第11話 原点回帰2(通常版)
嫌な沈黙が流れる。彼女の事を構ってあげたいが、今はとてもそんな気にはなれなかった。これこそ俺の生き様に相反するものだろう・・・。
「・・・あ、そうそう。部屋を整理していたら、こんな写真が出てきたのですが・・・。」
更に沈黙が続くと、徐に語りだし写真を手渡してくる。それを受け取り目を遣った。丁度この公園の中央噴水の部分。そこで幼い子供を抱きかかえる少年が写っている。
「これは・・まさか・・・。」
「多分、ミスターTさんの若い頃じゃないですかね。」
「だが君とは4月に会ったのが初めてじゃないか・・・。」
「私もそう思いました。でも・・・何度か抱きしめられた時の温もり、振り返ると懐かしい気分になるのです。」
写真の裏を見ると、丁度今から18年前だ。俺が10の時だが、その時は孤児院にいたはず。この地域に訪れたのは16の時だ。それ以前に来た事はない。
「もしかして、この抱いている赤ちゃんは・・・。」
「多分私です。」
「むう・・・。」
全く見覚えがない。既に18年前にエシェラと会っていたのか。でも、写真に写る少年は間違いなく俺自身だ。
「でも嬉しいです。18年前にも一緒だったなんて。ここに来たのは偶然じゃなかったという事ですから。」
何時になく穏やかに語るエシェラ。俺は今だに信じられないが、彼女は必然だと信じているようだ。
確証させる証拠が掴めない以上、この写真を立証させるものがない。証拠か・・・。
「・・・まだ16時か、間に合うな・・・。」
「どうしたの?」
「少し付き合ってくれ、確かめたい事がある。」
俺はエシェラを連れて道路まで向かう。そこでタクシーを捉まえ、ある場所に向かう。彼女は何事なのかと不安げにしているが、彼女にも関係する事だろうからご足労願った。
俺達が来たのは孤児院。幼少の頃、ここで俺は育った。その後自立できるようになると、特例的に働く事を許可された。
それから一心不乱に生きる技術と経験を取得し、風来坊の旅路へと進んだのだ。とにかく我武者羅に突き進んだのである。
あれから12年が経過している。当時の院長はいるのだろうか・・・。
現地に到着し、孤児院の前に立つ。実に久し振りの訪問だ。全てが止まっているようにも見え、そして懐かしくも思える。
「すみません。」
「はい、何でしょうか?」
孤児院の中に入り、受付嬢に問い掛ける。その際首に下げているプレートを見せた。ここの孤児院出身の人物には、相手を把握するためにこういった標識が手渡されている。
「以前ここでお世話になってた者ですが、ヴァルシェヴラーム氏はいますか?」
「少々お待ち下さい。」
俺の母親的存在だったヴァルシェヴラームという女性。彼女なら全てを知っているだろう。受付嬢が内線で連絡を取る。突然のアポなし訪問だ、応じてくれるかどうか・・・。
「どうぞこちらへ。」
連絡を終えると自分達を案内するという。どうやら会う事はできそうだ。こういった直談判でも応じてくれるのは非常に助かるわ・・・。
「こちらの院長室にいます。」
「ありがとうございます。」
受付嬢に案内され院長室へと入る。学校の校長室と同じだが、幾分か雰囲気が暗い。ここの存在からくるものか。改めて見ると、物凄く心が重い。
「お久し振りと言いましょうか。以前こちらに入居していたお子さんですか?」
俺は顔の覆面を取り外した。それを見たエシェラは物凄く驚いている。今だ見せた事がない俺の素顔を、驚愕した表情で見つめていた。いや、懐かしいと言うべきか。つまり俺の事を知っているという事だろう。
またヴァルシェヴラームには素顔を見せないと、俺だと分かって貰えない。首から下げていたプレート掲げながら徐に語り出す。
「孤児ナンバー31795、ミスターTです。以前大変お世話になりました。」
俺の素顔と孤児ナンバーを聞き、ヴァルシェヴラームの表情が見る見るうちに明るくなる。ああ、間違いない。厳しくも優しくしてくれたヴァルシェヴラームの素顔だ。
「お久し振りです、シェヴさん。」
「ああ・・・、大きくなって・・・。」
涙を流しながら抱き付いてくる。以前は俺を見下げるように見つめていたが、今は逆に俺を見上げる形になっている。時が流れたという現れだろう。
「いきなり帰ってきて驚きました。どうしたのです?」
「お聞きしたい事がありまして。」
ソファーに座り紅茶を入れる。その仕草は存在したであろう、母親の姿を思い浮かべる。俺は彼女に訪れた理由を述べだした。エシェラに合図をし、例の写真を渡して貰う。
「この写真に見覚えありませんか?」
「あら・・・懐かしい。確か中央公園に遊びに行った時のもの。・・・そう、あれから18年経ったのね・・・。」
