【ヴェルノン Ⅰ】
揉め事も無事終わり、ホッと一息ついたころ、俺たちを乗せる列車は停車しないはずの駅で止まった。
乗客の目が窓の外に向く。
やがて2人の憲兵に取り押さえられた2人の若い男が暴れていて、その後ろにはさっきのゲシュタポがいた。
「Nous n'avons pas d'importance ! Pas une résistance !」
フランス人だ。
何を言っているか分からないがレジスタンスという言葉だけは拾えたから、疑いを掛けられている事だけは確かなようだ。
見ているうちに必死で暴れていた男の1人が、憲兵の拘束を解いて逃げ出した。
隣で見ていたジュリーが、胸で十字を切る。
数名の野次馬を倒しながら逃げる若い男。
「arrêter‼」
止まれと叫んだゲシュタポは、まるで野次馬など目に入らないかの様に群衆の向こうに向けて拳銃を構える。
拳銃に驚いた人たちが慌てて身を屈め、拳銃が数発発射された。
逃げた男がどうなったのかここからではその姿は見えないが、逃げられなかったもう1人の表情を見れば結果は分る。
「Frère~‼」
彼は泣き崩れ、まるで使い終わったモップの様に憲兵に引きずられて駅舎の奥に消えていった。
彼等が本当にレジスタンスかどうかは知らない。
しかし2人とも拳銃などは持っていなかった。
何か疚しいことがあったにせよ、武器を持たない人間を平気で撃つなんて尋常じゃない。
まさに狂気だ。
折角戦場を離れているというのに、気が滅入る。
こんな事なら、いっそのこと戦場に居た方がマシだ。
事件があってから向かいの老夫婦は余所余所しくなっているし、ジュリーも黙っている。
無理もない。
このフランスの地で、しかも目の前で自国の人間がドイツ人によって殺されたのだから。
これが我がドイツの占領地政策が上手くいっていない現状だ。
結局俺たちを乗せた列車は、この駅で1時間停車してから動き出した。
「嫌な思いをさせてしまって、すまない」
「ルッツ、アナタが謝る事ではないわ」
「しかし俺も、あのゲシュタポと同じドイツ人だ」
「嫌になっちゃうわ」
「すまない」
「そうじゃなくて、ドイツ人だから、フランス人だからってワザワザ垣根を拵えて憎み合う世界の事よ」
「そうだな」
まったくジュリーの言う通り。
この狭いヨーロッパで俺たちは一体何をしているんだ。
いつの日か、国境や人種といった垣根を越えた自由なヨーロッパになる日が来ればいいのだが……。
折角動き出した列車だったが、今度は停車した駅で止まったまま、いつまで経っても発車しない。
列車に乗って楽しかったのは走り出して暫くした所まで、後はあのゲシュタポが来て親衛隊の少佐が揉め事を起こしてレジスタンスの疑いを掛けられた青年が連れ出されて……まるでロクな旅じゃない。
「今度は一体何だ?」
通りがかった車掌に聞くと、この先の下り線を走っていた軍用列車がアメリカ軍の航空機の攻撃を受けて脱線したため、今日はこれから先には行けないという事だった。
「明日は何時に出発できるのですか!?」
「分かりません。復旧作業次第としかお伝え出来ません」
パリに行くと言っても少尉の階級章や任命書を受け取るだけで、さして困った事でもなく諦め半分でのんびり構えている俺と違ってジュリーは何故か困っている様子だった。
「どうした、急ぎの用事だったのか?それなら電信で要件を伝えておいて、あとで書類を持って行く手もあるぞ」
「……いえ、大した用事じゃないの」
言葉に反してジュリーの表情は硬かった。
列車に残る事も、外に出て個人でホテルに泊まる事も許された。
俺一人なら、どこかにあるドイツ軍部隊の宿舎に潜り込む事も出来たが、ジュリーが居るのでそれは止めて列車に残る事にして、とりあえず夕食を食べに外に出ることにした。
不用心なので荷物は駅の一時預かり所に預けたが、ジュリーはバッグを離さなかった。
駅の傍にある店は、列車から吐き出された乗客達で行列が出来ていたので、俺たちは市内を散歩しながら店を探す事にした。
「そもそも、ここは一体どこなんだ?」
「まあっ!?街に出ようって言うから、詳しいのかと思っていたのに、街の名前も知らないなんて、呑気な人ね」
久し振りにジュリーが笑ってくれた。
「君は知っているの?」
「ヴェルノンよ」
「凄い!」
「馬鹿ね、駅舎に書いてあるでしょう」
「あっ、そうか」
「大丈夫かなぁ~」
「なにが?」
「だって、こんな分隊長の下で、みんな良く迷子にならないものね」
「戦場では、緊張感が違うよ」
駅前のレストランやカフェは俺たちの列車から出てきた人たちで、どの店も行列が出来ていた。
「どうする?」
「小さな街だから、他も似たようなものでしょう。それに、もう遅いわ」
俺たちは諦めて、順番を待つことにした。




