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【ヴェルノン Ⅲ】

 サンドウィッチと野菜スープそれにロゼワインの夕食は、どこの高級レストランでも経験できないほどの至高のひと時を俺たちに与えてくれた。

 レストランを出て俺たちは夜の街を散歩した。

 治安が良いわけではないだろうし、特にドイツ軍の制服を着ているからいつレジスタンスに襲われるかも知れないが、なんとなくジュリーと一緒ならそんな心配も必要ない気がした。

 むしろ彼女と一緒に居ると、ドイツ兵の方が厄介だ。

 レストランを出た俺たちは、駅とは反対にセーヌ川の方を目指して歩いた。

 途中に大きなノートルダム教会があったので、そこに入った。

 静かな夜の教会で、神様にお祈りを捧げる。

 俺は簡単に済ませたがジュリーのお祈りは長かったので、俺はジュリーの横で教会のステンドグラスを見上げていた。

 月明かりに照らされたステンドグラスは、とても綺麗で印象的だった。

 俺はもう一度座り直し、ジュリーの願いが叶いますようにとお祈りした。

 教会を出て、街並みをセーヌ川の方に向かう。

「なにか街並みが変わっているな。なんとなくアルプスに来たみたいだ」

「行ったことあるの!?」

「ない」

「じゃあ、なんで?」

 ジュリーが可笑しそうに笑い、俺の腕に抱き着く。

「だって、ほら、旅行ガイドで見たような木造りの家が多いだろう」

「本当。なんとなくアルプスに来たみたいね」

 腕を取りピッタリと体を付けていたジュリーの体が暖かい。

 俺に体を預けままのジュリーを抱き寄せて、セーヌ川の畔迄歩いた。

 戦争などまるでないように、穏やかに流れる川面に月の灯りが映し出されて揺れる。

 目を空に向けると、そこには数えきれないほどの星々が輝く。

「戦争など、もう終わったように見えるな」

 そうであると願う様に口ずさむ。

「戦争は、もう直ぐ終わるわ」

 夜空を見上げていたジュリーが言った。

 その華奢な首の上に付いている顎に、軽く指を当てると顔を上げた彼女は幼い子供の様な目で俺を見つめた。

 何かの答えを求めているような、純粋な眼差しが堪らなく愛おしいい。

「そうだね……」

「嘘じゃないの。もう少しの我慢よ」

「うん」

 どんなに気丈に見えても、やはりジュリーも一般市民なのだと思った。

 誰もが戦争の終結を願っている。

 ノルマンディーに連合軍が上陸して、その機運が高まっている事も知ってはいるが、そう簡単にはいかない。

 確かに上陸した連合軍は強いが6月6日のノルマンディー海岸上陸から僅か30km足らずのシェルブールを占領するのに20日も要し、上陸から6週間たった今でもカーンはまだ完全には墜とされてはいない。

 しかも連合軍は無理をして前進したためか、その後は大規模な作戦行動が出来ずにいる。

 つまり彼等は見事に上陸作戦を成功させたが、既に戦線は膠着状態に入っているという事だ。

 この状態では、戦争はナカナカ終わらないだろう。

 駅に戻り列車に乗り込むと、コンパートメントの中に2段ベッドが出来ていて、向かいの老夫婦は宿を取ったらしく居なかった。

「さすが、1等席だけのことはある。ただしこんな事にならなければこの機能も使わずに、今頃はもっと広いベッドで寝ていた」

「戦争中だから何でも予定通りにはいかないわ。さあ寝ましょう」

 ジュリーが上の段に登りはじめる。

 スラッとした脚がスカートから露わになり、形の良い小振りなお尻が目の前を通り過ぎる。

 ヒュ~♬

 思わず口笛を吹くと「見ちゃ駄目‼」とジュリーに睨まれ、彼女は勢いよくカーテンを閉めた。

 “ちぇっ、つまらない。俺も寝るとするか……”

 ベッドに上がるため、手すりに手を掛けた時、ジュリーがカーテンを開けた。

「ルッツ」

「何?」

 呼ばれて振り向いた俺の顔を呼び寄せる様に、ジュリーが手を伸ばして唇を合わせてくれた。

 俺もジュリーの肩に手を回して、体を引き寄せると軽く押し返された。

「ダメよ、お休みのキッスだけなのに……」

「夜は長いものさ」

 そう言って俺が再び引き寄せると、今度は素直に従い俺たちは何時までもキッスを楽しんでいた。

 通路を歩く足音に気付いたジュリーがサッとカーテンを閉める。

 そのタイミングで彼女の腰に回した腕を引き、俺のベッドに引き寄せる。

「お休みのキッスだけなのに……」

「もう少しだけ、君を抱いていたい。いいだろう?」

「いいけれど、少しだけよ」

 そう言うとジュリーは自らの体を密着させて、一層激しく唇を合わせて来る。

 そして俺の熱くなったものに手を掛けると、自らそれを導いたが、ジュリーの手は彼女の腰を持って動こうとする俺を止めた。

「ダメよ。ギシギシさせないで、このままでいて」

「そんな……」

「大丈夫。心が繋がっていれば、これで充分よ」

 俺たちは繋がったまましばらくお互いの唇を求めあっていたが、不意にジュリーがその唇を離して、きつく目を閉じた。

 白く艶のある肌の眉間には、彼女の若さには不釣り合いなシワが微かに縦に入る。

 赤く高揚した唇が大きく開けられ、その先端に真っ白な前歯が覗く。

 額から流れ出す小さな汗と熱い吐息に、俺も込み上げて来て彼女の腰を掴む手に力を入れて更に引き寄せると、彼女の方も俺の背中に回した手に力を入れてしがみ付く。

 お互いが同時に、持てる限りの最高の力を振り絞り、体を伸ばす。

 ギシギシなんて音はしないし、喘ぎ声もない。

 ただお互いの体を引き寄せ合っているだけ。

 永遠にこうしていたい気持ちとは裏腹に、熱いものが出た途端スーッとお互いの力が抜けていくと同時に激しい呼吸が襲って来る。

 苦しいわけではない。

 達成感に満ちた、幸せの呼吸。

 その証拠にジュリーの顔は笑顔で満ちている。

 ハンカチでお互いの物を拭き取り、ジュリーは洗面所に洗いに行った。

 こんな所でするなんて……。

 モラル違反を少し後悔する俺。

 しばらくして戻って来たジュリーが俺の頬にキッスをした。

「おやすみなさい」

 彼女はそう言うと、自分のベッドに消えてしまった。

「おやすみジュリー」

 俺もベッドに横になりカーテンを閉めて目を瞑った。

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― 新着の感想 ―
[一言]    恋人同士が作り出す、倖せなひととき。  もてもロマンティックで、酔いしれそうでした。  戦争だからこそ、そのひとときが宝石のように貴重で美しいですよね。
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