第3話 道化師1(通常版)
4月下旬の出来事から数週間後、5月中旬へと入る。周りはゴールデンウィーク中に大いに賑わったが、俺の右肩は全治2ヶ月と診断されている。暫くは無理無茶はできない。
あの出来事の翌日、アマギHはライディル達の力を借りて記者会見を開く。そうである、暴走族・躯屡聖堕の解散の発表だ。これは日本中に衝撃を与えた一幕となった。
躯屡聖堕の解散で所属したメンバーは、それぞれ独自の道を歩みだす。しかし絆はそう簡単に壊れるものじゃない。おそらくは今まで以上に結束し、類を見ない軍団となるだろう。
右手を吊るしている状態の自分。これでは満足に働く事はできない。ウェイターの仕事は一旦休止し、店内の掃除と簡単な手伝いに徹している。
「まさか君が躯屡聖堕を解散させるとは思わなかったよ。」
「俺は背中を押しただけですよ。動き出したのは彼らですから。」
芸能界にもメンバーが出ている。今や躯屡聖堕の名前は、一種のブームにもなっていた。その人脈から、ありとあらゆる業界にも精通。予測した通り、彼らは日本の縁の下の力持ちとも言える。
「ライディルさん達にアマギH達のお礼を言って下さい。」
「心配しなくても全て知ってるさ。俺の弟子なんだから、そこまで馬鹿じゃない。」
弟子を甘く見るなと微笑むトーマスC。師匠ありて弟子があり、信頼し切っている証拠だ。にしても彼には驚かされっ放しだ。何とも・・・。
「あ、いたいた。」
雑談しながら作業をしていると、ウィレナともう1人が入店してくる。時刻は2時半、少々早い下校だろうか。
「おう、元気か?」
「ぼちぼちね~、そっちは?」
「見れば分かるだろうに。」
そりゃそうだと笑うウィレナ。この彼女の明るさからも元気を貰っている。嬉しい限りだ。立ち話も何だと、奥のテーブルを囲んで座る。コミュニケーションを優先させろと素振りするトーマスC。この気遣いには感謝するばかりだ。
「そちらは?」
「先輩のラフィナさん。」
「初めまして。」
黒髪のロングヘア、エシェラに近い雰囲気の女の子だ。眼鏡を掛けているからか、非常に大人しいように見える。
「実はさ、暫くの間彼女の彼氏役をやって欲しいんだけど。」
「は・・はぁ?」
「詳しく話すと長くなるんだけどさぁ・・・。」
纏め難そうにウィレナは語るが、それを補足しだすのがラフィナ。このコンビネーションは結構凄いものだ。端的に語ると理由はこうだった。
大学の先輩に恋をしたのだが、どういった対応をしたらいいか悩んでいる様子。今まで異性との交流がなかっただけに、失敗を恐れてのもののようだ。
彼氏役を演じて欲しいというのは、本命の相手に告白するための練習。それに校内よりは外部の人物と接した方がいいという見解になったようで。
つまりは学校とは全く関係のない俺に白羽の矢が刺さったという訳だ。そこまで頼りにしてくれている事に対して、誠意ある応対をせねば俺の生き様に反する。
「恋は盲目というが、そうでもなさそうだな。」
「女を甘く見ちゃダメだよ。」
「だな。分かった、引き受けるよ。」
「よろしくお願いします。」
頭を下げるラフィナ。微笑む姿はエシェラそっくりだ。彼女を大人にしたと言ってよい。だが断然お淑やかなのは事実、少しは見習って欲しいものだ。
こうしてラフィナの臨時彼氏役を担う事になった。何だかいいように利用されているだけにしか思えないが・・・。
「ところでラフィナの相手は誰なんだ?」
「2歳年上の方で、法学部のエリートです。」
彼氏役を担うからには、当分は一緒に過ごさないといけない。男性の免疫がない彼女の事、時間と慣れが必要だった。まあ免疫は言いすぎか、経験不足というべきだろう。
「ふむ、入学したのは一目惚れが影響か。」
「お恥ずかしいながら・・・。」
恋する乙女は無敵、それは行動にも当てはまる。我武者羅に突き進む姿は、俺も見習わなければならないな。
「ミスターTさんはどこの出身で?」
「中卒後働き出した。学問というより人が苦手でね、働きながら勉強したよ。」
