欲しいと告げ、送り返すことにした。 


「…ヴェリア嬢、」


そっと声をかけても、返ってくる返事はなく。

彼女が目を開けた時の、アクアマリンのような青い瞳を思い出しながらールードルフは階段を登っていった。


彼女の為に用意していた部屋へ辿り着くと、ひとまずはヴェリア嬢をベッドに寝かせる。

血がついているグレンのマントはとりあえず彼女の上から避けて、布団を掛けておいた。

よっこいしょと暖炉の前でしゃがみ込み、手を翳して火を入れようとするが、相変わらずうまくできずに火が着けられない。

「…俺はどうしてこう、魔法具と相性が悪いんだかなぁ。特に火」

この世界では特に珍しくもない、魔法が掛けられた道具。決められた動作をするだけで、簡易的なことーー例えばこの暖炉なら勝手に火が着くと言ったような事が可能になるという、生活がちょっと便利になる道具である。

もちろん火が着くだけなので、中に薪を入れたりすることは必要だが。

ちなみに燃え尽きた後の灰も綺麗にすることができる動作もあったりする。中身が指定された場所に瞬間移動する魔法だが、非常に便利だ。

まぁ、俺はそもそも火が着けられないので瞬間移動の能力が使えても、使えないも同然なのだが。

よくわからないが道具にも相性があるらしく、俺のようにたまに使えない奴もいる。たまに使えない人がいるって、もはやそれは道具と呼べるのか?と毎度不思議に思いつつ、再度チャレンジしてみるがー。

「…着かない」

火は使えても水は使えないとか。使えない理由は未だに解明されてないらしいが、果たして解明される日は来るのだろうか。

悲しみに暮れていると、ふっと目の前の暖炉に突然火が入った。

「グレン?」

「なにをへこたれてるんだ、ルードルフ」

「へこたれてないわ!なんで俺は火が着けられないのかと悲しみに暮れてたんだ!」

「あまり変わらなくないか?」

苦笑しながらそう言うグレンからはもう、血の臭いはしない。

風呂上がりのためか白シャツに黒いズボンといういつもよりはラフな格好だが、相変わらず腰には剣が下げられている。

「…ところで、お前がここにいるということはもはや聞くまでもないかもしれないが、彼女は本物だったのか?」

「間違いない。ヴェリア嬢だよ」

「なぜ分かる?」

「だから、会った事があるって言っただろ…まぁ、会ったというか一方的に見たことがあるだけだから、ヴェリア嬢は俺のことは知らないだろうけどな。嘘なんてついてないって」

なぜそこまで言い切れるのかとグレンが呆れたように言うが、こればかりは言っても分からないだろう。

ここに辿り着けるのはヴェリア嬢か、もう一人しかいないなんて。

「だからお前のそのよくわからん自信は一体どこから来るんだ…」

パチリと火が音を立て、温かさがじんわりと広がる。

「いつものことだろ。そういう訳だから、ヴェリア嬢に剣を向けるな。殺意なんて以ての外だ。…王都で酷い目に合ってきたんだよ、ヴェリア嬢は。頼むから、優しくしてあげてくれ」

「…というかまず、なんで彼女は俺なんかの婚約者なんて話になってるんだ。俺の記憶が正しければ、ヴェリア嬢はそもそも殿下の婚約者だったはずだが」

「あぁそうだよ、あのクソ殿下のね。今は違うけど」 

「…お前な、仮にも殿下なんだからそういう言葉を使うな。不敬罪で首…いや、お前の場合は撥ねられる前にやりそうだが」

「殿下の婚約者が変わっー」

そこまで言いかけて、ふと口を止める。今、ヴェリア嬢の目が開いたような、そんな気がして。


「ヴェリア嬢?」


「…ここ、は、」

鈴を転がすような声。ゆっくりと起き上がったさらりと流れた白い髪の隙間から、どこか虚ろな瞳がこちらを覗く。

昔と変わらない、アクアマリンのように青くて、澄んだ瞳はいつ見ても美しいと、ルードルフは素直にそう思った。

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