【神様の悪戯(Mischief of Jesus Christ)】
夏が過ぎ、秋の野山も色付いてきた11月に、俺は強制収容所から解放された。
無罪ではなく、あのあと裁判は行われず俺を抜きに関係者が協議した結果、裁判記録も抹消され俺の拘留自体が無かったものとされ、拘留中の期間は全て職員として働いたことになり1年分の給料も貰った。
何故無罪ではなく、この様な解放となったかと言うと、それは戦後の社会的不安が大きい。
国外は当然ながら、ドイツ国内でも元ゲシュタポやナチスの人間は嫌われていて、たとえ無罪といえども戦争犯罪に加わった疑惑がもたれた者の就職活動は難しい。
ダッハウ強制収容所の門を出ると、共に戦争を戦い生き残った仲間たちが出迎えに来てくれていた。
「よう、お疲れさん」
シュパンダウが俺の肩を叩く。
ロス、マイヤー、ザシャ、グリーデン、ホルツの分隊の仲間たちと、大隊長のオスマン大尉に、その幼馴染で法廷で証言してくれたオットー・ヘイム中佐。
残念ながらクルッペン、ゼーゼマン、カミールは居ない。
彼ら3人だけでなく、俺はこの戦争で多くの仲間を失った。
だが多くの仲間と出会えたことも事実で、そのおかげで俺は今、ここでこうしている。
「さあ、今日は皆で呑むぞ!」
「呑むと言っても、元軍人がこんなに大勢いたら占領軍に怪しまれないか?」
「大丈夫! 店は俺が贔屓にしている店で、今夜は貸し切りだ!」
オットー・ヘイム中佐が陽気に大声を上げると、俺は皆に担がれる様にシュパンダウが運転するトラックの荷台に乗せられた。
「このトラックは、どうしたんだ?」
「盗んだんじゃねえぜ、こりゃあ俺の会社のトラックだ」
「軍を止めるのか?」
「軍は解散したよ」
「そうか……じゃあ皆は?」
「マイヤーは実家のイモ畑を継ぎ、グリーデンは来年から再開する郵便局に就職が決まったが、後は皆戦争からの復興事業で食いつないでいる。このトラックだって、そのために全財産叩いて投資したんだからな」
「そうか、大変だな」
「おいおい、隊長もその大変な仲間の1人なんだぜ」
「そうだな」
飲み会では、皆が新しい国の未来について大いに語り合った。
オスマン大尉は3年後に発足する予定の西ドイツ連邦軍への復帰を望んでいて、ロスとザシャは同じ年に発足する連邦警察を希望している。
オットー・ヘイム中佐は故郷であるデュッセルドルフ復興のために政治家に転身すると息巻いたが、レジスタンスのスパイとも知らずにジュリーを自分の秘書として雇っていたことを皆から突っ込まれると大汗を掻いて弁明に困っていて皆を笑わせていた。
「でも優秀な人材を見抜く能力は確かなようですね。しかも中佐はフランス軍政局にあって最もフランス人の自由の為に労力した人物ですから何も問題は無かったはずですよね」
隣に来たホルツが、そう言った。
確かに中佐は優秀な人物を見抜く力がある。
だからこそジョンソン大尉の説得に応じて法廷に立ったのだと思う。
そう言えば中佐に連れられて初めてジュリーにあった時、彼はジュリーをレジスタンスのスパイだと俺に教えたが、もしかして……。
事実を聞こうと思ったが、止めておくことにした。
事実を知らない方が、彼の魅力は際立ち、それこそがまた彼の政治家としての魅力となるだろう。
「そう言えばホルツ、君はどうするんだ?」
「大学に行こうと思っています」
「大学で何を学ぶ?」
「隊長と同じ工業生産技術を学ぼうと思っています」
「何故?」
「たしかにこの戦争を通じて、我が国の兵器は常に先進的で強力でした。しかし大量生産向きでは無かったし耐久性には致命的な欠陥を抱えていて、稼働率が悪くて必要な時に必要な数が揃わなかった。それが敗戦のひとつの要因ですよね」
「ああ、結局1台で10台のM4戦車を打倒す実力があるティーガーでも11台のM4戦車に取り囲まれれば終わり。それは空のMe262でも同じだ」(※Me262:世界初の実戦運用が行われたジェット戦闘機)
その後俺は地元のローテンブルクに帰り、日がな一日を散歩や読書に費やしていた。
季節はもう12月……。
ときおり25km離れたアンスバッハが地元のシュパンダウが配達の帰りに立ち寄っては、もう直ぐクリスマスだなと言って帰る。
そう。
もう直ぐクリスマス。
約束を交わしてもう2年が経つ。
正直言うと、腰が重い。
ダッハウ強制収容所で行われた裁判で、証言台にオットー・ヘイム中佐が上がったあと、次はジュリーが証言台に立って検察や裁判官たちをコテンパンにやっつけてくれると期待していた。
彼女なら絶対に俺のピンチに駆けつけてくれる。
そう思っていた。
だがジュリーは法廷に来なくて、代わりにマルシュが来た。
俺の為に遥々来てくれたマルシュには本当に申し訳ないが、正直ジュリーじゃなかった事にガッカリした。
その後故郷に帰ってから、ジュリーの事が気になって一人で何度かパリを訪れた。
そこで俺は偶然ジュリーを見つけてしまった。
本来なら、胸が躍るように気持ちが高揚するはずだったが、実際はその逆。
何故なら、ジュリーの横にはマルシュが居て、ジュリーは1歳くらいの赤ちゃんを抱いていたから。
2人は俺が見ていることも知らないで、楽しそうに話をしながら一緒に買い物をするため、店の中に入って行ってしまった。




