第7話 巡る盆踊り3 弱点と願望と(通常版)
「風呂上りのビールは最高だわぁ~。」
ビール片手にバスタオルを巻いただけという出で立ちで現れるシューム。流石にその出で立ちに顔を背けてしまう。普段以上に色っぽすぎるのだ・・・。
「母さんっ、何て格好してるのよっ!」
「いいじゃん、減るもんじゃないし~。」
「お兄さんいるのに~?」
リュリアの一言で我に帰っていくシューム。どうやら完全な息抜きにより、自宅と同じ感覚で現れたようだ。顔を真っ赤にして脱衣所へと戻っていく彼女。一応は女らしい仕草はしてくれたわ・・・。
「ごめんなさい・・・、家では何時もああなのよ・・・。」
「ま・・まあそれだけ安らいでいるからいいんじゃないか。」
呆れるを通り越すというか、自然体のこの場に嬉しさも感じてしまう。形作らないで接するのは大切な事でもある。
「お兄さん、これあげるよ。」
「おお、ありがとな。」
リュリアが手渡してきたのは、盆踊りで手に入れた景品のようだ。金属のプレートを子犬の形に象った飾り物で、ネックレスなどに似合うだろう。
「そうか、こうすればいいか・・・。」
以前本店レミセンにて銃弾を喰らった標識プレート。そこに子犬のプレートを取り付けた。穴が開いた標識のプレート・新たに作って貰った標識のプレート、そして子犬のプレートを首から下げる形になった。
「お~、似合ってるじぇ。」
「宝物が増えたね。」
「じゃあ~、私にも宝物頂戴~っ!」
そう言うと俺に抱き付いてきて唇を重ねてくる。幼いパワーには参りまくりだ。それと同時に四方八方からギラ付いた殺気が放たれる。全く・・・大目に見てくれよ・・・。
今日は今までになく熱帯夜という事で、面白い寝方を考え出した。リビングと他の部屋にあるソファーを全てバルコニーへと出す。それを重ねて簡易ベットを作り寝るというのだ。バルコニーだけの広さから十分なスペースだが、大丈夫なのかね・・・。
「また何とも・・・。」
「この高さなら見られる心配もありません。まああまり五月蝿いのは問題ですが。」
そう言いながら手摺りから下を見つめるエリシェ。俺も一緒になって見つめるが、その高さから気が遠くなり倒れそうになる。それは観覧者の事を思い出したのも原因だった。
「だ・・大丈夫?!」
「あ・・ああ・・・。」
この高さは異常だ・・・、何で今まで気付かなかったのだろう・・・。俺の異変に気付いた周りの面々は、咄嗟に手を差し伸べて支えてくれた。
「マスターは高い所がダメなのですよ。」
「メルデュラさんとデートした時の観覧者の件ですね。」
他の面々も同じように手摺りから下を眺める。その仕草は何ともないような雰囲気であった。俺は今になって足が震えだし、その場に座り込んでしまう。やはり高所恐怖症なのだろうな。
「ソファーでお休みになって下さい。」
「足を持ちますよ。」
俺を抱きかかえるウインドとダークH。そのままバルコニーに出したソファーへと運ばれる。腰が抜けるという事を身を以て体験した。実に怖ろしい・・・。
「大丈夫?」
一際心配そうな表情を浮かべるヴァルシェヴラーム。全く弱みを出さない俺だけに、この異常さには本当に驚いているようだ。
「無理しすぎよ、まったく・・・。」
「今度からは十分注意します・・・。」
俺の額を撫でながら、安堵の笑みを浮かべる。俺の何気ない仕草で心配させてしまう。悪い事をしてしまったわ・・・。
「でも・・・嬉しいな、君に弱点が存在して。」
「そうですね。完全無欠と思っていましたが、私達と何ら変わらないですし。」
「・・・皆が誘ってくれるのに、怖いから嫌だとは言えないだろう・・・。」
パーティーとか苦手なものは引くが、それ以外の事はあまり引きたくない。ちょっと矛盾はするが、まあ時と場合によるだろうか・・・。
「本当に優しいね・・・。」
「そんな貴方だから惹かれるのよ。」
「ハハッ、ありがとう・・・。」
弱点からの原点回帰か、不思議なものだ・・・。まあ彼女達の心の支えに一役買えれば、俺の欠点も長所となり得るのだろうから・・・。
「蚊取り線香の配置完了。」
時刻は午後11時を回った。リュリアは既に寝息を立てて眠っている。落ち着いた俺も胸にヴェアデュラを抱き、彼女を寝かし付けたばかりである。その彼女をヴァルシェヴラームに託し、バスケットへと移動させてくれた。
「この高さなら蚊も来ないでしょう。」
「ですね。」
「油断はできないわよ。室内から来るかも知れないし。」
小さな水溜りからも大量発生する。雨水が溜まった場所からも十分あり得るからな。それだけしぶといと言う事だ。
