1.婚約破棄
突然の出来事に、私は頭の中が真っ白になった。
意味が分からない。突然、どうして?私は何をしてしまったの?
私の頭はそんな言葉で埋まってしまった。ざわり、と周りのどよめきが大きくなるのを他所に、殿下の声が響き渡る。
「アリス・ヴェリア嬢。今日をもって貴女との婚約を破棄する。」
(…どう、して?)
そう彼に問いかけたいのに、声が出なかった。彼の腕には一人の女性が、その細く白い腕を絡ませ、涙を浮かべながら彼の顔を見上げている。
その顔を見て、私はますます頭の中が真っ白になった。
(…友人だと…信じて、いたのに)
私とは正反対の、黒々とした長く美しい髪。ピンクトルマリンのような、淡い珊瑚の瞳。白磁のような肌。
いつでも優しく私の話を聞いてくれて。時には励まし、叱咤激励してくれる、そんな優しい友人だと思っていたのに。
『きっと殿下は照れていらっしゃるのよ。アリスは美しいもの。自信を持って。あなたは殿下に好かれているわ。』
本当に、目の前にいる彼女は私が知る『マリアナ・リーディアス』なのだろうか。
思えば、最近どこか彼女は変わったような気がしていた。真っ白になってしまった頭で、ぼんやりとそんなことを考えていた私に厳しい声がかかる。
「おい、聞いているのかアリス!」
「…っ!は、い」
そう、かろうじて返事をするので精一杯だった。立ち尽くすアリスに、ルーカスは軽蔑するような眼差しを向ける。
震えそうになる足に叱咤し、ルーカスを見返したアリスは声が震えないように最新の注意を払いながら声を上げた。
「…理由を、お聞かせいただいてもよろしいでしょうか」
「理由だと?ふん、理由など自分の胸に聞いてみたらどうだ。まさか、分からないなどと言うわけではないだろう?」
分からない。本当にアリスには何の心当たりもなかった。なのに、続けて彼から言われた言葉は信じられないようなものだった。
「アリス、お前がマリアナに嫉妬して彼女に毒を飲ませようとしたことは分かっている」
「…!?」
(ど…毒!?一体何の話!?)
私はそんなもの知りません!そう言いたいのに、なぜか声は出ず、何かに押さえつけられたかのようにはくはくと口を震わせるだけ。
「しかしマリアナは、お前の事を許してほしいと懇願した。きっと何かの間違いだと。マリアナの優しさに感謝するんだな!」
「……!!」
声が、でない。
言わなければ。私はなにもしていないと。なのに、どんなに頑張っても、何一つ言葉は出ないまま、私は兵士に捕らわれてしまう。
「お前にはこれ以上マリアナに手出し出来ないよう、辺境伯に嫁ぐことを命じる。奴は死神と言われていてな。嫉妬して毒殺しようとする貴様にはお似合いの相手だ!なんたって殺そうとしたって死なないだろうからな…連れていけ!」
痣ができてしまいそうになるような力で、無理矢理腕を引っ張られる。痛い、と小さく声をあげたが、まるで聞こえていないように退場させられていく。どんどんと遠くなっていく、きらびやかな会場。
――違うのに。私は、何も知らないのに。
最後に見たマリアナは、見たこともないような歪んだ笑みを浮かべていた。