【カーン市街戦Ⅱ】
離れているザシャにも手話で俺たちの突撃を伝え、ホルツの手りゅう弾投下を合図に敵戦車に突っ込むことにした。
やがて空中を飛ぶ手りゅう弾の黒い影が見えた。
「行くぞ‼」
戦車に向かって一直線に飛び出す俺たち。
マイヤーとゼーゼマンが背後から援護御射撃を始め、向こうの建物からはザシャのMG42が金切り声を上げた。
手りゅう弾が爆発し、ザシャのMG42が行く手に大量の砂埃を上げる。
この嵐にも似た状況の中で、俺とシュパンダウを見つけたとしても、俺たちを攻撃するために体を起こそうと言うやつはそうそう居ないはず。
もし居たとしても、そいつはマイヤーとゼーゼマン、それにクルッペンのKar98kによって倒される。
俺の右手にはHHL 3、シュパンダウの手には手りゅう弾。
共にFG42自動小銃は肩に掛けたままで使えないから、仲間の援護だけが頼みの綱。
ホルツが投擲した手りゅう弾が戦車の少し後ろ側に落ちて爆発した。
ナカナカやるな。
爆発音につられたのか、M4の砲塔が後方に旋回する。
操縦士とその横に居る副操縦士が俺たちに気が付き、土嚢のせいで下向きに固定されてしまっている戦車前面の機関銃が火を噴きレンガ貼りの道路を砕く。
シュパンダウが持っていた手りゅう弾の安全装置を抜き、アンダースローで履帯の間をすり抜けていくように投げる。
投げ終わったシュパンダウは勇敢にも、その場で直ぐに肩に掛けていたFG42を手に取り俺の近接援護に回る。
後方に向けて旋回していた砲塔が、前方からの俺たちの突撃に気付いて反転を始めるが、もう遅い。
俺はジャンプして飛びつくと、操縦士と副操縦士用のハッチの間にHHL 3をセットし、素早く安全装置を外す。
安全装置のキャップの色は青。
作動後4,5秒で爆発するタイプだ。
爆発後の安全対策は、とにかく破片が当たらない所に身を隠すこと。
帰るタコ壺が無ければ、自殺行為に近い兵器だ。
踵を返す時、M4のハッチが開き、操縦士が身を乗り出すのが見えた。
セットされたHHL 3を外そうとしたのか、それとも逃げ出そうとしたのかは分からない。
何故なら操縦士は次の行動に移る前に、銃弾に当たって倒れたから。
「俺に続け‼」
援護してくれているシュパンダウの後ろを抜けるとき奴の肩を叩いて叫び、俺はそのまま店の窓に向かって頭から飛び込み、シュパンダウも俺に続いた。
その直ぐ後に爆発音がして、その衝撃波と爆風が残ったガラス窓を吹き飛ばした直ぐ後に、階段を駆け下りて来る複数の足音が聞こえた。
降りて来たのは勿論この家の住人ではなく、4人の敵兵。
奴等は俺たちに気が付かずに、そのまま出入り口に向かおうとしたところをFG42で4人とも射殺した。
敵戦車と周辺に居た歩兵多数を排除したのは良いが、その代償として俺達2人は部隊から突出してしまい敵に囲まれてしまう。
状況を打破するためには俺たちが戻るか、味方が俺たちの所まで押し上げて来るかの2択しか無いが、今は2つとも今直ぐに実行に移すのは困難な状況。
何故なら俺たちの安否も、敵の残存兵力の状況も他の隊員は掴めていないから。
個人間で無線連絡が取れれば話は別だが、隊員全体が状況を把握するには時間が掛かる。
とりあえず俺たちが無事に生きている事を、他の隊員達に伝える必要がある。
「撃ちまくるぞ!」
「お祭りの始まりだな」
シュパンダウは、そう言うと死んだ敵兵の装備を手にして俺と2人で周り中の敵に向けて撃ちまくった。
兎に角ここは敵のど真ん中。
動くものが居れば、即座に銃弾をありったけ撃ち込んで行った。
なにせ弾は2人分もあるし、それを撃ち終えたとしても、まだ自分の装備がある。
あっと言う間に敵の銃弾を使い切ると、今度は敵が持っていた手りゅう弾を一気に周辺にバラ撒くと同時に俺はシュパンダウを連れて家から飛び出した。
「軍曹、どこへ!?」
「戦車を乗っ取る!」
「せ、戦車を??」
HHL 3が爆発したのは操縦士と副操縦士の間のスペースで、今現在も戦車からは炎や煙も上がっていないにもかかわらず砲塔も内装の機関銃も沈黙していることから、爆発の破片により乗員には致命的なダメージを与えたものの車両自体の損害は軽微なものだろうと考えた。
もし俺が考える通り損傷が軽微で自力走行できる状態であれば、この建物で孤立しているよりもM4戦車に乗り込んだ方が安全に分隊の居る建物に引き返す事が出来るはず。
投げた手りゅう弾の爆発と同時に、建物から飛び出して戦車に飛びついた。
俺は操縦席へ、シュパンダウは副操縦席に飛び込んだ。
お互いの席には当然先客というか、元の持ち主だったはずのアメリカ兵の死体が座っていた。
操縦士はHHL3が爆発する前に脱出を試みていたため、爆発の衝撃で上半身は車外に吹き飛ばされたらしく、シートに座っていたのは下半身だけだった。
「ひぇ~!まだ生温けえ~‼」
生暖かいのは当たり前で、つい十数秒までは操縦士も副操縦士も生きていた。
隣に居たはずの副操縦士はシュパンダウが声を上げるのも無理がないくらい、左半身に付いていた肉が見事に剥ぎ取られて、あちこちの壁に貼り付いている悲惨な状況だった。
奥の砲塔バスケットの方に居た2人は共にシートに座ったまま、爆発で足を捥ぎ取られて座った状態のまま。
まだ生きているのか、もう死んでいるのかは分からないが、俺達にとって無害な存在となっている。
しかし、この状態からでは助かる見込みは殆どない。
先に死んでいた戦車長だけが五体満足な形を保っているのが不思議な気がした。
「ダメだ、操縦席はレバーが爆発で折れていて運転できない。シュパンダウ、そっちで操縦できるかどうか試してくれ」
「マジっすか!?」
そう言いながらも彼は急いで肉片を片付けて座席を確保し始め、その間に俺は砲塔に移動して照準手を椅子から降ろすために胸を抱えた。
「はあ」
照準手が、抱えた瞬間に溜息をついた。
しかし生きている訳ではない、ただ肺に溜まっていた空気が抱えられることにより押されて外に出たに過ぎない。
願わくばこの溜息が本物であったなら、どんなに幸せだろうとも思う。
誰だって人を殺したいとは思わないし、まして自分が殺した死体を抱えるような事などしたいとは思わない。
砲塔の旋回レバーを操作すると問題なく回ったので、一旦砲塔を車体正面へと向けた。




