【コンマ数秒にも満たない夢 Ⅰ】
「中隊長、パリ総督府から連絡です」
「分かった直ぐ行く。じゃあルッツ、壊せそうな橋をピックアップしておいてくれ」
「分かりました」
地図と景色を照らし合わせて、現在ある爆薬で壊せそうな橋を探した。
とりあえず橋脚が鉄で作られている目の前のプティ・ポン橋とシテ島の向こうにあるアール橋、そしてサン=ルイ島に架かる2本のうち東岸に架かるシュリ―橋は今ある爆弾でも通行不能には出来そうだ。
7本の橋のうち3本落とす事が出来れば、防衛も大分楽になる。
しばらくするとオスマン大尉が戻って来たが、様子がおかしい。
「どうしたのですか?」
「橋の爆破も却下された。休戦だ」
「却下?それに休戦とは一体どういうことなのです?連合軍との和平交渉に入ったと言う事ですか?」
ヒットラーの暗殺計画は7月20日に行われたが、それが失敗したことは既にジュリーから聞かされていた。
だから戦争は終わらないと諦めていたが、休戦と言う事はヒットラー自身が失敗した暗殺で受けた傷の状態が急変して倒れたのだと思ったが、それは違い休戦協定はレジスタンス側と行った。
「レジスタンスと?彼等は軍隊ではなく、只の民兵組織だからそもそも休戦の対象とはならないのでは?」
「俺も、それが不思議で堪らん」
「もしかしたらコルティッツ将軍は、連合軍側と何らかの取引をしているのではないでしょうか?」
「取引!?それは一体どういうことだ?言っていい事と悪い事があるくらいは、知っているだろうな」
「知っています。言ってはなんですが、提督に意見出来る将官クラスの部隊は全てパリ郊外の戦いに駆り出されているのは何故ですか?それにシテ島への上陸も許されない上に、橋の爆破も却下された。おかしくはないですか?」
「パリ市内は提督の思いのまま……つまり俺たちは見捨てられている。と、言う事なのか?」
「明確な防衛の指示も無いと言う事は、おそらくその確率は高いと思います。このままここに居てもレジスタンスと、やがてやって来る連合軍に包囲されるだけでしょう」
「だが、撤退は許されない」
「俺の意見はあくまでも推測です。確かにヒットラーが健在であれば撤退は許されないでしょうし、コルティッツ将軍が本当に裏切るとすれば無理に撤退の要請もしないでしょう」
「どうする?」
「防衛ラインを変えるのはどうでしょう?」
「場所を変えるのか?」
「そうです。もし撤退するにしても、ここは一方を川で塞がれており必ず橋を渡らなければなりません」
「今更、そんな許可は下りんだろう」
「これは俺の勘なのですが、連合軍は必ず南からやって来る。理由は南には川がないからです。そうなればここを死守する俺達は許可されていないシテ島に渡って防衛するしかありません。つまりここに居る俺達は、裏切り者にとって厄介な代物。何しろ無傷で渡すはずの文化的に価値のある重要な遺産を戦場に変えてしまう輩なのですから。おそらく中隊長の応援が許可されなかったのは、そのまま俺たちを見殺しにするつもりだったのでしょう」
「だが、俺は来てしまった」
「場所を変え、撤退の事を考えるなら北の18区にあるポルト・ド・クリニャンクール駅周辺が良いでしょうが、問題は彼等が俺たちの事をどの様に扱おうとしているかです。おっと、これはあくまでも提督府がパリを敵に売るとする考えに基づいたものです」
「分かっているが、どの様に扱うとは一体なんだ?」
「つまり我々は国防軍ではなく空軍、そして降下猟兵と言う戦争のエリート集団です。スンナリこれを逃がすのか、手土産にするのか……まあ本当に見捨てようと画策していたと言う俺の推理が当たっていれば、自ずと移動する場所は向こうから指定して来るかも知れません」
一度寝て、午前2時に起きて歩哨の交代に向かった。
「シュパンダウ、交代だ」
「ああ、もう少尉さんになったんだから、歩哨に立たなくてもいーんじゃねえの?」
「そう言うタメ口を言う奴が居る限り、歩哨はサボれんだろう?」
「ちげえねえ。……ところで、聞いてもいいか?」
「なんだ?珍しいな」
「なにが?」
「タメ口レベルが、やけに低い」
「じゃあ、聞かせろ」
「なんだ?」
「なんであの時、撤退に拘った?」
シュパンダウが言うあの時とは、周りの橋を守る部隊がことごとくレジスタンスに遣られて残った部隊が俺たちの分隊と、無線連絡の取れない小隊本部だけになったときのこと。
「いつものアンタなら、応援の要請は出したとしても“撤退”の2文字は死んでも出さねえ。なのに、何故?」
確かにシュパンダウの言う通り。
あの時、俺は直ぐにでもあの場所から逃げ出したかった。
「さあな、魔が差しちまったのかな」
「嘘言え。レジスタンスと何かあったのか?」
「なにも……なぜ、そう思う?」
「だって、わざわざレジスタンスの右肩ばかり狙って撃っていただろう。それに……」
「それに?」
「なんでもねえ。明日も忙しくなるかも知れねえから、俺はもう寝る。歩哨頼んだぜ、新米少尉さん」
「任せとけ」




