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【パリ市街戦Ⅰ】

 ジュリーは、その一言を残して夜のパリの街に消えていった。

 ヒットラー暗殺計画が失敗した事との関係性は分からないが、カーンを占領した連合軍は7月25日にブルターニュ地方サン=ローに取り残されていたドイツ軍2個歩兵師団と戦車190両を中心とした部隊に、8個歩兵師団、戦車2500両で襲い掛かり2日後の27日には街を制圧した。

 連合軍のパリへの進軍ルートが、パリ西部の街ル・マンを経由する事が分かり、これを阻止するためにドイツ軍は第7軍を中心とした戦力をノルマンディー地方南部のファレーズ周辺に集結し大反撃作戦を行う。

 先ずはブルターニュに進出したアメリカ第3軍を孤立させるための『リュティヒ作戦』が8月7日から行われたが、作戦当日の午後には既に戦闘の主導権は連合軍側に握られて逆に撃退されてしまい、反撃作戦のためにファレーズに集結していた部隊も連合軍に包囲され8月21日には第7軍そのものを失ってしまった。

 ルーアンに居た我々もそうだが、地方に居た部隊は敵の航空機やレジスタンスによる鉄道網の破壊により思う様に部隊を移動させることが出来ないまま、結局俺たちの部隊は徒歩でパリへと進軍した。

 俺たちは到着後、事実上パリを支配していたパリ国政局長官カール=ハインリヒ・フォン・シュテュルプナーゲル大将に代わりパリ軍事総督に就任したばかりのディートリヒ・フォン・コルティッツ大将の支配下に置かれることになった。

 前任のシュテュルプナーゲル大将はヒットラー暗殺計画の首謀者の1人として逮捕されていた。

 もしかするとジュリーをパリに呼び寄せていた上司と言うのは、彼だったのかもしれない。

 パリの中心部、セーヌ川に浮かぶシテ島とサン=ルイ島の南対岸に俺たち降下猟兵中隊は配置された。

 中隊と言っても、定員を大きく割って今や100人にも満たない。

 俺たちの小隊が守るプティ・ポン橋からはノートルダム大聖堂が真正面に見える。

「さすが華の都と言われるだけあって、優雅な街並みだな」

 周りの景色を見ながらシュパンダウが陽気に言った。

 部隊の仲間たちも、綺麗な街並みに浮かれている。

 ここに到着した我々は、ドイツ軍の勢力を見せつけるために軍事パレードに参加しただけで、予想されていたレジスタンスとの血生臭い戦闘などには遭遇していなかった。

 しかし一旦連合軍が近付けば、空襲やレジスタンスとの凄惨な闘いも起こるだろう。

 もし、その戦闘でジュリーに遭遇した時の事を思うと、俺の気は重かった。

 1対1ならお互いに見過ごす事も出来るだろうが、戦争は多数と多数がぶつかり合うもの。

 いくら俺たちがお互いを撃たなくても、仲間の誰かが撃ってしまう。

 残念ながら、それを止める事は出来ない。

「しかし妙ですね。パリを守るための部隊が少なすぎる気がしますが」

「馬鹿言え、パレードではあんなに沢山の見方が居たぞ」

「いや、ロス伍長の言う通りですよ。道路を見たってドイツ軍の戦車はおろか、トラックやキューベルワーゲンさえも目につかない」

「そ、そうか……、ガソリンが足りねえから、節約しているんじゃねえのか?」

「だったら、歩いたり馬を使ったりして移動するでしょう?ところが、その肝心のドイツ兵さえも殆ど目につかない。ルッツ隊長、これは一体どういう事なのでしょう?」

 周囲の状況に気の付いた仲間が俺に聞いて来たので、戦闘の主力部隊は全て郊外に出たことを教えた。

「市街戦を放棄したって??それじゃあ、敵の攻撃が始まっちまったら、俺たちはレジスタンスに囲まれちまうじゃねえか!」

 シュパンダウが気付いて騒ぎ出す。

 無理もない、たしかにその通りなのだから。

 部下たちには話さないが、俺はコルティッツ大将が降伏するのではないかと睨んでいる。

 おそらく既に、自由フランス連合などとは何度も接触しているに違いない。

 つまり降伏交渉の邪魔になりそうな大部隊は、郊外に追い出したと言う事だろう。

 そして俺たちが駐屯しているこの場所も微妙だ。

 空挺降下猟兵の小隊は、このシテ島南岸に架かる4本の橋に配置されていて、特に俺の分隊が担当するプティ・ポン橋の直ぐ目の前にはパリ警察の本部庁舎がある。

 もし連合軍がパリへ入って来る事になれば、パリ警察が俺たちドイツ兵に牙をむくことは確実だろう。

 もしも撤退するようなことになれば必ずセーヌ川を渡る必要があるが、目の前にあるパリ警察本部前を突っ切って脱出する事は非常に困難な状況に陥る事は間違いない。

 もし橋の上で立ち往生する羽目になってしまえば、四方八方を取り囲まれて身動きできなくなってしまう。


 8月15日、地下鉄が止まり警察や一般企業などもストライキに入り、レジスタンスの蜂起が迫っていることを知らせる。


 8月19日朝には、ついにパリ市内の至る所で一斉に銃声が鳴った。

「何人たりとも一歩も橋を通すな!」

「了解!」

「グリーデン、ホテルの電話が使えるか確認しろ!」

「了解!」

 俺たちが警備のために使っているのは、プティ・ポン橋の正面に立つホテル。

 ここからは左右の橋も良く見える。

 もちろん、正面の眺めも抜群だ。

 ザシャのMG42が橋を渡ろうとする警官隊に向けて火を吹き、マイヤーの狙撃銃が警察の狙撃手を狙い撃ち、俺達は銃と手りゅう弾で橋を強行突破しようとする警察車両を止める。

 拳銃と旧式のライフル銃が相手なら距離を保っていれば軍用の強力な銃を使う俺達にとって有利な状況だと言えなくもないが、人数の少ない俺達にとって橋を渡られて接近戦に持ち込まれれば勝ち目は極端に薄くなる。

 しかも立て籠もっていては後から押し寄せて来るレジスタンスに包囲されてしまうから、早く警官隊の攻撃意欲を消耗させて自由に動くことが出来る状況を作り出す必要があるのだ。

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