【決断Ⅶ】
虚ろな目に見えるのは、ひらひらと揺れるレースのカーテン。
まるでブライダル用のドレスのように優雅で可憐に舞い、真っ白な光を浴びて揺れるたびに眩いばかりの新緑を映す。
カーテンの裾を揺らして部屋に入って来た彼が、私の頬を撫でる指が冷たくて気持ちいい。
“嗚呼、もう夏も終わりね……”
彼に話しかけ、頬に回されたその指を掴もうとして空振りに終わり、目が覚めた。
夏が終わる?
“今日は何月何日!? いったいここはどこ!?”
慌てて寝ていたベッドから飛び起きようとしたが、体中が痛くて唸り声をあげてしまう。
“何故?”
此処は何所で、何故ここに居るのかは分からないが、何故こうなったのか記憶を辿る。
あの日私はノドリングとパリ総督府のコルティッツ将軍に会って彼に降伏する意思がある事を確信して、彼が故意に漏らしたパリ市内の部隊配置に関する情報をもとに作成した地図を持ちド・ゴールが居るはずのランブイエに向かった。
そこでド・ゴールにパリ市内の状況やドイツ軍の配備状況を伝え、私はランブイエには留まらず直ぐにパリに向かって車を翔ばし、そしてドイツ兵の銃撃に会った。
確かに気を失う前に耳に届いたのはドイツ兵の声。
すると、ここはドイツ軍の……。
逃げなくては!
レジスタンスだと分かれば拷問に会い、収容所に送られてしまう。
その上、諜報活動をしていたことがバレれば処刑されるだけではなく、コルティッツ将軍やその仲介役を担ってくれたスウェーデン大使のノドリングとの関係も漏れてしまえば、折角苦労して実現が直ぐ目の前まで来ていた“パリの無血解放”の夢までも潰えてしまう。
とにかくベッドに寝ている場合ではない!
ベッドから体を起こそうと思うと、どこが痛いのか分からないくらい、あちこちが痛み体を思う様に動かすことができない。
よろよろとしながらも、やっと部屋のドアの前まで来てドアノブに手を伸ばすと、まだ握っても居ないドアノブが回転を始めた。
“ドアの向こうにドイツ兵がいる!”
急にここまで痛み耐えて重い体を運んできた気力が萎えてしまい、私の眼から徐々に光が失われていった。
「おっと、大丈夫かい!」
崩れる体を入って来た男に抱きかかえられた。
“フランス語‼”
しかも相手は老人。
だが気を許してはいけない。
「大丈夫です」
「どこか行かなければいけない所でもあるのですか?」
「いえ、そういう訳ではありません。実は……お手洗いを」
「おお、ワシとしたことがお嬢さんにそんな事を、さあさあ手を引いて連れて行ってあげますから、どうぞ使ってください」
私は老人に連れられて、その家のお手洗いを借りて、そしてまた老人の力を借りてベッドへと戻った。
この人を信用して良いものかどうかは分からない。
迂闊に自らの素性を明かせば、どうなるか……。
フランス国内にもドイツの協力者は沢山いる。
目的の大半は金が目当てだが、中には脅されて否応なしに協力させられている者もいる。
特にこの様な街はずれでは、協力しないと馬やロバといった生活手段を奪うと脅されてドイツ軍に協力している者を何人も知っている。
レジスタンスの仲間たちは、その協力者を“コラボラシオン”と呼び、中には見つけ次第勝手に処刑してしまうグループさえもある。
ドイツ軍への協力など許さるべき行為では無い事は確かだし、それはドイツ軍に協力している彼等だって十分知っているはず。
では何故、同じフランス国民を裏切るような行為に加担してしまうのか?
それは命が掛かっているから。
戦争と言う状況下に於いて、兵士たちには人を殺す権利を与えられる。
但しその権利は敵対する兵士に限られていて、敵対する国や占領地に住む民間人には適応されない。
もし無抵抗の民間人を勝手に殺してしまえば、戦争犯罪として罰せられる。
だが戦争では多くの人が死んでしまい、死が日常となる社会では、次第に民間人と軍人の区別さえもつかなくなってしまう。
だから混乱したドイツ兵は簡単にフランス人を殺し、復讐心だけに狂ってしまったレジスタンスの一部も、同じ国民を殺してしまう。
これが戦争。
この中で正常な神経を持ち続け、正義を貫き通す事は思った以上に難しい。
この様な場面で、もしルッツならどうするだろう?
激しい戦争の真っただ中にあっても、決して正義を見失わない男。
ルッツなら……。