「でもマスターになら血を吸われてもいいよ。」
「その表現頂きです。」
「俺は吸血鬼か・・・。」
どこからそういったユーモアが出るのか不思議でならない。場を和ませるのは十分な事だが、俺はどこか遣る瀬無い気分だ・・・。
「でも・・・よく寝れましたよ・・・。」
全員がバルコニーに出した簡易ベッドたるソファーに横になれている。別に窮屈ではなく、十分すぎるほどのスペースを確保できていた。
「リデュアスさんとメルデュラさんは大きいですからね。」
「普通なら邪魔になるのですが・・・。」
「俺にはお転婆娘にしか見えないが・・・。」
「なにぃ~っ!」
聞き捨てならないと言った表情で圧し掛かるメルデュラ。それに便乗したシュームが同じく圧し掛かってくる。美女2人に圧し掛かられ、辛いような嬉しいような気分になる・・・。
「まったく・・・手加減ってものを知らないのか・・・。」
圧迫され続けて胸が痛い。まあ悪気があっての行動じゃないし、この場合は多めに見るのが正解だろう。
「私達だけだったら襲い掛かるのだけどねぇ~。」
「大問題だよそれは・・・。」
関わりがある6人はニヤニヤしながら見つめている。それにヴァルシェヴラーム達は苦笑いを浮かべるしかないようだ。
「でも・・・これが息抜きというものなのでしょうね。」
「無理矢理にでも付き合ったのは正解でした。」
「そうだな。」
普段からお堅い警察官の5人は、僅かながらの一時で大きく変わった。息抜きという大切な事を知った彼女達は、間違いなく今まで以上に強くなる。まあそこを想像して連れ出した訳でもあるが・・・。
「まだ息抜きは終わってませんよ。明日の盆踊りを参加した後は、三浦海岸まで行きます。滞在は1週間を見積もっていますので。」
「それはまた・・・。」
3年前に三浦海岸へ赴いた時は1泊2日だった。今回は7泊8日のようだ。かなり大規模な息抜きとなりそうだな。
「今回はキャンピングカーでの移動もありますが、サイドカー2台も一緒です。」
「おいおい大丈夫かよ。」
「私も普通車と大型二輪を持ってますので。」
「私も~。」
「白バイにも乗れるよう、大型二輪も持っています。もちろん普通車も。」
「同じく。」
どうやら俺が不在の3年間の間に、必須と言える免許は取ったようだ。キャンピングカーなら普通車でも運転できるとの事。また大型二輪は二輪車の限定解除免許だ。ハーレーでも何でも乗れる。
「よく取れたな・・・。」
「こちらからの配慮です。資金前貸しという事で、先に免許を取って頂きました。」
流石は三島ジェネカン社長令嬢、スケールが違いすぎる・・・。しかし前貸しという事により先に経験を得るというのはプラス要素でもあろう。
「シェヴさんなんか凄いわよぉ~。殆ど全ての免許持ってるしぃ~。」
「マジで?!」
「運転できないのはスペースシャトルだけかな。それ以外の船舶・航空機、陸路を走るものは全て乗れるわよ。」
・・・流石としか言いようがないな。抜け目がないと言うか抜かりがないと言うか・・・。とにかく凄いという事だけは確かだ・・・。
「まあ1つだけ操れないものがあるけどねぇ~・・・。」
「・・・俺の心とか言うんじゃないだろうな・・・。」
「あったりぃ~。」
予測が当たって嬉しいのか、俺に抱き付き甘えてくる。俺より年上なのに、何とも・・・。それに何か様子が変だ。何時ものシュームではない・・・。
「母さん・・・、何か・・・子供に戻ったみたい。」
「いいんじゃない。普段から自分を殺してまで周りを引っ張ってるのだから。」
流石はヴァルシェヴラーム。シュームの一時の甘えの意味を把握している。普段から気丈な人物ほど無理をしている。シュームもそうだがヴァルシェヴラームもそうだ。
「ねぇ~、子供作ろうよぉ~。」
「な・・な・何を言ってるのよっ!」
「一番フリーなのは私だからさぁ、大丈夫よぉ~。」
そう言えば風呂上りから缶ビールを5本も飲んでいたっけ。今頃になって酔いが回ってきたのだろう。語末が伸びているのはそれが原因だ。
「楽しみだなぁ~・・・、子供大勢と一緒に暮らすのはぁ~・・・。」
そう語ると静かになる。どうやら眠気がピークになり、酔いによる心の内の告白と共に眠ってしまったようだ。俺の胸の中で眠る彼女、その頭を優しく撫でてあげた。
「・・・ごめんなさい。」
徐に詫びを入れてくるエシェラ。シュームは酔うとどうなるか分からないといった、典型的な酔っ払いとも言える。
「大丈夫さ、シュームの心は理解している・・・。」
