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【遠いクリスマスⅠ(Far Christmas)】

 パリ市内を脱出した俺たちは夜通し歩いて翌日の昼には、パリから直線で60km離れたコンピエーニュの街に付き中隊に合流する事が出来た。

 9月4日には連合軍によりベルギーのアントワープが落とされ、俺達は休む間もなく予想される連合軍の進行ルートにあたるオランダのアルンヘムに10日に移動すると、その1週間後にはナイメーヘンとアルンヘムなどに連合軍の大規模な空挺降下作戦が行われた(マーケット・ガーデン作戦)

「見ろよ、あんなに沢山パラシュートの花が咲いているぜ!」

 敵は白昼堂々とパラシュートによる降下を見てシュパンダウが懐かしそうに声を上げ、俺達も戦争を忘れたように眺めていた。

 ドイツ軍では、この様な規模での降下作戦は1941年5月のクレタ島以来行われていない。

 その後も降下作戦が無い訳ではなかったが、分隊規模にも満たない少人数での強硬偵察作戦のみで、部隊規模での降下作戦は行われず常に俺たちは歩兵と変わりなく地上を駆け回って戦場に着いていた。

 だから、敵とは言え、懐かしさで胸がいっぱいになった。

 アルンヘムの一部が一旦敵の奇襲攻撃により占拠されたが9月21日には、その殆どを排除する事に成功し、俺達は市内に潜んで抵抗を続けていた敵兵を説得して捕虜にした。


 翌月の10月1日には俺達はベルギーとオランダの2つの国境に接するドイツ西部の街アーヘンで連合軍と戦っていた。

 人口16万人の街の人口のうち、市街戦が始まる前までに14万人の避難に成功していて、残る2万人を無事避難させるために俺たちは最前線で時間を稼いだ。

 同じ10月、東部戦線では11日にソビエト軍がドイツ領東プロイセン(現在のポーランドとリトアニアの間にあるロシア領の飛び地で一部はポーランドとリトアニアの領土も含む)の国境を越えた

 6月にポーランドの首都ワルシャワの手前まで来ていたと言うのに、ソビエトのこの動きの遅さは一体何なんだろう?

(※6月にワルシャワの手前まで進軍していたソビエトは、ポーランドに居るレジスタンスを蜂起させドイツ軍と戦わせ、これを見殺しにします。これは反ドイツ反ソビエト感情の強い同国で必ずレジスタンスの様な抵抗組織は、占領後にソビエトにも抵抗活動を企てるに違いないと言う考えからその全滅を計ったものです。そしてその間、ソビエトは一気にドイツ国内に進軍する事はせず、自国勢力の拡大のため周辺諸国の占領に取り掛かっていました)


 アーヘンから撤退したあと、部隊は一旦ベルリンに移動すると、俺の周囲がにわかに親衛隊臭くなる。

 にわかに親衛隊員が俺に酒をおごろうとしたり煙草をくれたりして近付いて来る。

 そして彼等は必ず言う。

 “一緒に戦おう”と。

 だが俺はそれに対して返事を返さない。

 もちろん酒の提供も煙草も断っている。

 以前パリでミューゲル准将に言われた事を思い出す。

 親衛隊がアメリカ在住経験のある下士官並びに兵卒を探しているらしい話。

 俺は工業生産システムを学ぶため、アメリカの大学に留学している。

「どうだルッツ、モテモテの気分は?」

「ああオスマン大尉、止めて下さい。親衛隊にモテたってしょうがないですよ」

「まあお前にはジュリーとかいう絶品美人のフランス娘が居るそうだからな」

「やめてください」

「すまん……実は俺のところにも、親衛隊が来てな。お前を寄こせと言って来ている。もちろん断ったがな。どうやら奴等はアメリカへの移住経験者を搔き集めているらしい」

「大規模なスパイ作戦ですかね」

「分からんが、何か大規模な作戦が行われることは確かだろう」

 結局俺は将校に昇進していたおかげもあり、親衛隊に引き抜かれることはなかった。

 11月下旬になると部隊は再びベルギーに進出し、まるで隠れるように森の中で待機するように命令された。

 森の中には幾つもの部隊が分散して待機していて、入念にカモフラージュを施された戦車や装甲車両もかつてない程の数が投入されていた。

 特に驚いたのは第1SS戦車師団で彼等の装備の中には最新鋭のティーガーⅡが多く含まれていて、国防軍や親衛隊の下士官たちは拳銃と同じ9mm弾を使用して射程の短いMP-40シュマイザーからライフル銃と同じ7.92mm弾を使用する最新式のStG44アサルトライフルに銃を持ち替え、連射するのに時間のかかる大型の迫撃砲に代わり一度に6発のロケット弾を発射できるネーベルヴェルファー多連装ロケット砲が投入されていた。

「凄い戦力ですね」

「戦力もそうだけど、新兵器のオンパレードじゃねえか」

「一体俺達ドイツ軍は何を企んでいるんだ?」

 ホルツとカール、それにシュパンダウを連れて配給される食料を取りに行っていると、その数と最新鋭の装備に驚かされた。

 特に親衛隊戦車師団ではティーガーⅡ、ティーガー、パンターの強力な車両で統一されていて、Ⅳ号戦車は退役したのかと思う程だった。

 それにも増して貴重なSd.Kfz.251ハーフトラックも大量投入され、これが電撃作戦であることを示している。

 電撃作戦の主要装備は戦車と、同伴する機械化歩兵、それに航空機の支援。

 制空権を失い、しかもこの冬の曇り空では航空機の支援は叶わないだろう。

 ひょっとすると、これは逆の意味を持つのかも知れない。

 こっちが航空機の支援を得られないのであれば、敵も航空機による攻撃は出来ない。

 つまり制空権を失っていることが、作戦上不利に作用しないと言うことになる。

 一見、理にかなっているように思えるが、もしもそれが上手くいったとして何になる?

 敵を駆逐して突出した部隊は、やがて訪れる好天の中で敵の航空機による激しい爆撃に晒されるだろう。

 当然、主要道は破壊されてしまうだろうから、物資の補給も途絶えて孤立してしまうだけ。

 こんな事に戦力をつぎ込むより、防衛戦に徹した方が良い。

 地の利を生かした防衛線は、敵にとって時間と被害が多くかかるから、停戦や終戦の交渉がしやすくなるはず。

 こういった奇襲攻撃が例え成功したとしても、補給や制空権の確保と言った問題が解消されない限り、一時的な勝利を得られるだけで結果的には取り返しのつかない犠牲を払うことになるのだ。

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