12.消された令嬢
酷く冷たい剣先が、首に充てがわれている。
きっとそのまま剣を引けば、私の首など簡単に吹き飛んでしまうだろう。
だが、それをしないのはきっとまだ、何かしらの余地が私にあるからだ。
だが私は、王命の書を持っているわけではない。デルフィランズ様に、直接話を通しているわけでもない。
もはや詰んでしまったゲームのように、切れるカードがないのだ。
だからもう、手詰まりならそれでも仕方がないと。俯いていた顔を上げ、アリスは美しく微笑む。そして見事なカーテシーを行った。
「お初にお目にかかります、グレン・デルフィランズ様。私はヴェリア家が長女、アリス・ヴェリアと申します」
「…ヴェリア家?」
家名に聞き覚えがあったのか、ピクリと彼の表情が変わる。
「はい。王都から、何か噂等は聞いたことがありますか?」
「…いや…詳しくは知らないな。そもそもヴェリア家といえば、殿下の婚約者だったはずだろう。それがどうして、俺の婚約者になるなどの話になるんだ」
「…殿下からの、直々のお話と王命がありまして」
「たとえ王命だとしても、俺のところには何も連絡が来ていない。ヴェリア嬢には悪いが、その話を信じるわけにはいかないな。だとすれば一度、王都の方に連絡をーーー」
「連絡すれば、私は殺されます」
「…連絡を取れば殺されるとは、随分物騒な話だな。悪いが、俺からしてみれば貴女が死のうがなんだろうが関係無いんだ」
「……そう…ですね」
そうだ。私の生死など、この人には関係が無い。
殿下に裏切られた事も。
ただの道具であり物だと、人形だと罵られた事も。
この国からーーーアリス・ヴェリアという、存在自体を消された事も。
何1つとして、彼には関係無いのだ。
だが、1つ確実なのは、このまま王都に連絡をされれば、今度こそ私は確実に殺されてしまうであろうことだけ。
きっと大勢の国民に罵られ、石を投げられ、断頭台で首を切られ、死んでもなお、見世物として腐るまで公衆の面前に括り付けられるのだろう。
友人を殺そうとした、悪女として。
(嫌、だ)
そんな風に死にたくない。
浅ましいと言われようと、誰に罵られようともーーーそんな死に方だけは、したくなかった。
「だが、先程貴女はこの者に上官は誰かと問いかけていたな。それはなぜだ?」
「…デルフィランズ様のことを、死神と呼んでいたからです」
「別に俺がなんと呼ばれていようが、貴女には関係無い筈だが」
「人を敬う気持ちがあれば、そんな呼び方はしません」
「……」
「デルフィランズ様。私のことが、信じられないというお気持ちはよくわかっています。ですから、どうか」
「王都に連絡を入れるなら、せめてここで私のことを殺してください」
「……俺に貴女を切れと?」
「デルフィランズ様のお手を汚してしまうことは…申し訳ないと思っております」
「…!」
首元に突きつけられていた剣を握りしめ、自分の首にもう一度充てがう。
剣を素手で握りしめているため、じわりじわりと冷え切った手が朱に染まっていく。
赤い、血溜まりが。
むせ返るような、臭いが。
彼の服は、最初からついていたのか、それとも新たについたものなのか。血で酷く汚れていた。
くらり、と意識が遠のいていく。
意識が途絶える直前、彼の綺麗なアメジストの瞳が一瞬だけ、見開かれた気がして。
アリスの意識は、闇に飲まれた。




