【ド・ゴール】
日が過ぎで24日の午前1時にようやくランブイエに到着すると、真っ先にド・ゴールを訪ねた。
ドアの前に立ち、室内に明かりが灯っていることを確認して3回ノックしてから声を掛ける。
「ジュリー・クレマンです」
しばらくの沈黙の後、中から「入れ」と返事が返って来たので、ゆっくりとドアを開けた。
こんなに遅い時間だと言うのに、中に居た3人の人物は寝間着にも着替えていなくて未だ埃だらけの軍服のまま。
「やあジュリー!」
ドアを開けて出迎えてくれたのは背の高い男。
アメリカ軍の若い情報将校ジョンソン中尉。
そしてド・ゴールと、もう1人の男は自由フランス軍第2機甲師団のルクレール中将。
「君を待っていたんだ。よく無事にパリから抜け出して来られたな」
「はい」
ジョンソン中尉は私の様なスパイ的な活動はしていないが、情報のやり取りでよく無線で連絡を取り合っているし、実際に何度も会っているのでお互いに良く知っている。
私の肩に手を掛けて優しく労わってくれるジョンソン中尉。
その行為に特別嫌な感情は持ってはいないけれど、今はそれどころではないのでまるで無視するようにド・ゴールの方に歩み寄った。
「すみません。遅くなりました」
「いやなに、我々も思った以上に到着が遅れて、到着したのは21時だよ。それで、どうだね、パリの様子は?」
「ノドリングのおかげで、街中で断続的に銃声は聞こえるものの、現在はドイツ軍とレジスタンスの休戦が実現したところです」
「そうか、上々だな。内地の君たちには本当に苦労ばかり掛けて申し訳ない」
「いえ、苦労なんて」
「で、ドイツ軍との調整は上手くいっているのかね」
「まだコルティッツは正式な態度は保留しているものの、概ね順調かと思います」
そこで私は鞄から地図を取り出した。
「これは?」
「パリを守るドイツ軍の守備陣形です」
「……これはどこで調べたのだ?」
「コルティッツから教えて貰いました」
「なるほど、しかし信頼できるのか?」
「私は、彼から信頼できる情報を得るために今までやって来ました」
「そうだな。すまない、くだらないことを言って」
「いえ」
ド・ゴールは、そう言うと市内の状況を確認し始めた。
「うーん……人数は少ないと言っても、さすがに市内の方はスキが無いな」
「いくらコルティッツが協力的だと言っても、こっちの方はナチス関係者からの密告などもあるだろうから、手を抜くわけにはいかない。と、言う事でしょうな」
「先頭の戦車が立ち往生してしまえば、直ぐに両サイドの防衛部隊が押し上げて来て袋のネズミになってしまう」
「それを避けるためにはやはり各大通りから、大部隊を侵入させて同時多発的な攻撃を仕掛けるしかないと思います。やはりこの作戦はパットン将軍の第3軍の到着を待った方が……」
心配そうにジョンソン中尉がド・ゴールの顔を見る。
「そうなると、双方の被害は大きくなってしまう。しかもパットンは猛牛だから、撃つなと言っても大砲を撃ちまくるだろうし、まごまごしていると折角休戦協定を結んだレジスタンスが街のあちこちで蜂起をはじめてしまう」
「レジスタンスが蜂起すれば、戦場は大混乱になるでしょう……」
ルクレール中将と地図を難しい顔で眺めていたド・ゴールが、不意に私の方を向いて「君の意見を聞かせてくれ」と言ったので、私はコルティッツに示したルートを地図上に線を引いた。
「これは‼」
「し、しかし、これでは大部隊の侵入は困難だ!」
コルティッツの部屋で彼が驚いたのと同様に、2人とも同じように驚いて地図から目を放し私の顔を見る。
「パリを無血開城させるためには、大部隊での突入は逆にアダとなるでしょう」
「アダになる……」
3人が私の顔に真剣な眼差しを向ける。
「大部隊の突入は大きな敵の抵抗を生み出すだけでなく、ドイツ軍とレジスタンスの間で締結された休戦協定さえも崩してしまう事でしょう。そうなればパリの街は大きな戦火に包まれます」
「だからと言って、こんな所を通れるような小部隊で何が出来ると言うのかね?」
「強さを示す事が出来ます」
「強さ……大部隊で侵入すれば充分強さは示せるはずだが?」
「ここで言う強さとは兵力の事ではありません」
「兵力じゃない?」
「示すのは、武器や数に頼らない、本当の強さです。それを示す事が出来ればレジスタンスの蜂起も止める事が出来るでしょう」
「しかし危険だ……」
「勇気と意志が試される時です」
私は冷静に3人に諭すように言った。
「勇気と意志……」
結局3人とも私の意見に同意してくれたものの敵将がくれた情報を全て鵜呑みにすることは危険だと言う事で、コルティッツが部隊を手薄にしてくれているはずのパリ西方のベルサイユを通るルートからパリ市街に進入するのではなく、南方のアルバジャンから市街に向かうルートを選んだ。
コルティッツのくれた情報では、アルバジャンには強力な守備隊が配置されているはず。
折角ドイツ守備隊の陣形を教えて貰ったと言うのに、このルートを通る事で双方に多くの犠牲者が出てしまう。
「それでは、折角コルティッツ将軍がくれた情報を無下にしてしまう事になります!」
作戦に意見出来るような身分ではないが、人と人の繋がりに於いて最も重要な事はお互いに信頼し合う事であり、これでは我々に協力して戦闘を避けようとするコルティッツの不信感を買ってしまいかねない。
だが3人と私の思いは温度差があったらしく、進軍ルートなんて敵が居ようが居まいが近い道を通るものだから心配は要らないと、全く呑気に返されてしまった。




