【決断Ⅺ】
“ガサッ”
奴が来た。
おそらく奴はもうとっくに俺たちが居ることに気が付いていて、ワザと音を出してこちらの準備が整う様に演出したに違いない。
サン・ジャック通りで連合軍部隊にそうした様に、奴はまた部下を安全な場所に置いて1人で俺の前に現れた。
「何故、ここに居る? 確か名前はマルシュ、レジスタンスの隊長だったね」
奴が俺と同じ様に銃を手にぶら下げて、ゆっくりと俺達を刺激し過ぎないように近づいて来る。
「お前を待っていた」
「俺を? 何故?」
「ジュリーに頼まれた」
「ジュリーに? 一体何を?」
「降伏しろ」
「……」
ジュリーに頼まれたと言えば、少しは話しが通じると思っていたのに、ルッツは何も答えない。
「どうした! 何故答えない?」
ルッツはピエールたちが隠れている病院の窓を黙って見上げていたが徐に口を開くと、断ったら仲間に撃たせるつもりなのかと、何食わぬ顔で言う。
見上げると仲間の一人が猟銃を構えているのが見えたので、俺はその射線上に割り込みピエールに止めさせるように合図を送った。
「すまない、お前たちを撃つつもりはないんだ」
「ああ、チョッとした手違いは良くあるものだが、そのチョッとしたことが命取りになる場合もある……もっともパリは解放された訳だから、もうお前たちも命を張る事もそうないだろう」
「しかしまだフランス全土が解放された訳じゃない」
「だが、それも直に訪れる。俺たちにとっては余り有り難くない話だがな」
「降伏しないつもりなのか?」
「そうだ」
「ジュリーの頼みでも断ると言うのか!」
「それでもだ」
「何故だ!?」
ルッツはフ~ッと溜息をついて、お前たちは何者だと尋ねた。
俺がレジスタンスだと答えると、レジスタンスとは一体何者なのかと聞かれた。
レジスタンスとはそもそも“抵抗”を意味する言葉だが、この戦争では侵略者に対する民衆の抵抗運動を表すが……“民衆!”
言葉には出さなかったが、ルッツは俺の表情の変化を読み取って言った。
「悪いが俺たちは軍人だ。軍門に下るにしても、それ相応の立場の者でなければ困る。仮にお前たちが親衛隊に酷い仕打ちを受けているのなら手を貸して戦うことは出来なくもないが、軍人である以上上官の命令無しに勝手に降伏する事は出来ない」
「コルティッツから降伏命令が出されただろう!」
「たしかに国防軍には、そういう命令も出ただろうが、俺たちは空軍だ。国防軍の将軍から武装解除の命令を受ける筋合いはない」
“しまった‼”
これは軍人のプライド。
降伏そのものが軍人にとっては屈辱的なことなのに、特に歴戦の勇者である空軍降下猟兵が国防軍の降伏命令を簡単に受け入れるはずがない。
いくら不利な状況であるか分かっていても、それは彼等のプライドが許さない。
そして俺達一般市民による権力者への抵抗組織であるレジスタンスへの降伏となれば尚更。
彼等、空軍降下猟兵部隊は希少価値で持っている訳ではない。
もう飛べなくなり、数少もなったエリート部隊のプライドを持ち続けているからこそ、幾多の戦場で目覚ましい活躍が出来ているのだ。
俺も、そしてあの賢いジュリーさえも、彼等“戦士”としてのプライドに気付いてあげられなかった。
「ここから、どうするつもりだ」
「お前たちが通してくれると言うのなら、ここにある作業用の縦穴を使って地下鉄沿いにパリ市内から脱出する」
「駅から侵入しなかったのは賢明だが、主要駅には必ず連合軍兵士が居るぞ」
「だろうな。しかし地上を通るより確率は高い」
「何人か死ぬことになるぞ」
「仕方ない。生き恥を晒すよりはマシだ」
「部下たちも?」
俺はルッツの後ろに居る部下たちを覗き見た。
部下たちもルッツと同じ様に銃口を下げてはいるが、その位置はダラリとぶら下げているルッツとは違い、いつでも直ぐ撃てるように中間位置で留めていた。
「ああ、皆で決めた」
「そうか……仲間を呼んでもいいか?」
「交戦しないのであれば」
「交戦はしない」
俺は片手を上げて仲間を呼び寄せた。




