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【困難な敵、それは自分自身(Difficult enemy, it's myself)】

 最後は3人狭い車内に横並びでパリ市内に向かう。

 地図を見ていた俺は、シュパンダウに右に曲がる様に指示を出す。

「右? それだと全然遠回りになっちまうぜ」

「駄目だ、このルートではヴァンセンヌの森の南側を通ってディタリー広場に向かってしまう」

「隊長、それが何故駄目なんです?」

「だよな。一番の近道なんだぜ」

「南からディタリー広場に入るのは、あの日の連合軍の侵入ルートになる」

「なるほど!」

「つまり、あの日と同じ様に負け戦になるって事だな」

 ホルツとシュパンダウが納得してくれた。

「でも右に曲がって、どうするんです?」

「ただ連合軍の侵入ルートだから“嫌”って言うんじゃ幼過ぎるぜ」

 2人の視線を見た俺はニヤッと笑って答えた。

「パリ市内への入城はポルト・ド・クリニャンクールからだ」と。

 ポルト・ド・クリニャンクールは、あの日俺たちがパリ市街から脱出する時に使ったルート。

「なるほど!」

「つまり“凱旋”ってえわけだな!」

「その通り」


 俺たちはポルト・ド・クリニャンクールの手前で一旦車を降りて、服に着いた誇りを払いオイルの付いたダスターで靴をピカピカに磨き、乱れた髪を櫛で整えて威風堂々とパリ市内への凱旋を果たした。


 クリスマスで賑わうパリの街。

 美しい街並みに、買い物やデートをする人々の笑顔が溢れている。

 パリ市が解放されて2年と4カ月。

 醜い戦争が終わってまだ1年半。

 度重なる空襲で破壊されつくしたミュンヘンやハンブルクは今もなお戦争の哀しみが言えないと言うのに、この街の人々の笑顔を見ているとまるであの戦争自体が無かったようにさえ思えてくる。

 やはりコルティッツの降伏は……そしてそれを促したジュリーの判断は間違っていなかった。

 忌わしい裁判の最後に傍聴人席から聞こえた声を思い出す。

 “恨みは平和をもたらしませんよ”

 誰が言ったのかは分からない。

 ひょっとすると、誰も行っていないのかも知れない。

 あの声は、確かにジュリーの声だった。

 屹度遥かパリに居て裁判を見守ってくれていたジュリーの心の声が、俺に届けられたのだろう。

 ドイツ軍のシンボルとでも言うべき、このトラックを見ても誰も石を投げつける者もなく、嫌な眼で見る者もない。

 俺たちを乗せたトラックは、あの日通った地下の上をなぞるように走る。

 途中車はシテ島を渡る。

 激戦となったパリ警察本部と俺達の間に架かるプティ・ポン橋。

 向こうに見えるのは小隊長のクンケル少尉が死んだサンミッシェル橋。

 橋を渡ってセーヌ川沿いを東に進みオピタル通りに入ると、左手に戒厳令の夜に俺達を付け狙う親衛隊の少佐に襲われたサルペトリエール病院が見えて来た。

 病院の角を左に曲がりジャンヌ・ダルク通りに入れば、約束の地である‎ノートルダム・ド・ラ・ガール教会‎までは880mの直線が続く1本道。

 通りの真正面に立つ教会が次第に近付いて来る。

 教会の姿が大きくなるにつれ、俺の勇気は小さくなって行く。

 そしていよいよ教会に着くラウンドアバウト(環状交差点)の手前で、俺はシュパンダウに車を止めさせた。

「教会はラウンドアバウトの中だぜ」

「こんな手前から歩いて行かなくても、直ぐ傍まで車を付けますよ」

「……」

「どうしたルッツ!?」

「降りないんですか?」

「……」

 萎んでしまった勇気が戻らない。

 なんとか絞り出そうと努力している俺を、2人は根気よく待っていてくれた。

 車や人通りで賑わう街の喧騒の中、俺の耳に聞こえるのは時計の様に規則正しく打ち鳴らされるウィンカーの音だけだった。


「あっ、あれジュリーさんじゃないですか!?」

「間違いねえ。あれ程の美人は離れていても直ぐに分るぜ」

「ルッツ隊長、ジュリーさんが約束通り来てくれましたよ」

「さあ、次はお前さんの番だぜ」

 ホルツとシュパンダウが俺を促すが、俺にはこの塹壕から飛び出す勇気は残っていない。

 只女々しく、1人かどうかを聞いた。

「よちよち歩きの赤ちゃんを連れています。服装からすると女の子ですね」

「後ろから野郎どもが着いて来るぜ、えーと……野郎は全部で3人だ。マルシュとジョンソン大尉に……あいつは……ああ、あのイカレタ偵察機乗りのクレーターだ!」

「イギリス軍のクルーガー少尉ですよ確か」

「えーと、その他には……シトロエンのトラックが居るぜ。中には運転席に老人が1人」

「つまり、目標であるジュリーさんと赤ちゃんに辿り着くためには、3人の男たちと、もしかしたら1名の伏兵を何とかしなければならないと言うことですね」

「伏兵に気付かれねえように、俺とホルツで3人の男どもを誘い出す。ルッツはその隙にジュリーと赤ん坊を!」

 シュパンダウとホルツによる完全な状況報告と、作戦。

 こんな俺の為に、なんて良い奴なんだ。

 “ルッツ、戦場を思い出せ!”

 でも、もう戦争は終わった。

 “本当にそう思うのか? お前は戦場で何を学んできた? 敵を殺すことだけが戦争なのか?”

 いや、戦争とは人を殺したりモノを破壊したりする事ではなく、むしろその逆に近い。

 “逆とは?”

 戦争の本当にあるべき姿は、仲間や街を破壊から守りぬくこと。

 “その通り。だったらお前の戦争はまだ終わってはいない”

 終わっていない?

 “そうだ。では誰がこの先、家族や子供たちを自然災害や交通事故などから守って行くのだ?”

 俺の家族ならば、俺自身が守る!

 “だったら、勇気を振り絞れ!”

 ジュリーは家族ではない。

 “でも、家族に迎えたいんだろう?”

 俺は心の声との格闘で、ようやく心を決めた。

 赤ちゃんの親が誰だって構いはしない。

 俺が欲しいのはジュリー。

 ジュリーの宿した子供なら、俺はジュリーと同じ様に可愛がることが、いや家族として迎え入れることができる。

 この気持ちを、ジュリーに届けたい。

 そして、ジュリーの答えを知る事が、俺に課せられた重要な任務だ!

挿絵(By みてみん)

ノートルダム・ド・ラ・ガール教会

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― 新着の感想 ―
[一言]  ジュリーが連れてる子の正体が解りました。笑笑
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