【ディタリー広場 Ⅰ】
8月23日にようやく国防軍の小隊がやって来て、この場所を彼等に明け渡し昼過ぎにオスマン大尉たちの中隊は北に、俺達の分隊は南のパリ13区にあるディタリー広場に移動するために分かれた。
停戦中にも拘わらず市街には時々銃声も聞こえるが、街はことのほか静かだった。
「レジスタンスにしては珍しいな」
「何がです?」
「だってよー、たったの7人の移動だぜ。これに食いついて来ねえ手はねえ」
「休戦中だからじゃないですか?」
「ばか、お人好しもいい加減にしろ!ホルツ、お前にはあの銃声が聞こえねえのか?」
「ああ、そう言えば……でも、重過ぎてその音に気が回るどころじゃないですよ」
「そうだな、今この状況で敵に襲われちまったらイチコロだよな」
「ひゃぁ~!シュパンダウさん、だったら話していないで周りをよく見張っていて下さいよ」
「ああ、見張っているぜ。どこかにイイ女が居ないかって」
「そっちじゃないでしょう‼」
シュパンダウとホルツの会話が面白かった。
オスマン大尉は別れ際に沢山の銃弾を分けてくれた。
量が多いので台車があれば良かったのだが、そんな気の利いたものは無かったので皆で分けて運んでいる。
この状況でレジスタンスに襲われたとしても、シュパンダウの言う様にイチコロにはならない。
奴は冗談を言ってホルツを揶揄っているだけだ。
なにしろ銃は撃ち放題なのだから、イチコロになるのはむしろ敵の方。
重いと思い、周囲への警戒がおろそかになっているのも新米のホルツだけで、他の者達はその重さも忘れてしまうほど周囲への警戒に敏感になっている。
ディタリー広場までは、たったの2.5km。
俺たちはその行程を堂々と大通りを通って移動した。
コソコソと動き回るレジスタンスに対してこちらも警戒しながら細い道を移動する方が出合う確率は高くなり、狭い道を通ると距離のない所で鉢会い、お互いに逃げ場がなくなり直ぐに撃ち合いになってしまう。
大通りを行けば、お互いの距離が保て、発見から攻撃までの時間も稼げる。
もっとも敵に狙撃兵が居れば話は別だが、粗末な武器しか持っていない相手となら距離を保っていた方が俺達には有利になるはず。
大通りに面したビルの2階にあるバー。
昼なのにカーテンが閉められた部屋には煙草の煙が充満して、ただビリヤードの弾を弾く音だけがする。
1人の男が窓辺の壁に持たれながら、暇そうにカーテンの隙間から大通りの様子を窺っている。
足元には幾つもの猟銃が立てかけられて、床には足で消した煙草の吸殻が幾つも落ちていた。
やがて男は何かを見つけたらしく、指でこじあけていたカーテンから指を放し、ビリヤード台の傍にいる男に話しかけた。
「おいピエール、ありゃあドイツ兵じゃねえか」
「4日前ならドイツ兵も大通りを我が物顔で歩いていただろうが、今頃大通りをノコノコ行進する奴は居ねえ」
「確かに見たことも無いヘルメットを被っているけれど、でも色はグリーンだぜ」
ビリヤードをしている2人も煙草を吹かしながらそれを見ていた者たちも、さして男の話しには興味が無さそうで、逆に応えるのが面倒そうだった。
「アメリカの偵察部隊じゃねえのか!?」
誰かがそう言った途端、部屋の雰囲気はガラリと変わる。
「馬鹿、アメちゃんは、こげ茶色だ」
「じゃあ、イギリス兵?」
「アイツ等はカーキー色」
「グリーンと言えば、ドイツだが、ヘルメットが違う?」
キュー(ビリヤードで使う、玉を弾くための棒)を置いた男が、窓に近付くと外を見ていた男が指で少しだけカーテンの隙間を広げて見せた。
開けられたカーテンの隙間からルッツたちを見つけた男は、顎を撫でながら「空挺隊だな」と呟いた。
見張りの男が置いていた猟銃を手に取り「やりますか!?」と聞くと、他の者達も一斉に銃を手に取って窓際に集まりルッツたちを見た後、1人だけビリヤードテーブルに残っていた男に顔を向ける。
男は返事もせず、外の様子には目もくれずに、キューの先にチョークを塗っていた。
そして狙いを定めて白い玉を弾くと、黄色と白のナインボールがポケットに落ちた。
満足げに顎に生えた無精ひげを撫でると、ようやく男は窓の方に目を向けた。
「待て!俺が良いと言うまで、勝手に発砲するな」
「あっ、マルシュ。あれ!あれ!」
見張りの男がカーテン越しにルッツたちを指さす。
「あの連中でさあ」
「ああ、あのヘルメットは空軍の降下猟兵だな」
「強いのか!?」
「ああ、空挺部隊だから国防軍の歩兵とは訳が違う」
「やるか?今なら奴等は丸見えだぜ!」
マルシュと呼ばれた男は、ドイツ兵の隊列を眺めながら1人の男に気が付いた。
“あの男は……‼”
7月20日、戒厳令下の夜。
俺はジュリーと一緒に居た、あの先頭から2番目を歩く背の高い男に合っている。
奴はルーアンの村を虐殺から救った英雄。
それにジュリーを救うために、俺にワザと殺されようと嘘をついた男。
自らの死も恐れぬ、生粋の軍人。
いや軍神だ。
そう言えば昨日のシテ島周辺の戦いで、島に架かる13の橋を守るドイツ軍守備隊のうち、たった1つだけ堕とせなかったプティ・ポン橋の守備隊は、たった7人の降下猟兵分隊だと聞いた。
そのうえ奴等は仲間の応援部隊が到着すると、俺達が苦労して取った橋をあっという間に取り返しやがった。
こんな奴を相手に戦えるほど俺達はプロじゃない。
「やめておけ。おそらく奴等が昨日、警察隊の動きを封じ込め、プティ・ポン橋を守り抜いた奴等に間違いない」
「マジかよ‼」
「凄腕の狙撃手が2人居る。って奴等か!」
「ああ、とても俺達が勝てる相手じゃねえ。路地でバッタリ会えばあっと言う間に皆殺しにされちまう」
「目立つ大通りを歩いていてくれて感謝だな」
「そうだな……」
「奴等が、どこに布陣するか確かめる。ダニエル俺について来い」
「武器は?」
「要らない。手ぶらでいい」




