【パリの解放Ⅰ】
仲間たちと公園に掘った塹壕の中で様子を窺っていたが、銃撃は20kmほど離れた郊外からいつまでも動かない。
きっとアルバジャン方面に配備されている守備隊との闘いだろう。
しかし何かが違う気がしてならない。
いつもなら連合軍は怒涛のように押し寄せて来る。
たしかにアルバジャン方面の守備隊は強力ではあるが、それで連合軍を長い時間足止めさせられるほどではない。
だいいち戦車の数が足りな過ぎる。
アルバジャン方面で銃声が始まってもう直ぐ4時間近くになる。
ひょっとしたら敵は、ここでのドイツ軍からの反撃をワザと長引かせているのかも知れない。
それは何故?
長引けば、パリ市内の防衛拠点は守りを固める。
守りを固めるとは、どういう事か?
それは分散した戦力を主要な地域に集中すると言う事。
そうする事により拠点の防衛力が増し、いざと言うときに戦力の割り振りが出来る。
広範囲に分散させたままでは偵察や情報収集には役に立つが、防衛ラインそのものが細くなってしまい敵に突破されやすい。
すると、敵はワザとドイツ軍に守りを固めさせるように仕向けているのか?
でも何故……!?
敵がアルバジャンを通過するとすれば、パリ入場はドレルアン門かディタリー門を通って俺たちの方に攻めて来るかのどちらか。
そのためにこの2つの門を通る大通りに守備隊の本部を置いて守りを固めているが、それは大部隊の侵入に限られた事。
もしも敵部隊が偵察規模の小部隊で突入を計るとすれば、なにもドイツ軍の防衛ラインのド真ん中をワザワザ通る必要はない。
小部隊で突入するメリットとは何だ?
もし途中……いや、市庁舎に到着したところでドイツ軍に囲まれてしまえば、それまでだ。
確かに市内中心部の防衛ラインは弱いが、奴等はパリ市内のドイツ軍の配置なんて知らないはず。
……。
“そうか!ジュリーが知らせたとしたら!”
パリを無血開城に近い方法で解放させるための障害は、なにもドイツ軍だけではない。
レジスタンスも、その障害のひとつ。
レジスタンスは血気盛んな民間人。
中には軍事訓練を受けているものも居るだろうが、そうでない者の方が多いはず。
しかも武器は猟銃や拳銃が主で、とてもドイツ軍とまともに戦えるレベルではない。
だが、このレジスタンスが勝手に動けばどうなる?
たちまち市内のあちこちで銃撃戦が起きて、いたる所にレジスタンス死体の山が出来てしまう。
当然、各部隊に配られているパンツァーファーストは、その本来の目的である敵戦車ではなくレジスタンス達が立て籠もる建物に向けて使われる事だろう。
そしてその後でやって来る連合軍戦車を前にして、有効な武器が無くなったドイツ軍は火炎瓶を使ったり建物を焼き払ったりして進路を塞ぐ。
そうなればパリの街は無茶苦茶に破壊されてしまうに違いない。
つまり敵は先遣部隊を送り込むことで、数あるレジスタンスの組織の中で、過激な組織による暴走を阻止する目的を担っているのではないか?
ただ単に市内への突入を計りレジスタンスの大々的な蜂起を促す事が目的なのか、それともレジスタンスの蜂起を抑え込むことが目的なのかを見極める必要がある。
もし前者なら、この突入は全力で阻止しなければならない。
後者なら……。
「ロス、暫く指揮を頼む!シュパンダウ、ホルツ!パンツァーファーストを持って俺に着いて来い!」
俺はシュパンダウとホルツを従えて壕を飛び出してディタリー通りを通り越して、街を西に向かった。
敵が小部隊で細い路地を抜けようとするなら、先頭の車両を破壊すれば前進は食い止める事が出来る。
たった3人だがパンツァーファーストによる爆発音と、その後に起こる激しい銃撃戦を聞きつけて必ず味方の部隊がやって来るはず。
問題は敵が2つのうちどちらの目的のための突入を試みているのかを、どうやって確かめるのかという事だが、それを考えるのは後の事。
まず敵を見つけることが肝心だ。
どのルートを通る?
一旦止まって地図を睨む。
幾つもの道がある中で、1本でも通りを間違えば敵に素通りされてしまう。
“考えろ!”
だが考えれば考える程、分からなくなる。
“無理か……?”
“いや、もしこれがジュリーの仕組んだ事だとしたら……。
ジュリーなら、どの通りを選ぶ?
じっと地図を睨んでいると、1本の通りに光が差した。
この道を真っ直ぐ行くと数日前まで俺たちが守っていたプティポン橋を抜けて、パリ警察の本部前を通りパリ市庁舎に到着する。
“ここだ‼ここに間違いない!”




