【約束の地Ⅰ(Promised Land)】
もうクリスマスに約束の教会に行く意味などない。
マルシュと結婚して子供まで居るジュリーに、今さら俺が合って何ができる?
“実は元カレでした”とマルシュに告げてもジュリーはもう取り戻せない。
“俺を忘れたのか”なんて恥さらしな事をジュリーに言えるわけもなく、かといって今はまだ2人の倖せを素直に祝福する気にもなれない。
マルシュは勇気もあるし、良い奴だってことは分かっているが、俺は今でもジュリーのことが好きだ。
気が進まないのに、シュパンダウが明日23日に迎えに来ると言う。
もう嫌だ。
12月23日。
ここローテンブルクからパリまで行くには700kmも走らなければならない。
はたして、あの軍払い下げで安く買ったオペル・ブリッツがそこまで一気に走れるものか?
いや、意外にあのトラックはタフだ……。
大雪なら!
いくら全輪駆動の軍用タイプだと言っても、雪道ならシュパンダウのポンコツトラックではパリに行けない。
現に東部戦線では、トラックより馬車の方が早い時もあった。
窓に飛びついて外を眺めるが、茶色や黄色に赤の枯葉が所々に鮮やかに積もっているだけで、あいにく真っ白な雪なんて積もっていない。
空を見ると青く高い空が、どこまでも広がっていた。
ベッドに戻り部屋でフテ寝していると、家の外でトラックの止まる音が聞こえる。
シュパンダウだ。
こんなに朝早くから来やがって。
でも俺は行かない。
玄関のドアをノックする音が聞こえ、母さんが扉を開けると直ぐに廊下を歩く音が忙しなく俺の部屋に近付いて来る。
今度はノックもせずにドアが開く。
「さあ隊長、フランス侵攻作戦だ!」
俺は毛布を頭から被ったまま応える。
「腹が痛いから、行かない」と。
「なにが“腹が痛いから行かない”だ! そんな言い訳なんざあ、新兵だって使わねえぜ!」
シュパンダウが、容赦なく被っていた毛布を剥ぎ取る。
それでも俺は最後の抵抗とばかりに、奴に背中を向けてベッドに蹲る。
「なさけねえなぁ~、いったいどうしちまったんだ? これが騎士十字章をもらった歴戦の勇士のなれの果てか?」
「隊長らしくないですね、どうしたんでしょう?」
シュパンダウの他にホルツの声も聞こえた。
ホルツは勉強の甲斐あって、大学に受かり、今年の9月から通っている。
「ホルツ、お前大学はどうした?今日はまだ金曜日だぞ!」
平日なのにシュパンダウと遊んでいるホルツに驚いて飛び起きた。
大学に入ったのは立派だが、講義の時間が面倒な大学生活に慣れないでサボりを覚えてしまう学生は往々に居る。
まさかホルツが。
ホルツは飛び起きた俺を見て、楽しそうに笑いながら言った。
「隊長、チャンと学校には行っていますよ」
「でも……」
「今は冬休みです」
「冬休み……」
休みのない軍隊生活から放り出され、すっかり忘れていた。
そう。
学生には休みがある。
そして今の俺ときたら、収容所を出てから休みっぱなし。
ホルツが大学をサボっているかもと下手な心配などしている場合ではない、サボっているのは俺のほうなのだから。
「じゃあ運転は頼んだぜ!」
車の助手席に乗り込むと、運転すると思っていたシュパンダウはホルツを運転席に座らせると、車を降りて行こうとする。
「おい、お前が運転するんじゃなかったのか!?」
「馬鹿言うな。パリまで700kmも有るんだぜ。3人で交替しながら運転するに決まっているだろう」
「3人? 俺も運転するのか」
「あたりめーじゃん! そんじゃあホルツ、ホッケンハイムに着いたら起こしてくれ。そこで交替だ」
「了解しました」
シュパンダウは、そう言い残して荷室に乗り込むために車の後ろに歩いて行った。
運転を換わったホルツ。
ホルツが俺の分隊き来たのが1944年6月のノルマンディーのあとだが、それから1945年5月の終戦まで1度も車の運転をさせたことがなかったのでハラハラと心配しながら様子を見ていた。
「大丈夫ですよ、隊長。大学は軍隊と違って休みや暇な時間が多いですから、その度にシュパンダウさんの手伝いをさせてもらってトラックの運転は結構慣れているんですよ」
「きつくないか?」
「大丈夫です。シュパンダウさん口は悪いけれど、結構気を使ってくれます。バイト代だって出してくれます。それに……」
「それに?」
「戦争に比べれば、結構手も抜けます」
ホルツは、そう言いながら笑った。
たしかにそうだ。
戦争だと、気を抜くことは即命取りになる事が多い。
それにしても、シュパンダウがホルツの大学生活の経済面をこうして支えてやっているとは思いもよらなかった。