「それで20歳の時に旅に出たのですね。」
「そうだね。長いようで短い7年間だった。」
もし普通に学業に進んでいたなら、今こうしていなかったのだろう。普通に正社員になり、約束された道を突き進む。
だが正直言ってつまらない。決まった道を進む事は構わないが、人生が束縛されてしまう。かと言って自由という言葉ほど束縛されるものもない。何でもできるというのは大間違いだ。
それでも進むんだよな。自分の決めた道を・・・。
それから数日間ラフィナと共に行動する。普段は学業に励み、休日は俺と共に過ごした。徐々に異性への経験も得ていき、行動も活発化していった。
そうそう、彼女には両親と姉がいる。父はリュウジ、母はメアリス。そして姉のウィン。ウィレナの姉であるウィンと同じ名前だ、実に不思議である。
もっと不思議なのがウィンの彼だろう。何とユキヤというのだ。偶然の一致か本当に不思議としか言いようがない。
結婚してはいるが、名前が異なるのも異様だ。父親リュウジのセカンドネームは平間。母親メアリスとウィンのセカンドネームはレイリヴァイト。離婚しているわけではないが、苗字が異なっているのも実に不思議である。
姉ウィンとは違い、お淑やかで物静か。しかし肝っ玉は据わっている。エシェラと同じだ。
そうだ、あの一件からエシェラはより一層綺麗になった。俺に対する一念は恋路であり、その影響で美しくなっているのだろう。ターリュやミュックよりも行動派になり、今や高校のアイドル的存在にもなっている。
またラフィナとの仮の恋仲に、エラいヤキモチを妬いてもいる。演技だとも言っても通用しないほどだ。まったく・・・何なんだか・・・。
「こうやって遠出するのも初めてかな?」
「はい、ドキドキします。」
ラフィナを連れて東京の隣、神奈川は三浦海岸まで向かった。無論右肩負傷なので、電車による移動だが仕方がない。殆ど地元から出た事がない彼女だけに、この遠出だけでも冒険だ。
「ここにはよく訪れるのですか?」
「いや、俺も冒険した。今回が初めてだよ。」
「てっきり誰か他の方と来られたのかと。」
「君とが初めてだな。」
本当はバイクでの移動をしたかったが、この身体じゃ無理がある。ただ話ながら海岸線道路を歩くだけだが新鮮に感じられる。
「そうか、将来は歌手を目指すのか。」
「はい。幼い頃から歌うのが好きで、母と姉と一緒にカラオケなどに行ってました。」
未来の目標へ向けて突き進む。その姿勢は素晴らしい。一途に進むのだから、間違いなく得られるものだろう。
「歌を聞かせて貰っていいか?」
「え・・下手ですよ・・・。」
「君の心の声を聞かせてくれ、どんな歌でもいいからさ。」
「・・・分かりました。」
海岸線道路の終わり、丁度車が止まって休憩できるスペースがある。そこの端へと向かい、彼女に歌って貰った。
徐に歌いだすラフィナ。その歌声は心に響く。歌の主題歌と内容は知らないが、今の俺には十分すぎるほどの癒しの音色だ。
この思いは確実に相手へと通じる事が痛感できる。そこまでに心に突き刺さってくる思いが尋常じゃないぐらい強い。
ここまで相手を想っているのなら、彼女の告白は間違いなく成功するだろう。否、これに心から応じない野郎は野郎じゃないな。
「・・・どうでしたか?」
「素晴らしいとしか言いようがない。君の心の想いは十分に伝わった。それなら相手も理解してくれる。」
「ありがとうございます・・・。」
頬を赤くしながら頭を下げる。恋する乙女は強い、エシェラの想いも十分に分かる。これは誠心誠意応じなければ、俺として失礼極まりない。
その後、今度は別の歌を歌いだす。余程嬉しかったのか、その歌声はどこまでも澄み切っていた。そんな彼女の音色を聞きながら、静かに一服し続けた・・・。
第3話・2へ続く。
ラフィナ嬢は非常に淑女的な感じの彼女。これが、警護者や探索者のラフィナ嬢に変貌するとは・・・。我ながらの設定には驚いています(-∞-)