【パリの解放Ⅱ】
「おい、ルッツ。この通りは?」
「サン・ジャック通りだ」
「この狭い通りに、何があるんだ?」
「わからん」
「わ、わからんって……」
「だが、敵が来る」
「敵!?偵察の歩兵分隊か‼」
「違う。戦車を先頭に機械化歩兵部隊がここを通るはずだ」
「まさか、こんな狭い道を。大部隊が通れる道じゃねえぜ」
「大部隊は通らない。せいぜい1個小隊の戦車と1~2個小隊の機械化歩兵だろう」
「マジかよ!?」
シュパンダウが目を真ん丸にして驚いていた。
なにしろ戦車の1個小隊と言えば通常なら4輌の戦車で構成され、同じく1個小隊の機械化歩兵はM3ハーフトラック5輌に歩兵が50人乗り込む。
さらに各車両にはクルー3名と重機関銃が1丁着いて来ると言う“おまけ”付きだからシュパンダウでなくとも驚くのは無理もない。
「まさか、それを俺たち3人だけで待ち伏せる。ってぇこたぁねぇよな。ただの見張りだよな」
「いや、その“まさか”だ」
「まさか!?俺とホルツのパンツァーファーストで倒せる戦車は2輌だぜ!残りの2輌と、ハーフトラックはどうする?」
「さあな……それに敵も定員を満たした状態で来るとは限らない」
「それだって――」
「しっ‼」
まだ話し続けようとするシュパンダウの声を遮った。
いま、郊外の銃爆撃の音に隠れて、微かに戦車の走行音が聞こえた。
レンガや石で作られた建物は音を通しにくい。
通りが1本も違えば、この騒乱の中に音は掻き消されてしまうだろう。
だが音を通しにくい物体は、音を反射し易い。
通りが真直ぐ俺たちの方に向かっているからこそ、この戦車隊の音が聞こえてくるのだ。
「ど、どうする?ルッツ……」
珍しくシュパンダウが怯えている。
シュパンダウに聞かれるまで、俺自身何がしたいのか、何をするべきなのか答えを見つけられずにいたが漸く答えが出た。
とりあえずシュパンダウとホルツには、近くのアパートの2階に待機させて、もし俺の身に何かあったときはパンツァーファーストを発射して直ぐに裏口から逃げるように言っておいた。
もちろん2人とも嫌がったが、軍人である以上上官の命令は絶対だ。
通りのど真ん中でラインメタルFG42自動小銃を手にぶら下げて敵の到着を待つ。
「なにをやっているんだあの馬鹿野郎!」
パリを離れるジュリーが俺に託したポイントにやって来ると、なんとあのドイツ兵が1人で立っていた。
仲間が銃を構えて、打ち殺す算段をしていたので止めた。
「でもようマルシュ、相手はたった一人だぜ」
「馬鹿!あのドイツ兵はルーアンの村人を救った英雄だぞ。それでもお前等は撃つと言うのか?」
「ああ、あの時、親衛隊の将校に逆らってくれた奴か」
「あの度胸には、たまげたな」
「敵にしておくのが勿体ないぜ」
「良く見るとナカナカ逞しいし、男前じゃねえか」
ルーアンの村人を救った英雄だと分かると、みんな好意的になり銃を置くだけでなく、口々に奴の事を褒めだした。
正義の無くなった戦場で行われた奴の行動は、俺達レジスタンスが振りかざしている自由と正義よりも尊い。
だから、自然に心に響く。
俺たちの正義はフランスと言う国を基準にした正義だが、奴の行った正義は人間本来にあるべき“道徳心”を基準にした正義だ。
では、俺は、どうするべきか?
ここに居て、隠れたままただ成り行きを見ているだけで良いのか?
いいさ。
奴は所詮ドイツ兵。
ドイツ兵は、俺達レジスタンスの敵だ。
だが、俺達レジスタンスは何のために戦っている?
ドイツを倒すため?
違う。
自由のためだ!
じゃあ奴は何のために?
ドイツのため?
ドイツの為に、1人で戦車と戦うつもりなのか?
しかも道の真ん中に立って。
目的は何なんだ?
もしかして話し合い?
一体何のための?
分からない事が多過ぎる!
奴は狂っているのか?
いや。
ジュリーなら屹度奴の目的が分かるはずだ。
何故ジュリーは戻ってこない!




