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【戒厳令の夜Ⅰ】

 黒ベースだった肩章が銀ベースになり襟章も変わった真新しい制服に、騎士鉄十字章の吊り輪に准将自らが柏葉章を装着してくれ「我が空軍の誇りだ」と言ってもらいティータイムのお供をさせられ、15時50分に開放された。

 宿の手配は空軍の方でサン=ルイ島の向かいにあるホテルを取ってもらっているが、俺は新しい将校用の制服に帽子(下士官用の帽子は顎紐が黒い革製だが、将校用はシルバーの飾り紐に変わる)を付けた姿をジュリーに見せたくて、事務係の兵士にパリの国政局本部の場所を聞いて行ってみることにした。

 ジュリーとの待ち合わせ時間は20時。

 場所は、19世紀の医学者フィリップ・ピネルによる精神病院での虐待防止対策が行われたことでも有名なサルペトリエール病院の近くにあるカンポ・フォルミオ‎駅と駅で別れるときに決めていた。

 けれども俺は、まるで新しい服を自慢して見せびらかす子供のように、一刻も早くジュリーに会いたかった。

 彼女が重要な任務で国政局の本部に行ったことは分かっているのだから、そこに行けば待ち合わせ場所に行くよりも早く会える。

 事務係に軍政局本部の場所を聞いているときに、同じ空軍の中佐に軍政局に行くのは止めるように言われた。

「知人に会いに行くだけですが、それでも駄目ですか?」

「相手も面倒に巻き込まれる可能性が高いから、止めた方が良い。それよりも行っても無駄だ」

「無駄?」

「おそらく君は軍政局には辿り着けない」

「中佐は辿り着けるのですか?」

「僕は車だし、重要人物だからフリーパスさ。じゃあな!」

 一緒に乗せて行って欲しいと言いたかったが、中佐は俺の言葉の先を読んで話を打ち切った。

 なんて奴なんだ。

 同じ空軍だと言うのに。

 中佐の車を見送りながら事務係にあの男の名前と目的を聞くと、ホーファッカー中佐だと言うことと、軍政局に行ったと教えてくれた。

 人には面倒に巻き込まれるかも知れないから行くなと言っておきながら、自分は行くのはおかしい。

 そして、あの表情。

 面倒に巻き込まれると俺に言いながら、まるで宝くじにでも当たったような浮かれ方ではないか。

 面倒には慣れているし、あの様に言われればジュリーの事が心配だったから、俺はホーファッカー中佐の忠告を無視して軍政局へ向かった。


 パリの街は美しい。

 エッフェル塔に凱旋門、それにノートルダム大聖堂やセーヌ川も。

 本当にここがやがて戦場になるのかと思うと、ある種の罪悪感を抱いてしまう。

 マジノ線を突破した我々の前に、いとも容易くフランス軍が降伏した訳が分かるような気がする。

 彼等はパリもそうだが、何よりもフランスの綺麗な街並みを戦争で汚したくなかったに違いない。

 他国からの占領という屈辱を受けようとも、代々受け継がれて来た街は守りたい。

 それだけ彼等はこの国を、そして自分たちの住む街を愛しているのだ。

 しかし彼等はタダで降伏した訳ではない。

 いや彼等は降伏などしていないばかりか、彼等フランス人は、まんまとドイツ軍を罠にはめたのだ。

 そうやってドイツ軍との正面戦争を避けることで街を守り、その裏では活発にレジスタンス活動を行い、我々ドイツ軍を苦しめているのだから。

 ルーアンの街はずれの村人を集めて処刑しようとした、あの親衛隊の少佐は異常だが、実際にレジスタンスを取り締まる側となれば厄介この上ないことだろう。

 何しろ相手は軍人ではなく、普通に暮らしている一般人なのだから。

 この街のどこかにもレジスタンスは必ず居る。

 通りを走るタクシーのドライバーがそうかも知れないし、セーヌ川で絵を描いている男かも知れない。

 ひょっとすると、ノートルダム大聖堂の前で観光客目当てに写真を撮っているあのオジサンかも知れないし、雨でもないのに粋な赤いパラソルを肘にぶら下げているあの貴婦人がレジスタンスなのかも知れない。

 俺の敵はレジスタンスではないから今こうやって面白おかしく見ている事が出来るが、実際に取り締まる側からみると頭がおかしくなるのも分る気がする。

 そう思いながら通り過ぎる人たちを見ていた。

 だが俺の心は不思議とその人たちを応援していた。

 もし逆の立場であったなら、俺も屹度そうしていただろうから。


「少尉!ここから先は通行禁止だ!」

 軍政局に着く前に俺は物々しい治安維持軍の小隊に呼び止められた。

「通行禁止とは何かあったのか!?」

「戒厳令が敷かれた」

「何のために?」

「分からん。兎に角俺が受けた命令は、親衛隊やナチス関係者に不穏な動きがあるから拘束せよと命令を受けている。君は空軍だから関係ないが、死にたくなければ早く宿舎に帰る事だ」

「軍政局の知人に用があるのだが」

「軍政局は立ち入り禁止だ」

「立ち入り禁止、何故?」

「訳は分からんが、緊急事態だと言う事しか俺たちは知らん。これ以上手間を取らせるんで欲しい。無理に行くと言うのなら君も拘束しないといけなくなるから、言う事を聞いて欲しい」

 何か分からないが、拘束されてしまえばジュリーとも会えなくなってしまうから、ここは一旦引き上げることにした。

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