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【コルティッツとノドリングⅠ】

「マルシュ、アナタは13区の担当だったわね」

「ああ、家もあるからな」

「ひとつ頼みごとを聞いて欲しいの」

「俺に出来る事なら」

「できるわ。アナタなら」

 ジュリーはマルシュの耳に口を近づけて何かを囁くと、マルシュの表情が一変した。

「ジュリー……」

「もし“そうなったら”の、話しよ。協力してくれる?」

「ああ、でも」

「なにも聞かないで!」

 お願いしている立場なのにジュリーは、ピシャリとマルシュの言葉を遮り部屋を出ると、休戦下の街に車を出した。


 ジュリーはパリの解放と、ヨーロッパでの戦争終結のために連合国やレジスタンスだけでなく、ドイツ軍では反ヒットラー派の黒いオーケストラや中立国とも連絡を取っていた。

 その中でもヒットラーの暗殺は、彼女の希望であった。

 当時のパリ国政局長官カール=ハインリヒ・フォン・シュテュルプナーゲル大将とは既に、パリ解放と西部戦線での休戦が具体的な段階まで出来ていた。

 しかしヒットラーの暗殺計画は失敗し、黒いオーケストラのメンバーの殆どが捕らえられてしまった。

 彼等は単にヒットラーを殺したかったわけではなく、戦争を終わらせたかっただけ。

 終戦の最大の障害が、徹底抗戦を唱える独裁者だったのだ。

 暗殺計画の失敗で反ヒットラー派は粛清され、ナチ中に終戦を迎える目は潰えた。

 残る目標は、パリの解放。

 出来るだけ流血も抑え、街並みも現状のまま解放したい。

 そのために連合軍はパリへの空爆や砲撃も控えている。

 もっとも、これが実現しているのは、1人のドイツ軍の将軍のおかげであることも否定できない。

 その人物は、新しくにパリ軍事総督に就任したばかりのディートリヒ・フォン・コルティッツ大将。

 彼はヒットラーから出されたパリ市内の死守命令や歴史的建造物の破壊命令を無視するかのように戦力の大部分を郊外へ出していて、いまだにエッフェル塔や凱旋門などには爆弾も仕掛けられていない。

 私たちは今、中立国の大使を通じて根気よくコルティッツ大将に降伏を呼びかけているところ。

 ルッツたちの移動も彼の指示によるもので、これはノートルダム大聖堂での戦闘を避けるために行われたものだ。

 途中、ジュリーの車は中立国のある人物を乗せ、コルティッツ大将の居るドイツ軍パリ軍事総督府へと向かった。

 ある人物の名前はスウェーデン領事、ラウル・ノルドリング。

 彼とコルティッツ、そして連合軍と共にパリを目指しながらアメリカとイギリスに睨みを利かしているド・ゴールの3人が、パリの安全な解放の重要なカギを握る人物となる。

 表向き私はノルドリングの秘書としてコルティッツとの会見の場にも立ち会う事を許されているが、その内容は連合軍部隊に同行しているド・ゴールに伝えている。

 もちろん私がスパイである事はコルティッツも薄々勘付いていて、私の流す情報を上手く利用しているが、もし交渉が破断すればスパイとして拘束されるだろうから命の保証はない。

「休戦協定を結んでやったと言うのに、街のあちこちでは今も時折銃声が聞こえる。いったいこれはどういうことだ!」

 ドイツ軍パリ軍事総督府に到着し、コルティッツの部屋に入ると開口一番彼が怒鳴って来た。

「申し訳ありません、レジスタンスには幾つもの組織に分かれていて、まだ休戦協定を知らないグループもいるようで……」

 コルティッツの言葉に、ノルドリングが謝罪をする。

「ちゃんとやってもらわないと困る。約束を反故にするつもりなら、こっちは本国に要請してパリを空爆してもらう事も出来るんだぞ!」

「申し訳も無い」

 ノルドリングも合わせているが、彼も私も今のドイツ空軍に、そのような作戦能力が既に無い事は分かっている。

 ドイツ空軍の爆撃機隊はバトル・オブ・ブリテンと独ソ戦に於いて壊滅的な被害を受け、そのうえ連合軍からの絶え間ない空襲にも悩まされ、もはや組織的な空爆はおろか飛ぶこともままならない状況に陥っている。

 もっともコルティッツ自身も、その事を私たちが知らないとは思っていないから警告として発しただけのこと。

 ただ彼はまだ迷っている。

 ヒットラーの命令を無視し続ける事により、自分や本国に残された家族の安全のことに。

 彼の心配を解いてあげなければ、パリの無血に近い開放は実現しない。

 そのためにも、この作戦は迅速に且つ計画的に遂行されなけばならない。

「連合軍は、どの方角から攻めてくる?」

 コルティッツの大胆な問いに戸惑ったノルドリングが、私を振り返る。

 交渉をまとめ上げるにはノドリングにはあくまでも中立的な立場を維持する必要があるので、私は彼に連合軍の詳しい状況は伝えてはいない。

 それに彼は外交官だから、交渉は上手くても戦況を把握する能力には乏しい。

 下手に戦況を伝える事により中立的な立場が崩れるばかりか、調子に乗った発言をすることによりコルティッツの機嫌を損ねる可能性もあり、そうなれば交渉そのものが決裂してしまいかねない。

 私は机に広げられたパリ市内の地図の北方にインク瓶を置き、フランス第2機甲師団の主力を含む第5軍団だと答えた。

 第5軍団の要する兵員総数は約3万人以上、それに対してドイツ軍は全体でも2万人で、そのうち市内を守るドイツ軍は1個旅団程度の5~6千程度だからこれで充分。

 私はあえて南方から攻め込んでくる予定の、アメリカ軍部隊の事は教えなかった。

「北か……」

 コルティッツは顎を撫でながら苦い表情で地図を睨んでいた。

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