11.死神侯爵
あれからどれくらいの時間が立ったのだろうか。
一向にデルフィランズ様が帰ってくる様子がなく、時計がないためどれくらい立ったのかも分からないが、2回の食事が出されたため、おそらくもう夜なのだろうと予想をつける。
食事と共に差し出されたのは、膝掛け。見張りの若い騎士は夜はもっと冷え込むので、と言って手渡してくれた。
冷えた手を膝掛けの中で温めながらうとうとしていると、誰かが言い争っているような声が聞こえきた。
(デル、フィランズ様…?)
ぼんやりとしたまま、目を開けると、言い争っているような声がハッキリと聞こえてくる。
「カダ!お前はまだ謹慎中だろう!何でこんなところに来ているんだ!グッ…!?」
くぐもった悲鳴と、何かが崩れ落ちる音。あきらかにおかしな音に弾かれたようにそちらを見れば、男が1人、階段を降りてくるところだった。
「すまんねぇ、ちょーっと失礼するよ?おお、これはこれは。随分と美しいお嬢様だ」
「…誰ですか」
「そんな怖い顔しなくても。ほらほら、牢屋の鍵持ってきてあげたんだよ?」
「…」
へらへらと笑う男は、こちらに見せつけるようにジャラリと鍵を鳴らした。睨めつけるような、体を這うような視線に背筋が凍りつく。
「ここさぁ、女がいないわけ。どうしてもさ、溜まっちゃうわけよ。こんなところまできたんだし、どうせ死ぬまで慰み者になるしかないんだから、可哀想だなーと思ってきてあげたの」
あのときの視線と、同じだ。
ガチャリと鍵が外され、牢屋に男が押し入ってくる。
無遠慮に距離を詰めると、にやにやと、気味の悪い笑みを浮かべながらこちらへと近づいてきた。
思わず後ずさりするも、後ろはすぐ壁だ。あっという間に距離を詰められてしまう。
「っ…!」
「お嬢様に手を出すな!」
「あ、あっちにいるのはお嬢様の味方なのかな?じゃあこうしよう、お嬢様が俺に逆らったらあの男の指を一本ずつ切り落とすっていうのはどう?」
「なっ…!?」
「あぁ、美しい女の顔が歪むのは見てて気持ちがいいね。ねぇ、怖い?でもどうせ慰み者にされたらこんなん毎日なんだからさ、慣れとかないといけないよ?もし運が良ければ上官の死神にも『使って』もらえるかもしれないし?いい子にしておいたほうが得だよ?」
「……!!」
「あぁ、でもこんなに綺麗なら『売り物』にしたほうがいいかも…ボスに連絡してみるか」
まるで物でも扱うような言い方に、頭が真っ白になりそうになる。
違う。
私は物でも人形でもない。
私は。
「私はアリス・ヴェリア。デルフィランズ様の婚約者です。もし私が罪に問われ裁かれるとしても、それは貴方からではありません」
「はぁ?」
バチンッ!!!
あつ、い。
頬が燃えるように、熱かった。
「ごちゃごちゃうるせぇ女だなぁ。あーあー、綺麗な顔が台無しじゃねーか。まぁそういうのが好きな貴族も多いし、体が傷付いてなければどうでもいいんだけど」
「お嬢様ッ!!」
「そっちの男もうるせぇな。この女の前に殺すぞ」
ジクジクと打たれた頬が痛む。だが、それがなんだ。血が出ているわけでもない、時間が経てば治る傷。
痛い。怖い。でもこんな、こんなことぐらいで、私は怯むわけにはいかないのだ。
そう頭では分かっているのに、怖い。怖くてたまらない。
恐怖を克服できない自分が、歯がゆくてたまらない。
「…先程、ボスと言いましたね。貴方の上官はデルフィランズ様ではないのですか」
「あぁ?なんだ、聞いてたの?そうだよ、あんな死神が上官なわけないじゃないーーー」
ザシュッ!!
「か、ぁ、あ?」
それは酷く鈍い、音だった。
彼の右肩に、突然剣の先が飛び出る。
肩が、貫かれて、い、る?
それが何なのか、私の頭の理解が追いつく前に聞いたことのない声が聞こえてきた。
「やはりお前だったか、カダ」
咆哮のような悲鳴と共に、勢いよく抜かれた剣。
ビシャビシャと赤が弾けた。
「あぁあ、ああああ!!この、こ、の、死神、がぁっ!!!」
「黙れ。それ以上騒ぐようなら、右腕ごと切り落とす」
痛みにのたうち回る度に、赤く染まっていく床。
悲鳴のような、雄叫びのような声が辺りに響き渡り、とても現実の事とは思えなかった。
目の前に立っていたのは黒曜石のような黒髪に、オニキスとアメジストを混ぜたような色味の瞳を持った男。
いつの間に、ここに来たのだろうか。まったく分からなかった。
「さて、次はお前か」
ピシャリ、と彼が近づき足元の赤が跳ね上がる。
悲鳴、赤い血溜まり、むせ返るような赤い臭い。
その全てに、頭がくらくらする。
「単刀直入に聞こう。お前は誰だ?」
さもなければ、今すぐに切り捨てる。彼はそうゾッとするほど冷たい声で言い放った。
まだ生暖かい血が伝う剣を、私の首元に、突きつけながら。