叶わない願望故に、酒の力を借りての告白のようだ。先の告白の次は、愛を芽吹かせるという本能の行動。人一倍愛しい人の死を恐れているシュームの事、しっかりとした証が欲しいのはよく分かる。
「私は構わないと思う。シュームさんの過去がどれだけ辛いのかよく分かるわ。それに彼女の惚れ方は尋常じゃないぐらい一途よ。君との愛の結晶を残したいというのも痛感できる。」
用意していた麦茶を飲みながら語る。孤児院で長年多くの子供を見続けてきた彼女の事、幸せに執着したいという一念は理解しているからだ。
「まあ君が一歩引いているのは、初めての相手はエシェラさんと決めているからでしょうね。」
「図星で・・・。」
「でも何度も交わったのでしょう。なら次のステップの先駆者は彼女にしてもいいと思うわ。」
もはや大人の意見のやり取りだ。男性からすれば事の次第の責任を持つだけになるが、女性の場合は子供を産むという最大の試練が待ち受けている。
野郎の俺には到底理解できないものだが、ヴェアデュラの子育てを考えると大きな試練は俺の方にもあるのだから。
「俺には罪悪感しか残りません。」
「その罪悪感も彼女を喜ばせるという意味では使命感に代わるわ。貴方も彼女達を心から好いているのだから、そろそろ覚悟を決めた方がいいわよ。」
「・・・家族か・・・。」
実に重い言葉だ。その思いは責任感というもの。言い換えれば思い人以外にも子供が存在するという事になる。端から見ればタブーも何も常識を超えた非常識な行為だ。
胸で眠るシュームの頭を優しく撫でながら、未来を予想してみた。エシェラとは間違いなく結婚ないし一緒になるだろう。そうすると何れは子供もできるはずだ。
先に育て始めたヴェアデュラもいる事から、彼女の弟か妹が一緒になるだろう。
「やはり罪悪感しか浮かびません。」
「肝っ玉据わってないわねぇ・・・、まあ君らしいけどさ。」
「世間体やモラルを気にし過ぎてるのですかね?」
「君が本当に恋路に走っていない証拠かな。もし本当に盲目になるぐらい恋路に突っ走るなら、後先考えずに動くでしょうから。」
「むぅ・・・。」
やはり俺に問題があるのだろうか。いや、それ以前の問題もあるだろうが・・・。それでも相手を心から愛しているのなら、真っ先に行動に出るだろうから。
「まあ追い追い考えなさい、今は寝ましょう・・・。」
何時の間にか俺とヴァルシェヴラームしか起きていない。他はみんな寝てしまっている。その彼女が全員の身体にタオルケットを掛けてあげている。これだけの熱帯夜でも、油断をすれば風邪を引いてしまう。細心の注意を払わねば・・・。
しかし・・・もう1つの選ばねばならぬ時、それが押し迫っているのだろう・・・。
むう・・・眠れん・・・。隣接に複数の女性陣がいるとあって、緊張して眠れない・・・。今も胸の中にはシュームが眠っている。俺に抱き付く形で眠っているため、寝返りすらも打てない状態だ。
その彼女をソッと離し徐に立ち上がる。そして手摺りに向かい、下を覗いてみた。一瞬だけ立ち眩みは起きるが、先程のような酷いものは起きない。何なんだか・・・。
懐から煙草を取り出し一服する。そして改めて考えさせられる。
俺にとっての幸せは、彼女達を幸せにする事なのだろう。だがその幸せの方法も、間違えば不幸のどん底に叩き落しかねない。
しかし彼女達がそれを望んでいたら、俺は応じるべきなのだろうか・・・。例えタブーだと分かっていても、応じるべきなのだろうか・・・。
それでも決断の時は刻一刻と迫りつつある。世間体を気にせずに突き進む事が、俺達が一番幸せになる手段なのだろうな・・・。
いい加減腹を括るしかなさそうだ・・・。
一服を終えて寝床に戻る。それを待っていたかのように、再びシュームが抱きついてくる。まるで俺が一服したいのを無意識に感じ取り、一時だけ離れるのを許したかのようだ。
「幸せ、か・・・。」
俺を抱き枕のように抱えて眠るシューム。その頭を優しく撫でてあげた。何だか俺は彼女や周りの女性達の父親みたいだな・・・。
一服のお陰か、先を見据えた考えをしたためか。急激に眠気が襲ってくる。俺も夢の中へと旅立っていった。
まだまだ課題は山積みだな・・・。これからが本当の戦いだろう・・・。
第2部・第8話へと続く。
シューム嬢の大胆発言(=∞=) しかしそれが、後々の大家族の礎になろうとは(何@@; 風来坊の主題は、家族の絆なので、ある意味回帰していく形でしょうか><;
しかしまあ、ハーレム化は着々と進行していますね@@; これらの派生(恋心など)は、後の警護者や探索者・苦労人に受け継がれますので。やはり、風来坊は元祖と言えるでしょうか(=∞=)