【パリ市街戦Ⅳ】
結局動けるものは皆、シュパンダウに付いて来た。
そのうえ、奴は置いて行った仲間たちのために最後に窓に白旗を掲げるイキな計らいと、置いて行った兵士たちに必要のない銃弾までチャッカリ集めて戻って来やがった。
「どう?俺って上出来?」
「ああ、いつでもルッツ軍曹の後釜になれるぜ」
お道化たシュパンダウをロス伍長が褒める。
たしかに良い軍曹になりそうだ。
人数が3倍の21人になり、大分余裕が出来た。
「グリーデン、撤退の返事は?」
「まだ何も」
「まったく、中洲の向こうとこっちで使える橋が1本しか残ってねえのに、なんでここを死守する意味があるんだ?お偉いさんたちは、それでノートルダム大聖堂に戦勝祈願でもするのなら訳が分からないでもねえが、どうせそんな気の利いた事はできやしねえでビール腹叩いて遠くから音頭を取ることくらいが関の山だぜ」
シュパンダウの冗談に、小隊本部からやって来た連中の尖った神経が緩み、表情に余裕が少し出て笑うものまでいた。
口は悪いが、その分気の利いたことが言える好いヤツ。
誰しも仲間を置き去りにして来たくは無かったはず。
死んだ仲間の事をクヨクヨと考えていると、自分も死にたくなってしまう。
哀しみや後悔をいつ迄も気にしていられるほど、戦争は甘くはない。
良いことも悪いことも全て忘れて、目まぐるしく変わって行く状況を的確に捉えていかなければならない。
その気持ちの切り替えが出来ない限り、この難しい戦場を生き延びる事は出来ないのだ。
「さあっ!各自配置に着け。分かっているとは思うが、俺達軍人にとって命令は絶対だ!ここを死守しろという命令なら、もう俺たちに逃げ道はない。最後まで戦い抜き、ドイツ兵としての誇りを見せつけてやれ!」
「おーっ!」
「マイヤー!ドライバーを狙って車両の接近を食い止めろ」
「了解!」
「ロスは3人連れて、止まった車両に火炎瓶を投げつけて、敵を車両の陰に隠れるのを阻止!」
「了解」
「ザシャはロスの援護!ホルツ、銃弾を切らすな!」
「了解しました!」
戦いは直ぐに膠着状態に陥った。
重機関銃や大砲といった決定的に強力な武器を持たない部隊同士、しかも身を隠す場所はお互いが知っている。
まるで第1次世界大戦の塹壕戦を街中に持ち込んだ縮小版だ。
この状況を打破するには、もちろん第1次世界大戦と同様に突撃を試みるしかない。
当然突撃して来る場所も分かっているから、先に行動を起こす側は大損害を被る事も分かっているから容易に突撃を仕掛ける事は出来ない。
まして突撃して来る側は警察とレジスタンスだから、俺達軍人と違い“命令には絶対服従”と言う確固たる意志はないから死ぬことが分かっている作戦は使えないだろう。
敵も俺たちも、現在進退模索中。
「隊長、オスマン大尉からです」
ようやく中隊長から返信が届いた。
「こちらルッツです」
≪すまん、市内の至る所でレジスタンスの蜂起があり、てんやわんやだ。そっちの状況は?≫
「クンケル小隊長が戦死し、橋の守備隊はほぼ壊滅。現在、残った戦力を俺の居るプティ・ポン橋に集めて橋の確保に努めています」
≪すまん。ナカナカ総督府からブローニュからの移動の許可が出なかったが、これから応援に向かう≫
「総督府からの許可が出たのですか?」
≪無いが、これ以上俺の部隊を見捨てられん。少し時間は掛かるが、なんとか持ちこたえてくれ≫
「了解、御無事で」
≪そっちもな≫
中隊長が応援に来ることを伝えると俄然みんなの士気が上がり、午後には約束通りオスマン大尉が2個小隊を引き連れて来て、敵の手に堕ちた橋を取り返す事が出来た。
夕方には飯に帰ったのかレジスタンスの攻撃は止み、俺はオスマン大尉と簡素な飯を食いながら、これからの作戦について話し合った。
「これから一気に、警察本部に踏み込みますか?」
「ルッツ、それは良い考えだが、許可できない」
「許可できないとは?」
「いくら何でも勝手にブローニュから移動は出来んから、出発する前に移動する旨だけ総督府に伝えておいたのだが、ここに到着する直前に返信があってな……」
「警察本部に踏み込むな。と?」
「そうだ。警察本部を手中に収めてしまうと、市民の反発が強くなる」
「もう、そういう事を気にしていられるレベルではないと思いますが」
「だよな。だが総督府からの指示は、それだけではない」
「と、言うと?」
「シテ島への上陸も禁止」
「禁止!?」
「シテ島にはノートルダム大聖堂をはじめ、サント・シャペルとコンシェルジュリーなどの歴史的に貴重な建造物がある」
「それは知っていますが、今更何故ですか?」
「さあな……」
シテ島の警察本部に踏み込めないのは厄介だったが、無力化は出来る。
もともと少人数で沢山の橋を守ると言うところに無理があるのだから、レジスタンスの活動が一旦落ち着いている今夜のうちにでも爆弾を使って壊せる橋は壊してしまえばいい。
オスマン大尉も、その事には賛成してくれた。
だが、状況は今夜を待つ前に一転してしまった。