懐かしそうに当時を振り返っているようだ。その表情はまるで菩薩の如く。実に懐かしい表情である。
「この写真を撮るに至った経緯を知りませんか?」
「・・・なるほど。こちらのお嬢さんは、写真の赤ちゃんでしたか。」
流石鋭い。俺の問い掛けで全てを把握した。まあ俺の直感と洞察力は彼女の影響だからな。当たり前といえば当たり前か・・・。
「ご紹介が遅れました、私は・・・。」
「ご存知ですよ、エシェラ=ビルティムスさん。」
エシェラの本名を言い当てた。まあこの写真が本当の事であるのだから、彼女の名前も把握している。
この写真が撮られた経緯は次の通りだった。
俺が10歳の時。孤児院全体で遠足と題して、中央公園へと向かった。こういったイベントは結構行われていたと言う。
ピクニック気分になる孤児達が多い中、俺だけ浮いたように暗かったという。周りは遊んでいるのに、俺だけはベンチに座り空を眺めていたそうだ。
その時、家族が隣のベンチに座る。生まれたばかりの赤ん坊が泣き出し、落ち着かせるためのようだった。なかなか泣き止まない赤ん坊に参り気味の両親だったという。
すると徐に立ち上がった俺が、赤ん坊を抱かせて欲しいと申し出たそうだ。泣き止まない赤ん坊を胸に抱くと、何と見事に泣き止んだという。
そうである。その大泣きしていた赤ん坊こそ、今傍らにいるエシェラなのだ。
「本当に驚いたわ。無頓着で何も関心を示さなかった君が、赤ちゃんを抱いてあやしだしたのよ。そのまま噴水の方まで歩いていった貴方を、エシェラさんのお父さんが写真を撮ったという訳。」
一部始終を窺ったエシェラは呆然と聞き入っている。しかしその表情は今まで見た事がないような穏やかさである。
「帰り際までずっと一緒。公園の中を2人で散策して歩き回っていたわ。ご両親と一緒に遠巻きで見守っていたけど、全く心配する事もなかった。」
涙を流して聞き入るエシェラ。当時はまだ0歳の時なのだが、記憶にはしっかりと残っているのだろう。いや、無意識なものなのだろうな。
「別れる時に再び大泣きしだしたのよ。その彼女の額に口づけをして、一瞬で泣き止ませたのも憶えているわ。まるで両親以上に愛していると言わんばかりの表情だった。」
「そうでしたか・・・。」
煙草を吸おうとして押し留まる。孤児院は全館禁煙だった。仕方なく紅茶で我慢する。その仕草にヴァルシェヴラームは小さく笑っていた。何ともまぁ・・・。
「貴方が覚えている過去の記憶はどこまで?」
「15以前が全く思い出せません。それ以降から鮮明に憶えています。」
俺は15以前の記憶がない。というか思いだせない。それまでどこで何をしていたのか、全く思い出せないでいた。
「君の以前の過去は、記憶喪失で忘れているのよ。15歳の時に遊びに来られた女の子が、そこの窓から落ちそうになったの。慌てて庇った貴方も一緒に下へ落ちた。女の子は無事だったけど、君は頭を強打して意識不明の重体に。直下に大木がなければ即死だったでしょう。」
そんな事があったのか・・・、これでは過去の事を全く覚えていない訳だ・・・。現に今も当時を思い出す事はできないでいる。
「幸いにも一命を取り留めたけど、落ちる前の記憶を一切忘れてしまった。医師が言うには、もう直らないそうよ。また助かった女の子を危険に曝したという事で、その後会う事はなかった。」
「でもシェヴさんの存在も危ぶまれなかったのですか。院長室から落ちたという事で、責任が降り掛かった筈ですよ。」
「女の子の両親が私に責任を押し付けない代わりに、君と会う事を禁止したの。世間的には私が責任を追わなければならないのだけど、貴方が譫言のように自分が悪いと責めていたわ。」
そこまで前の俺は人を庇っていたのか。いや多分、他人の為という心は忘れていない。今もその原点回帰は心に焼き付いて離れないのだから。
「女の子の両親も世間の責任問題を解決させるため、苦肉の策として貴方に押し付けたの。本来はあり得ない事だったけど、それにはしっかりとした理由もあった。私がいなくなれば悲しむ子供が増えると、泣きながら言っていた。」
「・・・そしてエシェラと会えなくなったと・・・。」
「ど・・どうしてそれを・・・、まさか・・・記憶が・・・。」
俺の言葉に驚愕するヴァルシェヴラーム。しかしこれは推測の域である。実際に当時の状況を思い出す事はできない。
「いえ、推測です。院長室まで入れるのは限れた人物のみ。堂々と入れたのは、ここにいる誰かと親しかったから。これらを結び付ければ、自ずと見えてきます。」
