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【別れⅣ】

 サンプロン駅にはまだ連合軍兵士は居なかったが、その代り駅員が2名居た。

「どうする!?」

 俺に伺いを掛けるマルシュの表情が、更に硬くなる。

 今までは、連合軍兵士が居たとしても駅員が居たとしても、駅を通り過ぎることが目的だったので見つからなければそれで良かった。

 だが今度は違う。

 地上に出るためには、この地下鉄の線路からホームに上がって改札を通って地下から地上に上がらなければならない。

 当然無人駅ではない以上、誰にも見つからずに地上を上がる事は無理だ。

「1時間待つ」

 現在時刻は19時30分。

 ルッツが1時間待つと言ったのは、地下鉄を出たあとのことを考えてのこと。

 8月のパリの日の入りの時刻は21時と遅い。

 まだ日の明るいこの時間に外に出るのは目立ち過ぎる。

 1時間待っても何も状況は変わらなかった。

「どうする、るか?」

 シュパンダウが腰のナイフを抜いて指示を仰ぐ。

「だめだ、降伏命令が出ている以上、人を傷つける事はできない。しかも相手は一般市民だから、これは戦争ではなく只の殺人になってしまう」

「じゃあ、どうするんでぃ!? このままアイツ等の前をボンジュールって挨拶して通れとでも言うのか?」

「……マルシュ、ちょっといいか」

「ああ」

 俺はマルシュと少し話をして、決断を下した。

「みんな、銃をマルシュたちに預けろ」

「こ、降伏するのか!?」

 皆が肩を落とし、それぞれの武器をマルシュたち3人に渡す。

「ルッツ、いいのか……」

「こうするしかない。さあ行こう」

 俺達7人分の銃を担いだマルシュたち3人が、銃を俺達に向けてトンネル内を進み駅員に声を掛ける。

「ボンジュール」

 不意に人気のないトンネルから現れたマルシュたちから声を掛けられて、ビクッとした駅員たちだったが、丸腰のドイツ兵に銃を向けて近付いてくるその姿にホッと肩を撫でおろし「よう、英雄たちのお出ましだぜ」と笑顔で出迎えてくれた。

 ホームを抜け改札の前を通る時は、多くの駅員が出て来て俺たちにエールを、そしてルッツたちには汚い言葉を投げかけていた。

 俺たちはさして愛想もせず彼等の前を通り過ぎると、まだ営業を始めていない暗く誰も通らない駅の階段を昇って行く。

 地上まであと少し、最後の踊り場の所でマルシュに目で合図を送ると、預けていた武器を渡してくれた。

「おい、降伏するんじゃなかったのか?」

「誰が、そう言った?」

「騙したのか!?」

 驚いて目を見開いていたシュパンダウに、最初から教えてしまうとわざとらしくなって相手に気付かれただろうと話したあと「特にお前は調子に乗ってしまうからヤバイ」と付け加える。

 シュパンダウはホッとしたのか急に座り込んで俯いてしまった。

「どうした、降伏の方が良かったのならこのままマルシュに武器を返してもいいんだぞ。強制はしない」

 シュパンダウとは別れたくはないが、嘘にしても一旦“降伏”と言う言葉を口に出した以上、覚悟を決めた者も居るだろう。

 萎えてしまった心を切り替えられない者を、あれは嘘だったから着いて来いと強制するのは酷な事だし、無理やり連れ帰ってもロクなことにはならないだろう。

 だからシュパンダウに限らず、意思の決定は皆に委ねた。

 腰を下ろしていたシュパンダウが手を伸ばす。

 俺はその手を取る。

 起き上がるシュパンダウがニヤッと笑う。

「さすが、俺達の隊長だぜ。お前にならこの命を預けておいても損はねえ」

「今更分かったのか?」

 周りを囲んでいたロス達が笑って言った。

「馬鹿野郎、最初から分かっている事だろうが!」

 外は火が落ちたばかりでまだ明るいが、直に暗くなる。

 丁度暗くなった時が、一番人の眼は物が見えにくいから、その時間まで俺たちはマルシュたちと煙草を交換して吸うことにした。

 誰も何も話さないが、感謝の意味を込めて……。

 その時、急に足音が近づいて来る気配を感じた。

 俺達だけでなく、その方向にマルシュたちも一斉に銃を向けた。

「降ろせ!」

 俺は静かに皆に指示する。

 ここで撃ち合ってはマルシュたちに迷惑がかかる。

 かと言って、もう下には戻れない。

 一瞬垣間見えていた希望が消えるが、仕方のない事。

 階段の上に現れた影は3人。

 銃は持っていない様子だが、明らかに俺たちに気付いている。

「……ジュリー!」

「ルッツ! やはり、ルッツなのね‼」

 ジュリーはそう言うと、階段を駆け下りて来る。

 暗くても俺にはハッキリと見える。

 ジュリーの美しい顔と姿、そして優しい心までも。

 ジュリーが両手を俺の方に伸ばし、最後の階段をジャンプするように飛ぶ。

 その姿はまるで可憐なチョウチョ。

 ひらひらと、スローモーンの様にジュリーの大きな瞳から涙が零れて、暗い階段通路に幾つもの星を散りばめる。

 パーン‼

 ジュリーが俺の胸に飛び込む寸前、階段通路に大きな破裂音がこだました。

 “ジュリー……”

「ジュリー‼」

 マルシュが叫ぶ。

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