なるほど、そういう経緯があったのか・・・。これで俺の過去のあやふやが証明できるな。傍らでエシェラが真剣な表情で聞き入っている。過去の記憶が蘇っているのだろうか・・・。
既に夜となり、ヴァルシェヴラームも含めて食事を取る事になった。近くのレストランに入り、そこで会話しながら夜食を取る。
俺は20から7年間の出来事を彼女に話す。風来坊としての生き様を、自分のできる限りの表現で伝えた。
「7年間日本中を回ったのね。」
「色々と見てきました、良い事も悪い事も。あの7年間は自分の糧です。人の為に役立つ事を掴むのだと、一心不乱・我武者羅に突き進みました。」
「フフッ、変わらないわね。だから今も多くの人に慕われるのでしょうから。そして貴方の今の悩みも分かるわ。何か大きな事を頼まれて、それに対してどうしたらいいのか分からないと。」
ハハッ、流石だわ・・・。マツミとの一件を完全に見抜かれている。流石俺の母親だ。見事としか言いようがない。
「自分に正直に生きなさい。周りがどうこうではありません、貴方自身がどうあるべきか。そして人の為に役立てるか、それこそが貴方の原点回帰よ。」
そうだ、その通りだ。結局は逃げていたに過ぎない。しかしそれは迷いそのものでもある。それを払拭してくれた恩師ヴァルシェヴラーム、本当に感謝し切れない。
「エシェラさんを大切にしなさい。生まれた時から貴方を慕っている。その様な大切な人を不幸にしてはいけません。」
「そのつもりです。彼女の期待を裏切る事はしませんよ。」
再び原点へと戻った。自分から進んでこの道に来たのだ、それを拒んでどうする。悩んでも立ち止まってもいいが、逃げてはダメだ。足が重たくても先に進まねば自分に潰される。
俺は本当に幸福者だ。感謝し切れないほどの幸せを貰っている。だからこそ先に進まねば。そして一生涯掛けて報恩をしないと・・・。
「ありがとうございました、シェヴさん。」
食事を終えて孤児院へと戻る。俺よりも大人ではあるが、女性のヴァルシェヴラームを送らねば。野郎として当然の行為だからな。
「また何時でもいらっしゃい。ここは貴方の我が家なのですから。」
彼女とガッチリと握手を交わす。もう悩むまい、後は先に進むだけだ。ヴァルシェヴラームとエシェラもそれを願っているだろうから。
「それと、しっかり覆面も付けなさい。覆面の風来坊さん。」
ハハッ、こちらも全てを見透かされている。何とも・・・。俺は徐に覆面を装着し、普段の出で立ちに戻した。
ヴァルシェヴラームと別れ、孤児院を後にした。ここから本店レミセンまでは約30分の道程。タクシーを拾って帰るしかない。しかし今の気分なら、歩いて帰ってもいいぐらいだ。エシェラに催促して歩いて帰る事にした。
既に午後10時を回っている。エシェラの明日の行動に影響がないか心配だ。だが心の方は今までにないほどスッキリしている。
「あの・・・。」
「ああ、ごめんね。明日も学校だというのに。」
徐に語り掛けてくるエシェラ。それに間隔空けずに詫びた。時間が時間なだけに、明日の彼女に影響を及ぼすからだ。しかし雰囲気的に話したい内容は別のようである。
「ううん、違います。その・・・ありがとう。あの時助けてくれなかったら、私は死んでいたかも知れない。」
「あ・・ああ、気にしなさんな。」
「でも・・・それが原因で記憶が・・・。」
彼女の罪悪感は俺の過去の記憶か。しかし既に過ぎ去った事。それが原因で今がある。これは紛れもない事実だ。
「心配するな。命があっただけでも儲けものさ。それにそれがあったから、今の自分が存在できる。決して辛くも悲しくもない。」
もっと優しい慰めの言葉を言えないのかね・・・。情けないったらありゃしない・・・。だが彼女の方は今まで見た事がないような歓喜に溢れる表情を浮かべている。
「・・・私、この恩・・・絶対に忘れないから・・・。」
「・・・ありがとう、エシェラ・・・。」
ソッと寄り添ってくるエシェラ。その彼女の頭を優しく撫でてあげた。この子は必ず幸せにしないとな・・・。無論、周りの人々全てもだ・・・。
俺とエシェラは心の深層で繋がっていた。しかも彼女が生まれて直ぐの時から。彼女は大切な人そのものだ。命を懸して守らないといけない。過去の俺がそうしたように・・・。
己を振り返る切っ掛けを作ってくれたエシェラに感謝しよう。本当にありがとう・・・。
第1部・第12話へと続く。
覆面を外す。その“獲物”ですが、大凡マスク・オブ・ゾロのあの獲物を改良した形と捉えて頂ければ><; しかし、声色(劇中では主人公の語り)が警護者や探索者の彼とは全く違いますね@@; やはり就いている職業により、大きく化けるのだと思います。まあ、警護者は一種の人殺し的な存在ですし。何とも。